214,帰還の準備と挨拶
ミーライルオリルと小さな約束を交わし、隔離施設をあとにして滞在していた屋敷へ戻ってきた。
無論、置いてある荷物などを取りに来たのだ。
今日は世界の隣の森滞在最終日。
最終日とはいっても、あとは帰るだけなので予定はそれほど多くはない。
荷物もミラとスカーレットが片付けているし、実質的に私のやることはないのだけれど、見送りにナターシャが来るのでその相手だろうか?
でも、彼女も色々と忙しい身だ。
今回のミーライルオリルの件もあって、仕事がかなり増えているだろうし、本当に見送りだけだろう。
ミーライルオリルと私は、また会う約束をするくらい仲良くなれたけれど、ナターシャたち妖精族はそうではない。
暴れたり、妖精族に迷惑をかけないようには言い含めておいたけれど、絶対ではないので、ナターシャたちには私の作った魔術をいくつも渡してはいる。
特にミーライルオリルのような結晶化する魔力を持つ竜族は、拘束するだけでも一苦労だ。
私の作った魔術でもなければ、隔離空間ですら突破してしまうだろう。
実質あの部屋では足止め程度にしかならないのだ。
そんな彼女が妖精族に牙を剥いたら恐ろしいことになるのは明白だ。
様々な漂流物から魔道具を作っている彼らなので、ただ一方的にやられるということはないだろうけれど、そういったことを未然に防げるのならそれに越したことはない。
妖精族にもミーライルオリルにも、私は傷つけあってほしくない。
まあそれ以前にミーライルオリルの件がなくても、色んな魔術は渡しているので今更ではあるんだけれど。
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「お嬢様、帰還の準備が整いました!」
「お疲れ様。来たときよりも綺麗にしてありますね?」
「はい! 掃除は得意ですから!」
キリッとした顔で報告してくるミラだけれど、クリストフ家のメイドさんで掃除が得意ではない子はいないと思う。
むしろハウスメイドとしての技能は全員が最高レベルで習得している。
というか、習得しなければあの学校を卒業できない。
さらには戦闘技能まで高くなければならないし。
そんな中でも、ミラはたぶん珍しい子なのだと思う。
彼女は特に強くもないし、他の専属やメイドたちと比べても突出したものがない。
いや、毛並みや尻尾は頭ひとつどころかふたつみっつは飛び抜けているけれど、それは私くらいしか見ていないし。
クリストフ家の使用人になるには、お婆様の経営する学校を卒業していることが最低条件だ。
だから、ミラもあの学校の卒業生であるはず。
うちにコネや通常雇用で使用人として入ることはまずできないのだ。
囲っている魔道具職人に関しては、まったく別問題なので関係ないのだけれどね。
魔道具職人が独自に使用人を連れてくることも、クリストフ家では許していない。
彼らにとって最高の魔道具製作環境を整えることはするが、敷地内に入れる人間は細心の注意を払って選別しているのだ。
屋敷内で極たまに開かれるパーティでも、招待された者以外は当然入れないし、屋敷内で移動できるスペースも制限されている。
それは相手が王族や侯爵などの立場が上の者であっても適用される。
それだけクリストフ家には、いや、オーベント王国の英雄――アンネーラお婆様とローランドお爺様の力がすごいのだ。
もちろん、現役で宮廷魔術師をしているお母様や第二騎士団の副団長を務めているお父様の力もあるだろうけれどね。
「では、そろそろ行きましょうか。みんなが待っています」
「よっしゃ帰ろー!」
「その前にナターシャに挨拶はするんだぞ」
「どうせ、またすぐ来るんだから別に挨拶とかいいんじゃないかなー」
「今回は正式な招待だからな。我慢しろ。世界の隣の森最高の魔術師殿」
「うへー」
妖精族の使用人が開けてくれる扉を潜り、げんなりしているクティを微笑ましく思いながら玄関に向かう。
たくさんの荷物を括りつけられたレキ君が少し窮屈そうにしているが、彼以外にあれほどの荷物を運べる者はいないので仕方ない。
帰ったらたっぷりともふもふして労ってあげよう。
「リリアンヌ様、この度は」
「かたーい! 短く! 素早く! 柔らかく!」
「……姉さん」
「クティ……」
玄関に到着すると、待っていたナターシャが別れの挨拶をしようとして……クティにさせてもらえなかった。
こうなることは皆予想できていたので、ナターシャ以外にも集まっていた妖精族たちも苦笑している。
街の妖精族たちからは英雄視されているクティでも、あれはパフォーマンスとしての顔だ。
今集まっている妖精族は、本来のクティを全員知っているようなので問題はなさそう。
「はぁ……こんな姉ですが、よろしくお願いします……」
「一生大切にします」
「一生大切にされちゃう! 私も大切にするよ!」
「クティ!」
「リリー!」
「お嬢様、ちゃんとしてくださいませ」
「あ、はい。ごめんなさい」
どよーんとした陰を背負ってしまったナターシャからの言葉に脊髄反射で答えると、さすがにスカーレットからツッコミを頂いてしまった。
たぶん彼女くらいだろうね。私に突っ込めるメイドさんは。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
おふざけはこの辺にして、今度こそきちんとした挨拶を交わし合い、行きと同様に車に乗り込む。
覚悟を決めた顔のミラが面白かったけれど、彼女は真剣なので笑ってはいけない。笑ってはいけないのだよ、スカーレットさん。やめてあげよ?
車に乗り込めないレキ君は行き同様に走ってもらうけれど、早くも彼は飽きている。
最近、どうにもレキ君はこんな反応が多くなってきている。
自分が興味のあるものには、とても良い反応をするのだけれど、それ以外にはとことん関心がない。
まあ、勝手な行動をとったりするわけではないだけマシだとは思うのだけれど、あからさまに飽きたという表情をされるのも困る。
「ですが、レキの表情を読める者はそうそうおりません。お嬢様は忘れがちですが、彼はサルバルアでございます。基本的に獣なのでございます」
「いや、うん。わかってるんだけど……でも、スカーレットはレキ君の表情読めるよね?」
「もちろんでございます。お嬢様のまったく動かない表情も読めますよ?」
「あ、はい」
「そんなの関係ねぇ、でございますね」
「古くない?」
「私の頃にはほとんどみかけなくなっておりました」
「やっぱり……」
漂流物という生前の世界のものに触れる機会が多かったからだろうか、スカーレットとの何気ない会話にもあの頃の懐かしい記憶がよみがえる。
最近では、ほとんど思い出しもしなかった記憶だ。
もうあの頃を懐かしい、と感じるくらいには私はリリアンヌ・ラ・クリストフとして生きている。
今回の世界の隣の森行きでは、多くのことがわかったけれど、肝心なことはほとんどわかっていない。
それでも、来てよかったと思えるくらいには発見もあった。
それに、世界の隣の森には、これから何度も来るだろうし、焦ることはない。
まずは、ナターシャに頼まれた次元間移動魔術の改良を終えてからの話にはなるけれど。
それも、解決策は色々と見出すことはできている。
竜族の件に関しては、お婆様たちに事情を伝えて手伝ってもらう必要があるだろう。
何せ、私では捜索に出るなど許されないだろうし。
長距離対策を施した魔術などの開発もしなければいけない。
できれば闇や白い霧などへの対策も講じたいところだが、あれらは私がどうこうできる存在とは思えない。
一応考えるだけ考えるけれど。
ともかく、今回の世界の隣の森行きは収穫も多く、非常に有意義なものであった。
「やー、やっぱりナターシャは相変わらず真面目だったなー」
「おまえは少しは見習ったらどうだ?」
「むしろナターシャが私を見習うべきだと思うけどね!」
「妖精族を破滅に追いやるつもりか?」
スカーレットと懐かしい会話を楽しんでいると、クティとサニー先生の会話が耳に入る。
彼女たちも久しぶりの世界の隣の森を楽しめただろうか。
ここ数年はずっと私の側を離れなかったので、世界の隣の森に戻ったのも久しぶりのはずだ。
以前は半年に一度は定期報告に帰っていたわけだし。
世界の隣の森でも最高峰のふたりを独占しているのは、ほんのすこしだけ心苦しい。
特にナターシャたちのふたりへ向ける信頼を見てしまったあとでは。
でも、クティもサニー先生も自分たちの意思で私の側にいてくれているのだ。
そうでなくとも、私にはふたりが必要だ。
色んな魔術を作れるようになったとはいえ、まだまだクティには及ばない。
サニー先生の専門知識だって、まだまだ教えてもらいたい。
何よりも私はふたりが大好きだ。
いや、クティは大好きを通り越しているけれどね!
「むむ! 私も大好きだよ、リリー!」
「クティ!」
「リリー!」
「……お嬢様からは危ない電波でもでているのでしょうか?」
「あまり気にするな。無駄に疲れるだけだ」
「そうでございますね」
煩い外野は放っておいて、温かいクティの抱擁を全力で受け止める。
もうすぐ、目的地につくけれど、それまではクティの愛を全力で受け止め続けよう。




