32,ドヤ顔鑑賞会のち心の波紋
たくさんのドヤ顔達の動画は延々とリピート再生されていた。
その永遠に続く再生を飽きもせず、ずっとずっと眺め続ける。
もうずっとこのままクティが帰ってくるまで、この不思議空間で過ごしてもいいなぁと思い始めていた。
ドヤ顔動画が再生されているウィンドウは自分を囲むようにドーム型に展開しているようだ。
床に寝転がってみているので半円状になっているのだ。
立ったままだったら360度の球状になっていたのだろうか。
立つ気もないのにそんなことを思いながら、たくさんのドヤ顔達を眺め続ける。
一体どれほどの時間ドヤ顔を眺めていたのだろうか。
次第に意識が遠のき始め、幸せな気分と少々うざいドヤ顔に最後の突込みを入れたところで意識は白い闇に飲まれた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
目が覚めると何やら騒がしかった。
「ランドルフ様はまだなの!?」
「エリアーナ様落ち着いてください!
ランドルフ様はもうすぐ到着されるはずです」
「あぁ……早く……早く……リリーが……リリーが……!」
エナが珍しく取り乱しているようだ。
最初の声はほとんど金切り声に近いほどの叫び声にも似たものだったし、最後に聞こえた声は今にも泣きそうな声だった。
一体何があったのだろう……あんなエナ初めてだ……。
ベビーベッドの柵の上から少し顔を出して、ドアの方で取り乱しているエナを恐る恐る見てみる。
その瞬間、エナのすぐ側に立つ魅惑のアレを装備した素晴らしきお方とばっちりと目が合ってしまった。
目が合った瞬間そのお方は。
「エリアーナ様!お嬢様が!」
とこちらを指差して叫んでいた。
いきなり指を差されて叫ばれたことよりも、そのお方が叫んだことにより振り返ったエナに一瞬で間合いを詰められ抱きしめられたことの方が驚きだった。
ベビーベッドからドアまでは有に3m以上はあったはずなのだが、瞬きする間もなく自分は抱きしめられていた。
「あぁ……よかった……ぐすっ……よかった……」
「よかったです……お嬢様……」
抱きしめながらも適度に力は抜いてくれているようで、全然苦しくはなかったのだがエナは泣いているようだった。
ドアにいた素敵装備のお方も目尻を拭いている。
一体何が起こっていたのかまったくわからなかったが、とりあえずエナが泣き止んでくれるまでどうしようもないと思ったので待ってみることにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ほどなくしてもまだ泣き止まず、自分を抱きしめたままのエナの元にランドルフのご老人がやってきた。
ご老人はかなり息を切らせて、ぜぇはぁぜぇはぁと荒い呼吸をしていた。
なんか全力疾走でもしてきたような感じだなぁ……元気なご老人だな……。
とか思っていると息も整わぬ内にご老人が部屋に入ってきた。
「はぁはぁ……エリアーナよ……ぜぇ……リリアンヌ嬢の意識が戻らぬと……はぁ……聞いて飛んできたのじゃが……」
「……ずずっ……うぅ……す、すみませんランドルフ様……」
荒い呼吸のままエナに問いかけるご老人と、さっきまで泣いていた――というか今も泣いているエナが鼻を啜って恥ずかしいことになっている顔を向けられない状態という構図になっていた。
そんな恥ずかしそうなエナは気にせずご老人は話を続ける。
「はぁはぁ……いやよい……とにかく、意識は戻ったのじゃな?」
「はい……」
「そうか……はぁさすがにしんどいわい」
どうやら自分は昏睡でもしていたのだろうか?
会話の内容的には自分の意識が戻らなくてご老人を急遽呼んだ。
だが、ご老人が駆けつけてみたら自分の意識は戻っており、泣いて喜んでいるエナがいた、というところだろうか。
自分の意識が戻ったことをエナに確認したご老人は、どさっとふかふかの絨毯の上に座り込んでしまった。
背筋がぴんと伸びた元気そうな人とはいえ、やはりご老体に走らせるのはきついものがあったのだろう。
文字通り駆けつけてくれたご老人には感謝の念が絶えないねぇ……ありがたやありがたや。
二人の状態が戻るまでしばしの時間がかかったが、部屋の中にはさっきまでの緊迫したような空気ではなく、至極まったりとしたゆったりした空気が流れていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ふむ……特に病の症状は見当たらんのぅ……」
「そ、それではなぜ意識が戻らなかったのかわからないということですか!?」
色々と診察された結果、ご老人の出した答えはお手上げだった。
その答えが納得いかないエナは、少しヒステリックになっているようだ。
普段は荒らげることなどあまりない声でご老人に詰め寄っている。
「落ち着きなさい、エリアーナ殿。
おまえさんが、騒いだところで原因がわかるわけではないのだよ」
「……すみません……」
「よいよい、リリアンヌ嬢を思いやる気持ちがゆえだと言うのは分かっておる。
それに……今はおまえさんの方がやつれて病人に見えるほどだよ」
あくまで冷静なご老人に宥められ、エナは申し訳なさそうに頭を下げている。
そんなエナにご老人は穏やかに優しく声をかけている。
泣き止んだエナは昨日見たときよりも大分やつれていた。
ご老人のいうように明らかに病人はエナの方だろう。
だが、そんな自らの状態よりもこちらの方が気になって仕方ないらしく、ご老人が座って休んでいなさいという言葉も耳に入っていない様子だった。
どうやら自分の意識は半日以上戻らなかったらしい。
朝食を持ってきたエナが二度寝していた自分を起こそうと思ったようだが、無理に起こすのもどうかと思い食事は起きてからとしてそのまま寝かせていたそうだ。
昼食の時間になっても目覚めない自分におかしいと思ったが、熱が出た時にも同じことがあり、その時は1,2ハルスで目を覚ましたらしい。
はっきりいって覚えていない。
また熱が出たのかと額と額を合わせて熱を測ってみたが異常はなかった。
念のため、この時点でご老人に診察の依頼を出したようだが、今日は少し忙しいらしく夜になると言われたようだ。
そして夕方になっても目覚めない自分に焦ったエナが夜になるのも待ちきれず、使用人を数人走らせてご老人を引っ張ってきたというわけだ。
ちょっと思い当たることがあるので原因はわからなくて当然じゃないかなーと思ったりしたが、エナは納得できていないようだ。
もう一度診察してくださいと頭を下げている。
ご老人もエナの願いを受け入れ、再度自分を診察し始める。
だが、結果としては同じ。
原因は不明という結果となり、翌日の朝にまた診察に来るということで今日は去って行った。
部屋には心配しすぎて憔悴しているエナと、学校から帰ってきて事情を聞かされたテオとエリーがいる。
素敵装備なあのお方は兄姉が帰ってくるまではドアのところで待機していたのだが、二人を中に入れるとドアを閉めて今はどこにいるのかもわからない。
ちょっと残念だったが、憔悴したエナが心配で魅惑の素敵ワールドにはいけそうにない。
憔悴しているエナは今はベッドで上半身を起こしているが、見るからにやつれている。
昨日のエナはこんな状態ではなかったので、1日も経たずにここまでになってしまったようだ。
ほんと心配させすぎてしまったようだ……。
だが、まさか半日以上も昏睡状態になっていたとは思ってもいなかったのも事実だ。
思い当たる原因……あの不思議空間でのドヤ顔鑑賞会だ。
あの不思議空間にいると昏睡したように意識が覚醒しないのだろう。
ただの夢のようなモノかと思っていたのだが、どうやら違うようだ。
夢にしてはいやにはっきりと覚えていたし、前回は初めてのことだったので明晰夢か何かの類だと思ってあまり気にもしていなかった。
事実前回は、気になるようなことは一切起きていなかったし、夢といわれれば納得してしまうような程度だった。
だが今回は違った、クティの動画を自分が見たいと思ったとおりに見れたし、そのこともはっきりと覚えている。
夢というにはちょっと変な夢だ。
そして昏睡していた時間とあの空間にいたであろう時間は大体同じような気がするのだ。
きっちり計った訳ではないが、感覚的にそう感じたのだ。
こういった勘はかなり信じられると、生前では実際に役に立っていたこともあった。
なので昏睡の原因を不思議空間に滞在していたことと結びつけたのだ。
原因の可能性の高いモノが見つかったので、今度は今回のようなことにしないための対策を練る必要がある。
だが対策としては比較的簡単なことしか思い浮かばない。
一つは、不思議空間での滞在時間を短くする。
一つは、不思議空間に行かない。
これくらいだ。
前者はどうやって滞在時間を短くするのかがいまいち不明。
後者に至ってはどうやって不思議空間に行っているのかすら不明なので言わずもがな。
結局のところ対策といえる対策は打てないのだ。
どうしたものかと、頭を悩ませているとエナが優しく頭を撫でてくれる。
「ごめんなさいね、リリー、テオ、エリー……そしてありがとう」
穏やかな笑顔で不思議なことを言うエナ。
どういう意味だろうか?
自分の心の代弁はエリーがしてくれた。
「エナ……どうして謝るの?どうしてお礼を言うの?」
「……それはね、今リリーは私のことをとても心配してくれてるわ」
「うん……リリーすごく心配してるね……もちろんボク達だって心配してるんだよ!」
慈しみが多分に溢れるエナにテオも負けじと声を上げる。
それを消え入りそうな儚さが少し滲んだ笑顔で返すとエナは続ける。
「私はリリーの乳母であなた達のお姉さん役で……心配させるようなことをしちゃだめなの……だからごめんなさい。
そして、ちゃんと意識を取り戻してくれて私達の所に戻ってきてくれて……ありがとう、なの。
……あの人やあの子は戻ってきてくれなかったから……」
あの人……あの子……?
消え入りそうな声で絞り出された言葉の意味を反芻する間もなく次の声が上がる。
「それは……エナの……赤ちゃんの……」
エリーは消え入りそうな声で搾り出すように言おうとしたが、最後の方は言葉にならなかった。
エナの……赤ちゃん……。
確かにエナは乳母で、仕事もあり毎日母乳を与えることが出来なかったクレアの代わりだった。
だが考えてもみれば簡単なことだ。
母乳が出るということはエナにも母乳を与える必要があるくらいの子供がいた可能性があるということ。
そしてエナは常に自分の傍にいた。
子供がいたのなら結婚もしているのが普通だろう。
だが1年半もの間、常に自分の傍にあり続けた。
通常なら乳兄弟として連れてくるはずだ。
だが、そういった存在をつれてきたことは一度としてなかった。
つまりは……。
「……あの人のことは話したわね、第2騎士団は危険な任務も多いもの……仕方なかったわ」
静かに目を瞑り、何かを思い出すかのように搾り出された声には諦観の色が濃く、すでに受け入れている気配が漂っていた。
第2騎士団……クレアが騎士団があるようなことを言っていたが、そこの第2部隊か何かにエナの夫と思われる人が所属していたのか……。
話の内容から危険な任務も多かったようだし、覚悟は出来ていたのだろうな……。
「……あの子は……あなたたちは知っていたのね……えぇ……私の赤ちゃんは生まれてくることは出来なかったわ。
でもね、代わりにリリーに会えたわ。
そして……リリーはちゃんと私達の元に戻ってきてくれた。
だから大丈夫なの」
穏やかな変わらない声音で静かに語られた話は、胸の奥で静かな波紋を広げるのだった。
ちょっぴり鬱展開続きです。
鬱といえるほど鬱ではないから、悲しい話?
3章のストックがちょっとだけ増えました。
2章書いてたときは平均7話先くらいまでストック溜めていました。
最大で11話くらい溜めてた時もあったので、現状はちょっと足りない状態ですね。
ご意見ご感想お待ちしております。
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