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濁った瞳のリリアンヌ  作者: 天界
第二部 第11章 6年目 世界の隣の森編
236/250

210,主導権交代と初めての……



『お嬢様、データを参照しますと、次の次の車両が先頭車両になるようです』

 ゆっくりとしたペースの調査は、お昼を大きく過ぎてようやく終わりが見え始めていた。

 基本的に食事をとる必要がない妖精族たちはそのまま調査を続けていたけれど、スカーレットはそうもいかない。

 ただ、彼女は鍛えられているので一食や二食抜いたところで、どうということはない。

 しかし、完全なパフォーマンスを実現するにはやはり食事はとっておくべきだ。

 彼女には、携帯用の食料もしっかり持たせてあるので今回はそれを食して終わりだ。だがこの携帯食、お婆様たちが運営する学校で作られている完全栄養食なので、活動するだけなら問題ない。

 そう、活動するだけなら。

 つまりは……味が最悪なのだ。

 なるべくならスカーレットも食べたくないようだったけれど、便利なので今回はこれで我慢したらしい。

 別に普通にサンドイッチでも作って持っていけばいいと思ったのだが、そこは彼女のやり方を尊重しておいた。

 正直私は料理あまりできないからね。

 転生してからなんて一度もやっていない。

 なので、結局作るのは彼女たちメイドさんということになる。

 ならば口出しするのは野暮というものだ。


『形状からしてそうみたいだけど……穴があいてる?』

『はい、どうやら外側から突き破ったような跡に見えます。ですが、穴が一箇所だけでございますし、鋼鉄をこのように突き破るというのは、一体どれほどの力なのでしょうか……』


 探査系魔術をいくつも使い、小山に埋もれている電車の形状もある程度判明している。

 先頭車両は、先端部分が突き出た流線型。

 つまりは新幹線によく見られる形状だろうか。

 しかし、先頭車両の真横には外側から突き破るように内側に向けて穴が空いており、何かがあったことがよくわかる。


 しかも、鉄で出来ているだろう車両に、まるで紙を指で突き破ったかのような穴があいているのだ。

 かなりの強度を持っているはずの車両の装甲を、このように突き破るには相当な力が一点に集中しなければならないはずだ。

 でなければもっと被害が甚大になっていなければいけない。

 それこそ、先頭車両が跡形もなく無くなっているくらいの。

 だが不思議なことに、穴が空いているのはそこ一箇所だけで、先頭車両が消滅してもいなければ貫通してもいない。


『それに……この反応』

『はい、どうやら何かがいるようです。収集されたデータの全てがアンノウン。完全に未知の存在が』


 先頭車両に穴を空けた存在なのかどうかはまだわからないが、収集されたデータが未知の物体が存在していることを示している。

 まだ数両を間に挟んでいるとはいえ、距離的にはかなり近い。


 スカーレットが推測した新幹線の使用された年代から考えて、先頭車両のみに対侵入者用セキュリティを設置するのはナンセンス、だそうだ。

 従って、未知の物体が何であるのかは推測が難しい。


 私たちが知っている何かかもしれないし、全く知らないものかもしれない。

 魔術でデータを収集してもわからない以上は直接確認するしかない。


 従って――


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 妖精族の調査隊が主導していた調査は、ナターシャの命令によってあっさりとスカーレットに主導権が移譲された。

 元々何かがあったら、私の術式を使った魔道具を大量に持ち込み、さらには数多くの魔術を重ね掛けしているスカーレットが対処する方向になっていたので当然かもしれない。


 すでに調査隊の面々には、先頭車両にて未知の物体が確認されたことは伝えてあり、無論ナターシャたちにも伝えてある。

 調査隊の面々も、会議室にいる専門家たちも、私の魔術の性能は理解しているので話は早かった。

 それでも今まで調査隊が主導していたのは、彼らの面子や経験などがあったからだ。

 だが、ここからは緊急事態。


 いくらたくさんの漂流物の調査を行なってきた歴戦の調査隊とはいえ、被害をまったくなしでやってきたわけではないのだ。

 私の魔術でその被害が減らせるなら頼る。

 彼らはプライドなどよりも、現実的な損得で動ける思考を持った者たちなのだ。

 まあ、妖精族の最高権力者である女王ナターシャの言葉があったのが一番だと思うけれど。

 やっぱり女王ってすごいんだね。


 そんなわけで、今現在は妖精族の調査隊は入り口部分まで退避し、さらに念入りな結界を施しているところだ。

 残っているのはスカーレットのみ。


 だが、その彼女はすでにいくつもの魔道具を起動し、彼女自身も戦闘態勢に入っている。

 必ずしも戦闘が起こるわけではないし、むしろ突然爆発したりする方が可能性としては高い。

 今までの漂流物でもそうだったらしいし。

 私が知っている新幹線なら突然爆発するようなことはないと思うのだけれど、次元の壁を超えた上に、未知の物体まで存在しているんだ。

 様々な可能性は考慮しなければいけない。


 戦闘態勢に入ったスカーレットならば、反応速度も達人の領域にまで跳ね上がる。

 彼女の得意な細剣をもたせれば、お婆様相手にだって数分は持ちこたえられるくらいには強いのだ。

 さらにいくつもの魔道具と、重ね掛けした魔術があれば、お婆様と対等にやりあうことだって夢ではない。


 つまりは、未知の物体がとんでもない怪物でもない限りはスカーレットが鎮圧もしくは、排除できるということだ。

 最悪、スカーレットでも敵わない場合は、緊急用の魔道具を起動してもらえば問題ない。

 かなり彼女に負担をかけてしまうが、最低でも命は助かるはずだ。

 無論、使わないのが一番いいが、念には念を入れて持たせてある。

 スカーレットも機能とそれに伴う弊害をしっかり理解しているので、使い所を間違うことはないだろう。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 退避した妖精族の調査隊が結界を張り直し、全ての準備が整った。

 会議室にも重い苦しい雰囲気が漂い始めている。

 調査隊が調査していた時はあちらこちらからワイワイガヤガヤと、話し合う声が聞こえていたのに、今ではその声もピタリと止んでいる。


 クティもサニー先生も、映像を映し出している魔道具をジッと見つめている。

 ナターシャは女王としての顔で真剣に、でも少し心配そうにしている。

 レキ君は相変わらず寝ているけれど、ミラは緊張してこわばった顔をしていた。

 ミラが緊張する必要はないんだけれど、会議室に満ち始めた雰囲気にあてられたのだろう。

 いや、数日とはいえスカーレットと一緒に料理をしたり、接する機会は多かった。

 スカーレットは、社交性も高いし、ミラには結構優しい。

 ミラもスカーレットを慕っている感じだったし、スカーレット自身の強さもよく知っている。あの緊張は心配やら信頼やら何やらと色々ないまぜになった感情からくるものだろうか。


『では、始めます』

『十分に気をつけて』

『了解致しました』


 一段と雰囲気の増したスカーレットからの通信に応えると、彼女は動き出した。

 今まで調査隊が時間をかけて開けていた車両と車両をつなぐ扉を、細剣で一瞬で切り刻みこじ開ける。

 バラバラになって崩れ落ちる扉だが、音は一切鳴らない。

 そういう魔道具を使っているのだから当然だ。

 こちらが立てる音は全て吸収して無音を保つ。だが、それ以外は普通に聞こえるという、かなり複雑で高度な術式を使った魔道具だ。


 複数の魔道具による一時的な精度上昇によって、スカーレットを中心とした半径十メートルを徹底的に丸裸にしていく。

 その情報はすぐさまフィルターを通し、整理され、映像に反映されていく。

 無論、スカーレットの視界にもその情報は表示されている。

 集められた情報によれば、やはり先頭車両の未知の物体以外は障害となりうるものはない。


 一歩一歩確かめるように進むスカーレットの額には汗がみえる。

 彼女も緊張しているのだ。

 私の魔術を持ってしてもわからない物体に単身で近づいていればそれも当然かもしれない。

 私なら近づこうとは思わないのだから。


 精度が上昇した情報収集魔術の範囲に未知の物体が入った瞬間、スカーレットの歩みは正確に止まる。

 彼女が距離を誤るということはない。

 対象と自分の距離を正確に測ることは、戦闘において基本中の基本だからだ。

 自身のリーチ、相手のリーチ。

 数ミリの世界で距離を測れる達人であれば、この程度は造作もない。


 そして収集されるデータ。

 精度が一時的とはいえ、かなり上昇している現状ならば未知の物体であろうと、かなり情報を得られる。

 実際に、集まってくる情報は今までの比ではない。

 未知の物体の形状から構成している物質。その各種比率まで全てだ。


 未知の物体が未知でなくなったとき、そこには今までの漂流物には決してなかった例外が存在した。


 スカーレットたちが調査に入った漂流物は、小山に完全に埋もれており、入り口になっていた車両からしか入ることができない状態だった。

 先頭車両は完全に土の中であり、周辺にも土を掘り返したりトンネルがあった形跡もない。

 電気が完全に死んでいる上に、かなり歪んでいたので、各車両を繋ぐ扉もあけるのに一苦労する有様だった。


 つまりは、先頭車両に存在する未知の物体は世界の隣の森に流れ着く前からあった可能性が高い。

 そして――


『お嬢様、生きています』

『これは……人間、だね』


 世界の隣の森に流れ着くいくつもの漂流物で、初めての生存者だった。



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