39,説教のち再びのミッション
ピンと立った柔らかそうな毛に覆われた犬の耳。
滑らかな肌触りのとてもよさそうなふさふさの長めの尻尾。
どこからどうみても素敵すぎる存在が紅茶を淹れ直している。
ローランドの我侭にしか聞こえない――冷めた紅茶の淹れ直し要求に、従順に従うメイドさんだ。
紅茶を淹れ直す仕草は流れるように、洗練されていて優雅ですらある。
メイドさんが押してきた何かはどうやらティーセットが乗っている台車のようだが、エナの膝の上にいる自分の位置から少しだけだが、そのティーカートのような物から魔力が見える。
どうやらこのティーセットの乗った台車――ティーカートには魔力を使った何かが備え付けられているようだ。もしかすると、食事の時の温度管理機能の存在がこれなのだろうか?
それを証明するかのように、通常お湯などを注ぎ、カップを暖めておく必要があるはずなのにメイドさんがカップを取り、ひっくり返す仕草をしたあとお湯を注ぐ動作はなかった。
保温効果があるならその必要もないはずだ。とても便利な代物のようだ。
すでに茶葉の蒸らしが終わっていたのか、待たせる時間など一切無く紅茶を注いでいる。
生前の世界での美味しい紅茶の飲み方では、茶葉にお湯を注いでから細かい葉なら2分程度、大きな葉なら3分程度は蓋をして蒸らす。だが、今回は蒸らし時間は一切なかった。
貴族と思われる屋敷に雇われているメイドさんが、紅茶の淹れ方も知らないはずが無い。故にこの世界では美味しい紅茶の飲み方が少し違うのかもしれない。
もしくは紅茶と思っていた物は紅茶ではないのかもしれない。淹れているときに若干漂ってきた匂いは、まさしく紅茶そのものだったが。
新しいカップに注いだ紅茶のような飲み物を静かにローランドの前に置き、飲みかけの方を回収すると、素敵装備のメイドさんは次々と人数分淹れて飲みかけ、もしくはまだ手をつけていない若干冷めたカップを全て交換していく。
要求したのはローランド一人だけだったが、当然冷める時間は同じはずなので全員分を淹れ直したのだ。
冷めた紅茶は暖かい紅茶と比べると少し味が落ちる物が多い。中には冷めた方が好きな人も多いが淹れたばかりの紅茶はやっぱり美味しいものだ。
全員分の紅茶を新しい物と交換し終えたメイドさんは、一礼してからティーカートらしき物を押して元いた場所に戻っていった。
間近まで接近した素敵装備のメイドさんをなぜ易々と逃したかといえば、流れるような紅茶の手捌きに見蕩れたのもあったが、エナにがっちりとホールドされていたのもあった。
拘束されてさえいなければ、今頃あの尻尾に顔を埋めていたに違いない。
離れてしまったメイドさんに接近する手段も思いつかないまま、周りはどんどん自分の話で盛り上がっていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
主にテオとエリーによるまさに妹自慢大会というべきものは、結構長く続いていた。
その自慢大会を楽しそうに聞く祖父母達。エナもそんな4人を微笑ましそうに見ていた。
今はアンネーラお姉様――もといアンネーラお婆様の膝の上だ。
テオとエリーが如何に自分のことをよく見ているかがわかる自慢大会の内容だったが、はっきりいってしまえばそんな大会に興味は無い。
本当に嬉しそうに楽しそうに話してくれるのは心温まる何かがあるが……それが自分のことだから結構微妙な感じにしかならない。
自慢の内容が、本当に些細なことを大げさに言っているのだから、微妙感に拍車がかかるのも仕方ない。それにより興味もなくなってしまうのも仕方ないというものだ。
そんな感じに周りは楽しそうにしながら談笑している。
時間も結構経ってしまったのか、紅茶の方も大分冷めてしまったようでまたローランドが淹れ直し要求をすると、先ほどの素敵装備のメイドさんが来てくれた。
これはチャンスだと思い行動することにした。
次がいつになるか正直分からない。やるならば今しかないと本能からの訴えは脳内自分会議にて全員一致により可決された。
「ばーば、おーちて」
「あらあら、まぁまぁリリーちゃんは私をちゃんと、おばあちゃんだと理解してくれているのね。嬉しいわぁ……!」
発した言葉を聞いて嬉しそうにしているお婆様だったが、ホールドしている腕は緩みもしない。
片手を頬に当ててほほほとしているのに、ホールドしている片手からはまったく逃れられる気がしない。これが達人の拘束術なのかと戦慄を覚えるほどだ。
「あ、アンだけずるいぞ! 俺はどうなんだ? おじいちゃんだぞー?」
筋肉ダルマがずいっと乗り出してきて、そんなことをのたまうがどうしたものかと一瞬悩んでしまう。
すでにアンネーラお婆様には " ばーば " と言ったわけだし、ローランドにも " じーじ " といっても問題ないような気がする。
でもなぁ……正直この筋肉ダルマをじーじと呼びたくない……。
だが、言ってやらないとなんかいじけそうだよなぁこの爺さんは……。
そんなことを考えていると
「ほーら、あんな知らない男は放って置いて、ばーば達とお話しましょうねぇ~」
のほほん口調は変わらないまま、爺さんを蚊帳の外に追い出そうとするお姉さんにしか見えないお婆さん。
くうぅと何やらハンカチでも噛んでそうな男の悔しげな声が聞こえたが、なんか微笑ましいなぁと思ってしまった。
それにしても、クリストフ家はほんとに男性陣が弱いな。
なんだかちょっと悲しくなったが、今は女だったと思い直すと問題ないな、と開き直ることにした。
そんなコントをしていると素敵装備のメイドさんは紅茶を淹れ直し終わってしまったのか、一礼して戻っていってしまった。
またまたチャンスを逃してしまったが、まだまだこちらの集団の談笑は終わらないようだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
リリアンヌ自慢大会はテオやエリーがこちらにしてくれている――朗読や玩具での遊びや歩行訓練、自分達の学校での話しに移っていた。
除け者にされて一気に老け込んだ爺さんもいつの間に、元々の老いを感じさせないごつい筋肉に戻って話に参加している。立ち直りはすこぶる早いようだ。
そんな賑やかな談笑を他所に自分はというと、話に混ざるわけにもいかずただぼーっと周りを眺めている。
時折――というか結構頻繁にアンネーラお婆様やローランドが構ってくれるのには適当に答えておく。適当に答えているのに反応が返ってくると大げさに喜ぶのは、さすが孫大好き祖父母の枠に漏れなく当てはまっているということだろう。
達人でも人の子。孫の可愛さには勝てないということだ。
しばらくそんなやり取りを繰り返していると、再度紅茶の淹れ直しをしに素敵装備のメイドさんが接近してくる。
また釘付けになる自分の視線にさすがにローランドが疑問を口に出した。
「ふむ……リリアンヌは目が見えないはずだが……メイドが見えているのか?」
「リリーはすごいんだよ! お爺様!
誰がどこにいるのかすぐわかるんだ! ボク達のことも間違えたことないし!
あ、だからボク達以外の人が近くに来ると気になるのかな?」
テオがすぐさま、まるで自分のことのように自慢げに言うが、最後の方には何かに気づいたように疑問符を浮かべていた。
「ほほぅ……なるほどな、知らない者の気配だから気になるといったところか」
「えぇ、恐らくはそうだと思います。リリアンヌはとても気配に聡いようですから。
ローランド様とアンネーラ様のことはすぐに祖父母と認識したようですが、ご存知のように安全上の理由から部屋から極力出さないようにしていますので、普段会う者は限られています。
だから、珍しいのだと思いますよ」
「うむ、リリアンヌよ。アレはおまえの父親のアレクサンドルが雇っている使用人だ。
おまえが望むならどんなことでも言いつけてよい存在だ」
やはり、部屋から出れないのは安全上の理由だったようだ。
しかし、望むならどんなことでも……ごくり……まずいな、妄想がBOUSOUで止まらない!
ごくりのあたりでこくんと頷いてしまったようで、それを了解と勘違いしたのか爺さんが自分をアンネーラお婆様から奪うようにして抱き上げられてしまった。
「おぉ! さすが我が孫だ! 賢い! 今の話を理解したようだ!
さすがだぞ! リリアンヌよ!」
抱き上げたあと称えるように眩しい目をすると、すぐさま抱きしめてきた。
加減はしているのだろうが、このジジイ、テオと同種だ。興奮すると加減が微妙になる。
痛い! 痛いぞこのクソジジイ!
ぺちぺちと頬を叩いてタップするがジジイは分かっていない様子だ。逆に喜ばれていると勘違いして、いやんいやんと振り回してくる。
男にいやんいやんされても、誰得なのかと。小一時間問い詰めたい!
だが、それも長くは続かなかった。いやんいやんのいやんいや、あたりで " スパンッ " といい音がしたと思ったら、ジジイの腕の中にいたと思ったのに一瞬で柔らかい存在に包み込まれていた。
「正座!」
鋭い一言が発せられた瞬間。さっきまで自分を抱きしめていた爺さんは青い顔になってがくがく震えながら正座していた。
柔らかい存在――アンネーラの胸の中からソファーに移されると、そのままアンネーラはがくがく震えている青い物体Jを引き摺ってソファーから離れると、説教を開始する。
「まったくあなたは! リリーちゃんはまだ1歳なのですよ! か弱い女の子なのですよ!
なのにあんなに強く抱きしめたら可哀想じゃない!」
「い、いやしかし……手加減はきちんと……」
「お黙りなさい! 興奮すると加減が微妙になるでしょう! 現にリリーちゃんはちょっと苦しそうでしたわ!」
のほほんとしていたのんびり口調が一転して厳しい物に代わり、その周囲には硬質化した魔力の棘のような物が瞬時に展開されていた。ソファーや床の部分に接している物もあったが、それらは物理的な存在にまでは至っていないようで、破壊をもたらすということはないようだ。
反論しようとする青い物体Jは逆に責められ、益々小さく青くなっていく。
テオやエリーもいきなり始まった説教に面食らって目を白黒させている。こういう光景をみたことがなかったのかもしれない。
二人は普段はいい子だし、説教されるようなこともあまり――いや最近はほとんどない。
せいぜい自分との戯れで暴走したとき程度だ。その頻度も最近はほとんどない。
ましてや今目の前で行われている説教は、説教主の迫力が半端ではない。
感情の発露で出現している魔力ですら、見たことも無いとんでもない凶器といっても差し支えない物なのだから。
そして、説教主と説教されている二人を良く知っているであろう――テオやエリーでこの状態だ。当然紅茶の淹れ直しに来ていたメイドさんは完全に硬直している。素敵装備は完全にピンと立っており、ふさふさの尻尾に至っては完全に逆立ってしまっている。
エナも二人を見ておろおろしているし、これは絶好のチャンスではないだろうか。
妨げる者は誰も居ない。このチャンスを逃せば先の2回のチャンス同様、何も出来ずに終わってしまう。
思いは決意となり、決意は行動として結実する。
座らされていたソファーをなんとか降りると、見えないテーブルに気をつけて進む。
周りの人達は全員説教に気を取られて気づいていない。
これならイケル!
確信を得られるだけの十分な状況だったが、油断してはいけない。無事に任務をこなすには自分には障害がありすぎる。
目の前に存在するはずの見えないテーブル。
床は――降りて感触でわかったのだが、絨毯ではない。転んだら危ない。
ないとは思うが、他にも何かしらの障害物があるかもしれない。椅子とか何かあるかもしれない。
従って油断せず、且つ迅速に動く必要がある。
ソファー伝いに慎重に動いていく。ソファーに座っている人達に触って気づかれないように部分的にはソファーという安全帯を使わずに移動しなければいけない。
ほどなくして、テーブルの終わりなのか――素敵装備のメイドさんのロングスカートに包まれた下半身が見え始めた。
ミッションは佳境だ。
迅速に行動できたため、さほど時間はかからずにここまで到着することが出来た。
目標まであと少し。
魅惑の素敵フィールドの最初の一歩を踏み出す足には、最早躊躇や油断などは存在しなかった。
佳境です。
ご意見ご感想お待ちしております。
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