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濁った瞳のリリアンヌ  作者: 天界
第二部 第11章 6年目 世界の隣の森編
235/250

209,漂流物の正体と退屈な調査



『入り口周辺の探査に入ります』

『了解です。十分に注意をしてください』

『ラジャー』


 周辺を結界で囲み、目標漂流物周辺の環境状況の確認も終わった。

 次はいよいよ内部の調査に移る。

 妖精族の調査隊も、当然ながら無謀な突撃と行きあたりばったりな調べ方などは決してしない。

 まずは魔道具や魔術による調査を行なってから中に入るのだ。


 だが、どうしたって彼らには漂流物は未知に過ぎるため、十分な安全策を講じても被害がでてしまうのは避けられない。

 しかしそれも過去の話。

 私とクティが用意した術式を封じた魔道具を使えば、安全は十分に確保できる。

 だが、何事にも慎重さを持つのは悪いことではない。


 調査隊にも経験からの手順というものがある。

 私たちはいくつもの有用な術式を提供しているけれど、彼らに同行させてもらっている立場だ。

 あまりでしゃばるのもよくない。

 しかし、普段と違い、映像と音声がナターシャたちにも届いているという状況だ。

 こちらから連絡するのも容易い。

 必ずしもいつも通りではないのは諦めてもらおう。

 それで安全が買えるのなら安いはずだ。


「入り口には特に危険そうなものはありませんね。それにしても漂流物をこうして見るのは初めてです。私は普段の執務でも生活でも、魔道具として再現されたものしか扱っていませんからね」


 映像を映し出している魔道具にも、送られてくるデータを整理して映している。

 ただのデータとしてはただの文字の羅列に過ぎないものだが、フィルターを通していくつものグラフや数値などにすることにより、直感的に状況を把握しやすくしてある。

 でも、調査の専門家たちもいるので難しても別に問題はなさそう。

 ただ、ナターシャは専門外なのでこうしているだけだ。


「そういえば、私も漂流物を直接調べたのってあんまりないかも?」

「姉さんは以前調査隊に同行して大爆発させて以来のはずですよ」

「そんなこともあったなー」

「えぇ……クティ、大丈夫だったの?」

「幸いなことに調査隊全員も含めて無傷で済みました。姉はもうその頃から世界の隣の森で最高の魔術師でしたから」

「ぬははー!」

「さすがクティ!」


 好奇心でつい行動してしまうクティなら、漂流物の調査くらいはたくさんしていそうだったが意外だ。

 でも、爆発に巻き込まれてしまっても無傷なのはさすがだ。

 今はオートで防御できる魔術を開発しているが、クティの本来の防御魔術は手動だし、爆発してから使っても間に合わない可能性がある。


 手動での魔術行使は、詠唱を如何に早く行なうかで発動時間が決まる。

 魔道具はその点、詠唱がいらずに瞬時に起動できるが、封じられる魔術に限界がある。

 調査隊がどの程度の規模であったのかはわからないが、彼らを含めて無傷というのは、さすがは世界の隣の森最高の魔術師だと言わしめるに十分な功績だろう。


 ドヤ顔さまが高らかに雄叫びをあげる中、送られてきた漂流物の入り口付近のデータをマップに起こして表示する。

 内部構造はとても単純なようだ。

 入り口から少し進むと、通路を隔てるように薄い壁がある。

 だが、その奥には同じような構造が続いているようだ。

 そして、天井部分には……これは椅子?


『お嬢様、どうやらこれは電車のようです』

『上下逆さまになってるようだね』

『そのようでございます』


 そう、どうやらこの漂流物は生前の世界では移動手段として重宝された、電車だった。

 入り口部分は、消失する際に範囲外にあって削り取られてしまったのかもしれない。

 それが小山に埋もれ、ちょうどよく削り取られてた部分だけが露出して、ダンジョンの入り口のように見えたのだろう。


『私はあまり電車には詳しくはないので恐縮でございますが、これはE3系の――』


 スカーレットからの通信は、私だけにしか聞こえない。

 彼女から送られてくるデータは、映像、音声、その他全てにおいて私が管理して表示しているのだから当たり前だ。

 だからといって、いきなり私には理解できない鉄道話を唐突に始めるのはやめてほしい。

 詳しくないといいながら、車両の形状や座席の配置でどの系統でどこの路線を走っていたかを語り始めているのだから困る。


 適当に相槌を打ちながら、ゆっくりと進む調査隊の映像を整理して流していく。

 念のため、入り口付近に中継器を設置してあるので深く潜ってもデータを受信可能だと思うが、何が妨害してくるかわかったものではない。

 だが、スカーレットが詳しく解説できるということは、この電車は私が生きた時代の電車とそう変わりないはずだ。

 あの頃のものならば、そうそう危険な代物ではない。

 突然爆発したりなんかはしないだろうし、対侵入者用のセキュリティがあったりもしないだろう。


 だからこそ、スカーレットは鉄道話を止めないのだろう。

 ……そうだよね?


「最初の扉は簡単に空いたねー。大抵はロックされててこじ開けるのに時間かかったり、そのまま爆発したりするのに……」

「これは幸先がいいですね。リリアンヌ様のおかげで防御面は安心できますが、爆発などしては漂流物自体が損なわれてしまいますから」

「ナターシャー、私は?」

「はいはい、姉さんのおかげでもありますねー。ありがとうございますー」

「もっと褒めてもいいよ!」


 調査隊の進行は極めてゆっくりだ。

 大した危険があるとは思えない電車だとわかっているのは、私とスカーレットのみだし、当然だ。

 しかし、それを伝えるつもりはない。

 電車であることを伝えて、気を抜いて要らぬ事故が引き起こされても困る。


 電車という情報を持っていることを公開するつもりもないし、もしかしたら何か私たちが知らない危険なものがあるかもしれない。


 一応、構造や部品などのデータも収集して解析しているが、今のところは内部に危険な電子機器や未知の物質が埋め込まれていたりしている形跡はないようだ。

 あっても、危険ではないものか、完全に機能停止している。

 照明なんかも全部停止しているが、魔道具があるので調査に支障はない。


 車両はいくつも連結されていて、まだまだ先は長いようだ。


 それにしても、車両に備え付けられている椅子などの備品はほとんどそのまま残っているのに、生物の死体や荷物などは一切見当たらない。

 だが、ところどころに血痕らしきものなどが残っている。

 これは世界の隣の森に流れ着いた過去の漂流物においても同じで、血痕などの汚れやシミはあっても死体や荷物は一切ないのだという話だ。

 つまりは、漂流物から生存者が発見されたことは一度もないのだ。


 漂流物は謎が多い。

 そもそもなぜ世界の隣の森に流れてくるのかもわかっていない。

 私たちはどこから流れてくるのかを知っているが、それだって消失事件と流れ着いた漂流物を結びつけ得た結果でしかない。

 そもそもその消失事件ですら、スカーレットからの又聞きにすぎないのだ。

 本当のところ、何がどうなっているのかなんてものはまったくわからないに等しい。


 だが、結果として私たちが知っている物がこうして世界の隣の森に流れ着いてくる。

 それだけが事実であり、真実だ。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「同じ構造ばかりですね」

「なんだか飽きてきたかなー」

「もう、姉さん……」


 クティが飽きてきたのも仕方がない。

 先ほどからずっと同じ光景と作業の繰り返しなのだ。

 一両ずつゆっくりと危険がないか何度も調べ、使えそうなものがないか確認し、持って帰るものは運び出し、扉をこじあけて次へ。

 真新しい発見もないので、クティどころかナターシャもだいぶ飽き始めている。

 他のグループは調査の専門と魔道具の専門なので、映像を食い入るようにみていて飽きていることはないようだ。

 サニー先生も研究所の職員たちとあれやこれや議論に花を咲かせている。

 レキ君に至っては完全に寝ているし、ミラは待機しているのに慣れているので平然としている。


 私は現場とのやり取りをずっとしているので、飽きるということはないがスカーレットの鉄道ウンチクにはさすがに飽きた。

 元々興味がないことであったし、スカーレットが専門用語を多様するので理解が追いつかないのだ。

 スカーレット自身も遅々として進まない調査に飽きているのだろう。

 それがわかっているので、聞き役をしているが、そろそろ何か違う展開がほしい。


『スカーレット。この電車ちょっと車両数多くないですか?』

『そうでございますね。確かに多いかもしれません。ですが、私の時代よりもあとに消失したと考えれば何かしらの変更があった可能性も頷けます。ですが、いい加減飽きました。改善を要求します』

『えぇ……』


 六両目の調査が始まったあたりで、スカーレットに疑問をぶつけてみたが鉄道オタクの彼女でもわからないみたいだ。

 確かに、私たちが生きた時代よりもあとで消失したのならそういう可能性もある。


 それにしても、スカーレット……自由すぎる。

 喋りたいだけ鉄道話をしたあとにこれだ。

 彼女のマイペースっぷりはクティに匹敵する。


 できれば私だって改善してあげたいところだが、こればかりはどうしようもない。

 飽きたといっても、スカーレットが調査隊を無視して行動をするようなことはないので、そこは安心できる。

 彼女はマイペースなお茶目さんだが、常識もきちんと持ち合わせているのだ。

 たまに悪戯をしかけてくるのが困りものだが。


 しばしの間、退屈な調査の時間は続く。



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