211,緊急時対応と拘束
本日、書籍版『濁った瞳のリリアンヌ』発売です!
発売記念に三話投稿ですよー
世界の隣の森に流れ着く漂流物で発見されるもの全てにおいて、生命体は一切確認されていない。
クティが作り出した次元間移動魔術においても、適性を持つか、膨大な魔力がなければ無事に通過することができないからだ。
おそらくは漂流物も同じ条件で次元の壁を超えているのだろう。
だから無機物などは干渉を受けなくとも、生命体は干渉を受け、魔力の暴走を引き起こし、消滅する。
それが漂流物で生命体を一切発見できない原因だと思われる。
生前の世界の人間も魔力を持っていたのだろう。
魔力の観測はできていなくてもそれらが存在し、漂流物と一緒に次元の壁を超える際に魔力の暴走を引き起こし消滅した。
これまでに多数の漂流物が流れ着いている世界の隣の森だ。
いずれは適性を持つ者が流れ着いてもおかしくはない。
だが、私たちが調べた限りではその確率は非常に低いものだ。
しかし絶対にないという確率でもないのは確か。
……でも、この生存者は違う。
『適性、ではないというのですか?』
『この子は膨大な魔力の方で、干渉を突破してきていると思う』
『お嬢様……それは』
『えぇ……今データを数値化しました。十分に注意を』
『こ、これは……了解致しました』
生存者のデータを詳細に集め、そして得られた情報から私は確信を得られた。
この子は私が生きた世界の人間じゃない。
私には遠く及ばないが、サニー先生に匹敵するほどの魔力を保持し、その魔力によって次元の壁を超えたのだろう。
適性に関しては、もっと詳細に検査しなければわからないが、恐らくはこの子は違う。
そして何よりも、この子の外見が私の生きた世界の人間ではないことを示している。
髪に隠れるようにして生える二本の角。
まだ短いからわかりづらいが、この角が膨大な魔力の源になっているようだ。
そしてお尻の付け根には爬虫類を思わせる尻尾。
それに信じがたいことだが、リズヴァルト大陸の人間にはほとんど見られない……いいえ、正確に言うならば、お婆様にしか見られない特徴を持っていた。
お婆様の強さは、結晶のように美しい魔力の煌めきによって成り立っている。
彼女の魔力の特性とでもいうべきなのだろう。
この煌めきが、肉体をありえないほどに強靭にし、反応速度や耐久力を極限にまで高めている。
だが、お婆様のこの特性は他の人間には見られない特殊なものであり、非常に稀有なものだということがわかっている。
各地を旅したクティですら、お婆様ひとりしかみたことないのだから。
だが、この子はそれを有していた。
収集されたデータから生きてはいる。
休眠状態とでもいうべきか、肉体が完全に防御モードに入っており、あらゆる代謝が低くなっている代わりに、魔力が結晶化し、肉体がありえないほどの防御力と生存能力を得ている。
『お嬢様……これは、その、竜族ではございませんか?』
『たぶん、そうなのでしょうね』
クティから以前教えてもらったことがある。
リズヴァルト大陸には、いくつもの種族が存在し、その中でもごく少数ではあったが、竜の特徴を持つ種族がいたことを。
山を片手で吹き飛ばし、人間には見ることが叶わない妖精族を認識できる。
あまりの危険性に、大昔の人間によって滅ぼされたという話だったが……。
『なぜ、漂流物の中に……?』
仮説はいくつか考えられる。
彼らは次元を超えてきた種族ではないだろうか。
次元を超えることができる者が少ないために、少数にならざるを得なかった。
彼らの強さもお婆様の魔力の結晶化という特徴で説明できる。
お婆様自身は魔力をそう多くは持たないために、結晶化できる魔力が少ない。
それでも達人を超える強さを持っている。
だが、この子を見るに、角には膨大な魔力がある。
適性以外で次元を超えることができたならば、膨大な魔力を持っていてもおかしくない。
故に、竜族は恐ろしいほどの強さを持っていた、と。
では竜族たちはどこからきたのか。
それはわからない。
漂流物は私たちが生きた世界の物が流れ着いているから、恐らくはそうなのだろうと考えられる。
次元間移動魔術のように、別の世界から世界の隣の森へと移動できる手段があるのだ。
オーリオールや生前の世界以外にも、別の世界があっても不思議ではない。むしろあるべきだろう。
そして……竜族は別の世界からやってきた者たち。
パッと考えただけでもこの程度は思いつく。
だが、問題はこの子がどこからきたか、ではない。
「ナターシャ、見ての通りです。どうしますか? クティから聞いて知っていますが、竜族はかなり危険なのですよね? 捕らえるならスカーレットに持たせた魔道具を使えば可能だと思います」
「ぁ、えっと……竜族は危険です。表示されているデータをみても……とてもではないですが、放置しておくことはできませんし……お願いします」
緊張で静まり返っていた会議室では、中にいる全ての者が映像に目を釘付けにされていて、誰一人として言葉を発するものがいなかった。
それは女王であり、最大の決定力を持つナターシャでも同じ。
さすがに彼女も漂流物に生存者がいて、それが危険な竜族であるとは思いもしなかったようだ。
私だってそうだ。クティだって、サニー先生だって。
現場のスカーレットと逐一情報をやり取りする都合上、私は驚き呆けていられる立場ではない。
だからこそ、誰よりも早く彼女に指示を仰ぐことができた。
『スカーレット、緊急時対応G62を発令。ただちに対象者01を拘束、無効化しなさい』
『イエスマム』
スカーレットの見ている視界に映る竜族にマーカーが表示され、『対象者01』という仮名称が設定される。
それに伴い、彼女に持たせている魔道具のいくつかの安全装置がオートで解除される。
スカーレットにもたせている魔道具の中には、私が設定した安全装置が組み込まれている。
これを解除できるのは私だけであり、安全装置を解除しなければ一切起動できない。
無理に起動しようとすれば自壊するようになっているのだ。
それだけ、危険な魔道具であり、緊急時にしか使用できないようになっている。
それを、今使う。
『緊急時対応G62を実行致します』
戦闘態勢に入り、一部の隙すらなくなっていたスカーレットの雰囲気が、私の発令した命令によってさらに引き締まっていくのがわかる。
魔術越しのやり取りだというのに、彼女から発せられる気迫が届き、胃が引き絞られていくかのような感覚が起き――
『完了致しました』
それは一瞬の出来事。
緊急時対応G62で使用する魔道具は、たったの三つ。
ひとつ目は、二百にも及ぶ、結界と防御の魔術を複合した檻を対象物に向かって展開する魔道具。
ふたつ目は、対象の魔力、肉体など、ありとあらゆるものに干渉し、さらには弱体化及び生存環境の構築を行なう魔道具。
三つ目は、対象物の精神に干渉し、一切の抵抗が不可能になるようにいくつもの魔術を展開する魔道具。
ひとつ目で逃走と味方への被害を防ぎ、ふたつ目で対象物の弱体化と死亡を防ぎ、三つ目で対象物の無力化を図る。
そして、これらは発動から一秒以内に完了するようにできている。
緊急時対応と銘打っているのだ。時間をかける意味などないのだから。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「終わりました。移送先などはどうしましょうか?」
「大規模実験場に隔離施設があります。あそこならば竜族の力でもすぐには脱出できない部屋がありますので」
「では、スカーレットに運ばせますので、そのまでの案内をお願いします」
「えぇ、今すぐに」
一瞬で終わった拘束に、何が起こったのか理解できたものは少ないだろう。
だが、映像には明確に先ほどまでとは違った光景が映っている。
竜族の周囲に浮かぶ幾何学模様が、この子を閉じ込める檻のように展開している光景は、贔屓目にみても禍々しい。
効率的に魔術を開発したので、見た目にはまったく拘らなかったので仕方ない。
そもそも緊急時に使うような魔術に見た目を期待するだけ無駄なのだ。
そのような遊び要素は余裕のあるものに施すべきだ。
ナターシャが慌ただしく、命令を出し始めたのに合わせ、私もスカーレットに拘束した竜族を移送することを伝える。
まずはこの新幹線から外に運び出さなければいけない。
『スカーレット、お疲れ様です。次は対象者01を移送します。一先ず漂流物の外まで運び出してください。使用する魔道具は――』
緊急時対応G62によって拘束された対象は、通常の手段では触れることすらできない。
触れても特に何かあるわけではないが、通常の物理的魔術的手段では一切動かせないのだ。
だが、開発したのは私だ。
無論、移動させるための魔術だって同時に開発してある。
むしろ、それとセットで使うための魔術なのだから当然だ。
こうして、漂流物で発見された初めての生存者は、厳重な拘束の下、隔離施設へと移送されることになった。




