201,宮殿と控え室
「あ、スカーレット先輩。そっちの服ではありません。謁見用はこちらの服を着て頂くように言われています」
「こちらですか?」
世界の隣の森へとやってきてから、二日目の朝。
ミラとスカーレットがわいわいと、私の今日着る服を準備していた。
そう、今日は世界の隣の森の女王ナターシャとの謁見の日。
オーベント王国で王様と謁見する場合は、到着した次の日に会えるなんてことはまずない。
たとえ直接王様から招待されていたとしても、だ。
まずは、関係各所への挨拶から始まり、それに伴った書類の提出、審査など様々なやるべきことがある。
そういった諸々の手続きが終わってから、やっと王様のスケジュールへと組み込まれるのだ。
無論、その間にも王宮内外の派閥争いやら何やらで足の引っ張り合いなどが起こり、時間がかかる。
オーベント王国は王政ではあるが、絶対的な君主として王が君臨しているわけではない。
むしろ他の三国に比べても、権力は分散しているくらいなのだ。
そういったこともあり、通常の謁見は非常に時間がかかるものだ。
まあお婆様とかお爺様なら、各派閥の足の引っ張り合いを無視できるので、時にはアポなしで会えちゃったりするのかもしれないけれど、それは彼らが特別だから。
そういった意味では、今回の私はその特別という枠内だ。
世界の隣の森最強の魔術師であり、街中を少し車で走っただけで大歓声が待っているくらい人気者であるクティ。
魔術研究所所長という、非常に高い地位にいるサニー先生。
このふたりが揃って私についているのだ。
特別にならないわけがない。
さらには、私はクティの任務の捜索対象である、特級魔術師と判断され、招待されたのだ。
彼女が長い時間をかけて発見した貴重な存在なのだから、サニー先生曰く、「この程度の待遇は当たり前」ということだ。
ミラ主導の下、謁見用の衣装に着替え終わると、昨日も乗った車が滞在している屋敷の前に準備できたようだ。
この屋敷について、なんとか普段のミラに戻ったあとは、私の専属としてその能力を遺憾なく発揮してくれた。
普段はエナやお婆様の助手的立場で私の世話をしてくれる彼女たちだが、本来ならエナたちがやっていることは専属の仕事だ。
無論、私の専属たちがそれらの仕事をできないわけがない。
むしろ、エナたちがいない今、ミラは喜々としてそれらの仕事を行なっていたくらいだ。
何せ、直接私のお世話をできるということは、私の覚えもよくなるということ。
特にこのような他に私のお世話ができる者がいない場合において、その評価は高まる。
つまるところ、ミラはご褒美をもらえるチャンスが激増ということだ。
まあ、世界の隣の森にいる間にご褒美を与えることはない、ということは事前に通達してあるんだけれどね。
それでも戻ったあとになら……。
そんなわけで、ミラは車での失態を取り戻すためにも、ご褒美のためにも、無論現状唯一の専属という立場的にも、そりゃあもう、頑張ってくれた。
スカーレットにまかせておいても問題ないところではあったけれど、ミラにもちゃんと私の専属としての矜持が生まれているらしく、こればかりは譲らないといった気概が透けて見えていたくらいだ。
そんな普段の五割増しくらいで凛々しく頼もしかった彼女だが、今現在魂が飛び出る一歩手前くらいの顔で震えて縮こまっている。
そう、今は車内。
ミラはどうやらとことん、車が苦手なご様子。
頑張れ、帰ったら盛大にもふってあげるから……!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
車で走ること、数分。
その間にもやはり多くの妖精族がクティに向かって大歓声をあげていた。
昨日同様に貼り付けた笑顔で、それに応えるクティ。
昨日のうちにクティ成分をたっぷり補給しておかなければ、大変なことになっていたかもしれない。
でも今の私には、クティ成分がある。
なので、大丈夫。大丈夫大丈夫。
車が向かっているのは、私たちに用意された屋敷よりも少し規模が大きい建物。
白亜の宮殿、と称するのが適切だろうか。
色が白と黒しかわからないから、余計にそう感じるのかもしれない。
漂流物を参考にして建築されたのか、生前の世界の古代建築物によく似ている。
美しい装飾の入った巨大な柱や壁。
建材も石のようなものばかりだが、実際は違うようだ。
収集されたデータを参照すれば、石のような質感を再現しているだけで、使われている素材はまったくの別物。
だが、その強度や耐性は比べ物にならないほどに高い。
さらには、様々な魔道具が各所に配備されている。
ライトアップ用の照明だったり、守備用のものだったりと種類も規模も多岐にわたるようだ。
滞在用の屋敷や、他の妖精族たちの家々にあるものとはまた違ったものなので、色々と興味をひく。
それにしても、かなり強固に守られているこの宮殿ではあるが、私にはその全貌が着々と見えてきている。
配備されている妖精族の人数から動き、各種魔道具の配置や性能。
こっそりと潜入することすら可能なほどに、丸裸にされつつある宮殿にちょっと可哀想になってしまうが、それはそれ。
実際にそんなことはしないし、誰かにこの情報を漏らすわけでもないのだから気にしないでおこう。
色々な意味で、視覚膜と連動して常時使われている情報収集用の魔術は凄まじい。
でも情報を取得しなければ視覚膜はうまく機能できないのだから、不可抗力だ。
そう、これは仕方ないことなんだ、うん。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
白亜の宮殿に辿り着くと、そのまま車は専用のスペースへと入り、いくつかある控え室の中でも一番広く、さらには素晴らしい調度品が取り揃えてある一室へと誘導された。
調度品ひとつとっても手間がかけられていることがひと目でわかるこの一室は、どうやら最高ランクのもてなしのために用意された部屋らしい。
他の控え室も相応ではあるが、この部屋は頭一つ抜けている。
「素晴らしい部屋でございますね」
「漂流物を参考にして作られた建物の中でも、かなりこだわって作られた部屋だからな。当時の技術者が血眼になって再現したと言われている。妖精族にはサイズがまるで合わないから、ほとんど使われていないがな」
「あ、やっぱりそうなんですね」
「うむ。今はもう、このような人種サイズの建築物を建てている者はいないが、昔は競い合って建てていたのだ。私たちが生まれる以前の頃の話だがな」
収集されたデータの中にも、人種サイズの建物というものは結構な量あった。
だがそのほとんどは使われている形跡がなく、手入れ用の魔道具が置いてあるものならまだましで、完全に放置されている建物も少なくない。
私たちの滞在している屋敷は、魔道具ではなく妖精族自身の手で手入れや管理が行われているようだが、それは全体からみてもごく一部のようだ。
そのごく一部にこの宮殿も入っている。
「未だにこんな使い勝手が微妙な広さのところで生活してるんだから、ナターシャも酔狂だよねー。そのくせ、家具なんかは全部自分のサイズに合わせてあるんだよー」
「仕方あるまい。あれは女王になったあとも色々なものを守ろうと奮闘していたんだ。ここもそうだろう。そもそもおまえが」
「あーあーあーきこえなーい! 女王は私じゃないし! ナターシャだし!」
「まったく……」
収集されたデータから、この宮殿には居住用の部屋がいくつかあることがわかっている。
そういった部屋で実際に使わている形跡があるものは、全て部屋のサイズと家具のサイズが合っていない。
大抵は広すぎる部屋に家具がチョコン、と置かれている程度だ。
どの部屋も妖精族にとっては広すぎて、逆に使い勝手が悪いだろう。
それでも、どうやら好き好んで住んでいるようだけれど。
以前聞いたことがあったが、クティは女王候補だったらしい。
でも彼女は女王になりたくなかったみたいで、身代わりに妹を置いて逃げていた時期がある。
逆に置いていかれた妹であるナターシャは、女王になりたかった。
これを好機とみるやクティが作った変装魔術で、かなりの間クティとして女王をやっていたみたいだ。
でも、さすがにバレてしまったのだけれど、そこからがすごい。
ナターシャは女王として非常に優秀だった。
むしろ彼女がいなければもはや実務が回らないほどに。
元々、妖精族の女王というものは、リズヴァルト大陸における王とは全く違い、適性を認められたものが就く職業であり、クティにはその適性があった。
そして双子の妹であるナターシャにもそれがあった。
より適性が強いのはクティの方だったらしいが、実際に実務をこなし、もはやなくてはならない存在になっているのはナターシャだったこともあり、彼女はそのまま女王となった。
クティもその頃には、魔術師としての才能を爆発させていたこともあって、自然の成り行きだったそうだ。
結局はふたりともなりたいものになれて、満足という話ではあるが、さすがはクティの妹だ。
リズヴァルト大陸の王とは違うとはいえ、実力で女王になってしまったのだから。
ちなみに、女王は適性が認められて就く職業とはいえ、権力も当然ついてくる。
しかもその権力は意外と大きく、リズヴァルト大陸での王並の権力だそうだ。
その分、ついて回る責任や仕事量も相応のものらしいけれど。
控え室というには、少し豪華すぎる部屋で待つこと十分あまり。
収集されたデータで再現された、宮殿のリアルタイムマップに映し出されていた忙しなく動いている妖精族たちの動きが緩やかになってきていた。
そろそろ、謁見が始まるのだろう。
案内の一団らしき、妖精族もこの部屋に向かってきているのが確認できた。
さあ、世界の隣の森、女王ナターシャへと会いに行こう。
2017.3.23 誤字修正 サブタイトル変更




