37,衝撃のち達人さん
3階分ぶち抜くくらいの高さのあるエントランスホールに、整然と並んだ使用人達が深々と頭を垂らしている。
そんな使用人達の間を、ゆっくりと進んでこちらに向かってくる二人。
二人が近づいてくるのに合わせて、テオとエリーも一歩前に進み出ていた。
「「ローランドお爺様。アンネーラお婆様。お久しぶりです」」
進み出たのが一歩前だったので、長身のエナに抱き上げられている自分からは兄姉の動作がよく見て取れていた。
右拳を左胸に当て、背筋をピンと伸ばしたテオ。
ドレスの裾を両手で摘み、優雅に少し腰を折るエリー。
二人の動作は滑らかで、且つ一切の淀みのない完璧なモノに見えた。
練習でもしていたかのように、一字一句違うことなくぴったりと言葉も重なり、まるで劇のワンシーンを見ているかのようだった。
兄姉の2mほど手前で止まった来訪者――ローランドとアンネーラの二人は優しげな笑みを浮かべている
「うむ、大きくなったなテオドール。
クレアの小さい頃にそっくりの可憐な少女に育ったなエリスティーナ。
二人とも見間違えたぞ」
「えぇ……二人とも元気そうでなりよりです」
ローランドはがっちりとした筋肉の塊のような体型のとてもお爺さんとは呼べない大男。
アンネーラはクレアの10年後くらいのイメージにぴったりのお姉さんと呼ぶに相応しい、とてもじゃないがお婆さんではなかった。
「お久しぶりです、お二方。
さぁリリー、ローランドお爺様とアンネーラお婆様よ」
自分を抱きかかえているエナはカーテシーができなかったので、目を閉じて少し膝を折る簡易の挨拶をして祖父母を紹介してくれる。
正直な感想としては、二人ともとてもじゃないがお爺さんお婆さんではない。
クレアが26歳なのだからテオが生まれたのが9年前……17歳で生んだのだから同じくらいと考えても、まだ50にも届いていないような年齢なのだろうから当然といえば当然かもしれない。
アンネーラなんてクレアとエリーと並んでいれば、3姉妹に見られてもおかしくないような若々しさだ。明らかに母方の祖父母なのだろう。
これが所謂異世界の祖母は見た目が超若いの法則というやつなのかっ!?
まさか自分が体験することになるとは思っていなかっただけに、思わず生唾を飲み込んでしまいそうになった。
そんなことを考えていると紹介された祖父母から、何やらものすごく凝視されていることに気づいた。
正確には爺様にはとても見えない筋肉ダルマの方がものすごく凝視している。
アンネーラお姉様――お婆様は事実だけどなんか無理がありすぎるので――は、さすがクレアの母親だけあってのほほんと微笑を浮かべたままこちらを見ている。
数秒そのままの状態が続いたが、筋肉ダルマが何やらプルプルと震えだした瞬間だった。
一瞬だけ何かとてつもない、形容し難い熱風のようなモノが見えた……気がした。
熱かったわけではない、だがそれは熱風のようだと本能が感じたのだ。
次の瞬間には筋肉ダルマ――ローランドが空中を滑るように……後方――こちらから見たら前方に地面と平行にすっ飛んでいった。
まるで漫画のようなぶっ飛ぶ方だ。
現実に、しかも目の前でこんな光景が見れるとは予想だにしていなかっただけに、まさに目が点となっていた。
すっ飛んでいったローランドだったが、空中でくるっと軽やかに受身を取ると、すかさず床に五指を突き入れる。
エントランスホールの床は足音からして、大理石か何か高級そうな石で出来ていたようだったのだが、突き入れた五指はへし折れるようなこともなく " 音も無く " 埋没していた。
突き入れた五指を支点として飛ばされた衝撃を力ずくでなかったことにするローランド。
地面と平行で飛ばされるような漫画表現的な衝撃的な出来事など一切なかったかのように、ローランドは突き入れた五指を突いた時と同様にあっさりと引き抜くと、両手を広げてものすごい勢いでこちらに突進してきた。
「うおおおぉ……おじいちゃんを許しておくれリリアンヌよぉぅおおぉぅぅ」
滝のように流れる涙のおまけつきで、飛ばされた――目測20mの距離をなかったことにするかのような速さで突進してくる化物。
衝撃的過ぎる出来事と目まぐるしく変化するジジイに目をぱちくりすることしかできなかった。
一体この化物……もとい、爺さんは何がしたいんだ……。
突然ぶっ飛んだかと思ったら、次は泣きながら謝りつつ高速で突進してくるのだ。
あまりにも衝撃的すぎて思考が完全に追いつかない。
追いつかない思考を他所に滝の涙を流す爺さんとの距離は縮まっていく。
あまりの出来事に停止寸前の思考とは裏腹に、世界はスローモーションのようにゆっくりと流れていた。
人は命の危険を察すると、思考が加速してこのような体験をすることがあるということを聞いたことがある。
所謂走馬灯体験中っていうアレだ。
今回は走馬灯は見えなかったけど、高速で接近してくる爺さんの動きはスローモーションだ。
爺さんがのほほんお姉さん――アンネーラの横を通過しようとした瞬間だった。
スローモーションの世界で尚、ぶれるように残像を引くアンネーラの腕。
その腕がローランドに接触した瞬間、スローモーションの世界が終わり、ローランドは床に伏していた。
何の音も衝撃もなしに、高速で接近するローランドを無力化した本人は床とキスしている人物の背中に足を乗せている。
一体どういう技術が使われているのか、完全にローランドは動くことができないようだ。
ぷるぷると震えているだけで、まったく動けないでいる。
高速の滝涙筋肉を無力化した本人は変わらない微笑でこちらを見ている。
まるで今あったことなどいつものことだと言わんばかりの態度だ。
そんな真の化物を見た瞬間ある話が脳内に高速で再生された。
「お婆様は一人でドラゴンを絞め殺したことがあるのよ!」
盛大に盛られていたはずの話が、まさかの実話だと裏付ける技量を見せ付けられ、戦慄と衝撃が心の中を吹き荒れていた。
だが、不思議なことにそこには恐怖などの負の感情は一切なく、この人は自分の味方であるという確固たるナニカだけがあった。
初めて会うはずの人物にこんなことを思うのは、血が繋がった祖母だからだろうか。
テオやエリーが無類の信頼を寄せるのが当然と思えるほどだった。
「ふふ……あなたダメよ? リリアンヌがびっくりしているわ」
穏やかなゆっくりした口調で、何でもないように足元でぷるぷるしている何かに諭すように話す脅威の達人さん。
呆気に取られているとぷるぷるしている物体Jがなんとか声を搾り出す。
「す、すまん……つい、我を忘れて行動してしまった……もう大丈夫だから足をどけてくれないか?」
達人さんが足をどかすと、ゆっくりと立ち上がり服についたのだろう――埃をぱっぱと払い落とすローランド。
床の大理石に突き立てた指も何のダメージもないようで至って正常そうだ。
盛られていたはずの話の半分は、信じるに足る技量をまざまざと見せ付けられたのだが、もう半分の方も十分に信じられる話だということがわかってしまった。
どうやらこの二人はどちらも達人と呼べる領域の人らしい。
アンネーラお姉様は言わずもがな、ローランドも地面と平行にぶっ飛ぶような衝撃を受けても、大理石のような床石に五指を叩き込んでもまったく平然としている。
そして大理石に五指を突き入れた時のまったくの無音。あんなことを行える者が達人でないならば……この世界の達人とは一体どういう人を指すことになるのか……正直考えたくない。
いきなり衝撃的すぎる出来事が連発していて、さすがにそろそろ参りそうなのだが埃を落とし終わったのだろうローランドがゆっくりと近寄ってきた。
「ゴホン……リリアンヌよ、驚かせてしまってすまないな。
あまりにも……その、クレアの……おまえの母親の小さい頃にそっくりの美しさでな……少し我を忘れてしまったのだ」
「リリーは天使ですから! 仕方ありませんよお爺様!」
「そうですわお爺様! リリーの可愛らしさに我を忘れてしまうのは最早常識です!」
気恥ずかしそうに咳払いをして頬を染める気持ちの悪い筋肉ダルマだったが、それに賛同する――背景に花畑が広がりそうな笑顔の二人も、もう少し冷静になってほしいものだ。
コレは一体どういう状況なんだろうか……。
なんだか頭痛がしてきそうな展開に、動き出しそうだった思考がまた停止寸前だ。
出会って数分でこの酷さでは、この先が思いやられる。
いやマジデ。
「うむ、わかるわかるぞテオ! エリー!
この美しさ、可憐さ……言葉では言い表すことができないほどだ!」
「「わかります! お爺様!」」
何のコントですかと小一時間問いたいところだが、完全に意気投合している3人を止める者は誰もいなかった。
しばらくはリリアンヌは世界一可愛い談義が続いたが、聞くに耐えなかったので早々に魔力訓練で暇を潰すことになってしまった。
やっと出てきた祖父母でしたが。
お婆さんは異世界名物の上に達人さん。
お爺さんは筋肉ダルマで孫の美しさに我を忘れちゃううっかりさん。
読み直してみても酷いですね。この話。いいぞもっとやれ自分!
ご意見ご感想お待ちしております。
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