213,結論と最初の約束
本日、書籍版『濁った瞳のリリアンヌ』発売です!
発売記念に三話投稿ですよー
竜族の精鋭シーイルオリルは、滅びゆく星で最後まで抵抗している部族。
白い霧が世界を喰らい始めてから幾千年もの間、たくさんの生命が抗い、そして敗れていった。
彼らはその星で最も強く、最も気高い種族であり、種としての頂点でもあった。
そんな彼らをもってしても白い霧の侵攻を止められず、ついには滅びの危機が間近にまで迫っていた。
ここ数百年で、シーイルオリルの中でも強攻派と脱出派に分かれるようになった。
ミーライルオリルは、強攻派で竜族の族長でもある彼女の父とともに最後まで戦うつもりだったようだ。
だが、彼女の父は幼い我が子には生きて欲しい願っていた。
部族がふたつに分かれたとはいえ、決して相要られぬものではなく、脱出派は来るものを拒まなかった。
生き残る上では、どんなに小さな力でも力。たとえ幼い子どもであっても竜族であればその力は役に立つ。
そういった打算も多分にあっただろうが、結果としてミーライルオリルは次元の壁を超え、滅びゆく星からの脱出に成功した。
だが、脱出派の誤算だったのは、消失現象によって生まれる漂流物が次元の壁を超える際に干渉し、行き先を捻じ曲げたことだろう。……おそらくだが。
脱出に使われていた方法は、種としての頂点である彼らにとっても未知の秘術であり、完璧に操ることはできていなかった。
何度も実験を重ね、ある程度安定させることはできていたが、一方通行であり、次元の壁を超えたことがなんとかわかるといった程度のものだった。
私の使える次元間移動魔術同様、適性を持つか、一定以上の魔力を持たねば安全に次元の壁を超えることができないようで、竜族以外の生命体では、魔力の暴走を引き起こし、壁を超えられず死に至っていたようだ。
竜族は、角の部分に膨大な魔力を蓄積できるようで、大抵の者が次元の壁を超える条件を持っているらしい。
だが、誇り高い部族である竜族は自分たちの星を見捨てて逃げることに長い間難色を示し、多くの犠牲を出してしまった。
種の頂点だったとはいえ、その数はあまり多くなかったようで、結局ミーライルオリルが脱出するまでに星を脱した竜族は数えるほどだったらしい。
秘術もいつでもどこでも使えるようなものではないらしく、使用までに相応の時間と労力が必要だったようだ。
ここまでが、ミーライルオリルから聞き出すことができた情報だ。
彼らの秘術の行き先は、おそらくオーリオールなのだろう。
大昔に追放された者が何人かいたらしいことも話していたので、おそらくその追放された者たちが何らかの理由で秘術を知り、オーリオールへ渡って……滅ぼされた。
妖精族に発見された竜族は、時間的に脱出派が実験で送っていた竜族だろうとサニー先生が言っていた。
ミーライルオリルからの情報により、これから数十年に一度の割合で竜族がオーリオールへやってくることがわかったのは朗報だろう。
彼らの力は、残されている文献、妖精族の調査などによってわかっている。
幼いとはいえ、ミーライルオリルも竜族であり、情報収集魔術が集めた彼女のデータは人種のスペックを軽く凌駕していることを如実に表している。
特に結晶化する魔力が厄介だ。
これだけで肉体の強度や反応速度が恐ろしいほどに向上してしまう。
たとえ、それ以外が普通の人種と同等程度のスペックであっとしても、実力は達人クラスにまで跳ね上がるのだ。
しかも、ミーライルオリルは竜族の族長の娘として、種の頂点として、戦闘教育をしっかりと受けていることもわかっている。
彼女は素人ではないのだ。
拘束魔術でしっかりと拘束していなければ、今彼女がいる隔離施設は破壊されていただろう。
特殊な部屋である隔離施設が意味をなさない程度には彼女は危険なのだ。
だが、話を聞いてみれば彼女は言動こそ少しツンケンしているが、根は優しそうないい子そうなのだ。
力が危険だからといって、彼女の全てを否定していいわけではない。
『――というわけで、妖精族の法に従うこと。特に暴力は絶対ダメ。いいですか?』
『わ、わかったわよ……だからこれはずしてよ』
『それを決めるのは私ではありません。だから彼女たちの結論が出るまで我慢してください』
妖精族の尋問官があらかた情報を聞き出し終わったあとは、拘束魔術や移送で大きく貢献している私たちにも尋問というか、話をする機会をもらえた。
とはいえ、直接足を運んで、ということはしない。
尋問とは違って、声を届けるだけでいいなら会議室からもできるからだ。
実際に、彼女がいる部屋の映像と音声は私の魔術によって、こちらに送られていたしね。
尋問官のなんともいえないプロのやり口とは違い、私は彼女と同じくらいの年齢の女の子である。
精神がどうこうはこの際置いておくとして。
姿を見せなくても、声の幼さくらいならはすぐに伝わったらしく、ミーライルオリルも驚いていた。
そこを突破口に自己紹介をお互い行なったりして、親交を深めることにも成功した。
これもサニー先生に実地で習った交渉術のおかげだ。
お婆様とお爺様を落としたほどのテクニックが身についているわけではないが、ミーライルオリルはまだまだ子ども。
拙い私の交渉術にまんまとはまってくれたわけだ。実に良い勉強になった。
ミーライルオリルの今後については、ナターシャたちに一任することになっている。
だが、私が彼女と仲良くなったことによってナターシャたちの話し合いも平和的な方向にシフトしていっているようだ。
ちなみに、ミーライルオリルが最初に妖精族を見て「うそつきだ」と言ったのは、彼女の星で竜族と敵対している悪しき種族とそっくりだったかららしい。
目が覚めたらその悪しき種族の前で、全く身動きが取れずにいる状況。
パニックになるのも当然だったようだ。
ただまあ、決定的に違った点もあったようで、ミーライルオリルの説得は割りと簡単だったけれど。
世界の隣の森の妖精族と、悪しき種族では瞳がまったく違うらしい。
悪しき種族は非常に目が大きく、白く濁っている。
そう、悪しき種族は全て濁った瞳をしているらしかったのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ナターシャが下した結論は、監視は必要だが拘束は解除。
念のため妖精族の街ではなく、このまま施設での保護、となった。
いつでも拘束できるように、術式を渡したのも一役買っているだろう。
ミーライルオリルも自分の状況を理解しているので、ナターシャの決定には異論はないようだ。
だが、やはり他の竜族たち、特に父親を心配している。
秘術については脱出派が情報を広めていたので、彼女の耳にも入っており、一方通行で戻ることができないこともよく理解していた。
……術式が解析できれば、彼女の星へと次元間移動魔術を使うことが可能かもしれないが、残念ながらミーライルオリルが発見された新幹線にそういった痕跡はなかった。
当然ながら、彼女にも術式が残っているということはなかった。
なので、オーリオールへ開く次元の門を直接調査でもしない限り無理だろう。
それだって確実とはいえないが。
ちなみに、オーリオールで調査中に妖精族が遭遇した竜族の正確な場所のデータなどは提供してもらえた。
ミーライルオリルには期待させてもいけないので話してはいないが、いずれ調査を実施したい。
それでなくとも、数十年に一度は秘術を行使するはずなのだ。
竜族の動向はしっかりと把握しておかねばならない。
データを見る分にはかなり険しい山に囲まれた盆地のような場所らしいが、そこが次元の門が開く場所と確定しているわけではないのが辛いところだろう。
世界の隣の森に来てから何度も思ったことだが、長距離探査用魔術の開発はやはり必要だね。
私が直接その場所に行くことはおそらくできないし、調査団を組むにしても私の術式を使った魔道具を持たせる必要があるので、色々と大変だ。
諸々のことを考えれば、長距離探査魔術を開発したほうが早くて安全だろう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「リリー、いっちゃうんだ……」
「ごめんなさい、ミーラ。でもまた来ますよ」
「やくそく……やくそくして!」
「えぇ、約束です。ほら、小指を出して。私たちはこうやって約束するんですよ」
朝早くから始まった漂流物調査ではあったが、調査、ミーライルオリルの発見と尋問など、かなりの時間がかかったのは言うまでもない。
それでもナターシャが迅速に決定を下したので、彼女の保護など様々なことが決まったのは早かった。
私たちの世界の隣の森での滞在期間は五日。
本日は最終日だ。
なんだかんだと、滞在していた屋敷には戻らず、結局のところこの隔離施設で最終日を迎えてしまった。
ミーライルオリルは、すっかり私に懐いてしまい、今ではお互いを愛称で呼び合うくらいには仲良くなっている。
それもそのはず、身体年齢も近いし、さらには同性。私も終始彼女に対して穏やかに柔らかく接し続けていた。
彼女が私に懐くように、心を許すように仕向けていたのだから、こうなることは必然ともいえる。
世界の隣の森へは、また来る予定でいるし、彼女は竜族なのだ。
もっと竜族のことを知りたい。
彼女の角や尻尾、聞いていたよりも多めの鱗なんか特に興味深いものがある。
まだ、彼女との仲を深めている段階なので、そういった敏感そうな部分には触れずにいるが、いずれは……。
彼女の力。
結晶化する魔力の秘密。
膨大な魔力を溜め込む恐るべき角。
私は、自身の保身のために彼女の、竜族の秘密を解き明かしたい。
そう、これは私のためなのだ。
知らない世界で突然独りぼっちになってしまい、震えながら夜を明かす小さな女の子のためではない。
「平和と大地の神、緑神アラストリアの名において、我が約束を結ぶ」
「むすぶ」
これが彼女と交わした最初の約束だった。




