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濁った瞳のリリアンヌ  作者: 天界
第二部 第11章 6年目 世界の隣の森編
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197,世界の隣の森と出迎え



 次元間の門を抜ければ、視覚膜に一斉にスキャンしたデータが流れてこんでくる。何重にもフィルタリングされたデータが、白と黒で彩られた世界を一瞬にして形成する。

 私の魔力しか映さない瞳に映し出されたのは、周囲を木々に囲まれた広場のような場所だった。


 だが景色を堪能するよりも前にやるべきことがある。

 まず初めに、以前も行なった環境調査系の魔術をばらまく。

 宇宙服の魔術を使っている現状では、環境要因での被害を受けることはまずない。

 事前に調査も行っているが、あれは次元間の門を超えてデータを採取させているので万が一の可能性がなくもない。

 注意はしすぎて困るものはないので、念入りに行なうのだ。


 魔術をばらまき終われば、全員の体調チェックに移る。

 皆、キョロキョロと周囲に視線を散らばらせているが、データ上の変化はなさそう。ちょっとミラの緊張度合いが高すぎるけど、それはいつものことなので仕方ない。あとで、もふってあげよう。


 それにしても……レキ君はどうしたものか。

 大きなサドルバッグをくくりつけた状態でおすわりして、不安そうにキョロキョロしているのは……ぶっちゃけ、大変可愛らしい。

 でも、そこには通常あるべき野生の本能とでもいうべきものがまったくない。

 不安そうに周囲を見ていても、それは警戒しているわけではない。

 ただ知らないところだから、どうしたらいいのかわからない。そんな感じだ。

 私が彼のことを見ているのに気づいた途端に、伏せ状態に移行してさらに不安に揺れる瞳で見つめてくる始末。


 レキ君は小さい頃にクリストフ家に連れてこられて、その後はずっと外敵なんていない安全な生活を続けている。

 サルバルア種という、絶滅危惧種であり、私の知っている犬や狼なんかとは頭の出来がまるで違う。

 何せクティパッドを通して会話が成立するし、簡単なお勉強もできる。

 どちらかというと、巨大な犬の形をした人間の子供といった感じだ。

 そんな彼なので、野生の本能なんて期待する方が間違っていたのかもしれない。


 まあ、事実彼にはそういった訓練は一切させていないし、本能だけで周辺警戒を完璧にこなせっていうのは無理難題か。

 それに、そういった役割は私やクティが魔術で行なうのだし、今回のレキ君の役割は荷物持ちだ。

 あとついでに、私のベッド兼ソファかな。


 ……でも、この世界の隣の森ツアーが終わったら、少しは訓練させるべきなのかな。


「お嬢様、あちらをご覧ください」

「ん?」


 レキ君をみつめていたのは、ほんの数秒。

 その間にも周辺環境のデータは続々と集まっていていた。

 でもそれは基本的に私たちがこの場所で安全に生存できるか、という情報であり、周辺地形のデータは後回しになっている。

 とはいっても、レキ君と違って警戒を怠ることはない。

 あらかじめ、全員に自動防御の魔術や隠蔽などの魔術を何重にもかけている。クティという最強の戦力もいるし、彼女の警戒網を突破して攻撃を仕掛けてくるなんて状況は、相当な危機的状況を示している。


 ……それを考えると、レキ君の本能が働かなくても無理ないのかも。だって彼はここが安全だってわかっているんだから。

 でもやっぱり帰ったら訓練は追加しよう、うん。それが彼のためにも私のためにもなるのは明らかだし。


 一瞬の思考のあとに、スカーレットに示された方角を確認すると、そこには土に埋もれるように遺跡のようなものが存在していた。

 確認した瞬間には構造や材質などのデータを取るための魔術を発動させ、データ収集を開始する。

 データはいくつあっても困ることはないからね。


「材質は……リズヴァルト大陸には存在しない未知のものだね」

「いえ、そうではなく、見覚えがございませんか?」

「んぅ?」


 視覚膜が映し出す遺跡をもう一度よく見てみると、部分的に破損し、大半を土に埋もれさせているものの、立方体のような形状に窓らしき穴が空いているのが見え……ビル?


「……確かに建築物としては見覚えがあるけど、でもだからといって、そうと決まるわけではないよ?」

「無論承知しております。ですが……」

「データは収集させたから、あとで解析してみるね」

「よろしくお願い致します」


 生前の母国では見慣れた、コンクリート製のビルに非常に似ている遺跡。

 スカーレットはあの遺跡が、そのものなのではないかと思ったのだろう。


 でも、考えてもみて欲しい。

 人間が快適な生活を営むために生み出すものは、文化の違いはあれど、どれも似たようなものになるらしいのだ。

 実際にオーベント王国の一般的な建築物も、生前の世界のものに非常によく似ている。

 さすがにコンクリート製のビルはなかったけれど。


 でも、ここはリズヴァルト大陸ではなく、世界を異とする世界の隣の森。

 スカーレットの言葉は、一考の余地がある。

 私だって、頭ごなしに否定したのではなく、先入観で真実を見誤ることを恐れての発言だ。

 まあ、スカーレットは聡明な人なので、その辺はしっかり理解しているようだけれど。


 ちなみに、緊張でガチガチに固まって完全に思考停止しているミラには、私たちの会話なんて右から左に流れてしまっているような状態だ。

 そうでなくても、今回の旅行の間にミラは私の側に入ってもらうことになっているので問題ない。


「リリー。そろそろ来るぞ」

「あ、はい。では隠蔽を解きますね。あと環境も問題ないようですで、宇宙服の方も解いておきます」

「うむ。任せる」


 サニー先生の言葉を合図に隠蔽と宇宙服の魔術を解く。

 周辺環境はどうやらリズヴァルト大陸と変わらないようなので問題はない。

 違いがあるとすれば、少々魔力濃度が濃いかな、と思える程度。

 それでも人体に害があるわけではない。


 ちなみに、先生が来るといっていたのは、女王ナターシャの使いの者たちのことだ。

 次元間移動魔術を行使する前に、連絡はいれておいたので迎えにきたのだろう。

 何せ私たちは女王直々の招待客だからね。


「お客様を待たせるなんてえらくなったもんだよねー! なんでここで待ってないかなー」

「無理を言うな。次元間移動魔術の発動に巻き込まれたら塵も残らんぞ。それに連絡したとはいえ、ここまでそれなりに距離があるしな」

「違うなー。間違っているぞ、サニー君! 私のリリーを待たせている! その時点でもうダメなんだよ!」


 空中高く浮かび上がったクティの瞳には謎のマークが魔力で描かれ、その背後にはこれまた謎の人型ロボットが描き出される。

 そして、口元を隠し、マークの描かれた瞳を強調する謎の格好いいポーズをとるクティの顔は、安心安定のドヤ顔だ。

 やだ、クティカッコイイ!


「私は一期が最高だと思うんです」

「スカーレット……」

「ごほん。忘れてください」


 ちなみに、次元間移動魔術は移動先の空間を一部とはいえ、消滅(・・)させてしまう。

 次元間の門を開くというのは、それだけで危険極まりない行為なのだ。

 だから帰りに次元間の門を開く場所は、事前に入念に打ち合わせをしてあり、その場には誰も近づかないように厳命してある。


 今回、世界の隣の森側の門を開く場所をここにしたのも、クティが何度もこの場所を選んでいる点もあるが、クティたちの街がある場所から離れていて、間違って誰かが巻き込まれることがないからだ。


 妖精族は、クティたちのような調査隊を除けば、その行動範囲はあまり広くないらしい。

 基本的に自分たちの住む場所からあまり移動はせず暮らしている。

 まあ中には色んな場所を旅するような変わり者もいるそうだが、そういった者は調査隊になっていることが多い。


 他にも開けている場所はありそうに思えるけれど、周辺環境のデータから見るとかなり広範囲に森が広がっているみたいだ。

 他の妖精族にも、この場所が次元間移動魔術の出口として使われていることが伝わっているので、突然他の場所に変えるというのも問題がある。

 というわけで、いつも使っているそうだ。


「きたな」

「お、お嬢様……」

「これは……ちょっと驚いたね」


 森の一部を切り開いて作られていた道からやってきたのは、クティたちと同じ小さな体躯の妖精族。

 数十人が列を乱すことなく、一個の生物であるかのように空中を滑るように移動して来るのはまるで軍隊のようだ。

 でも、それよりも私たちを驚かせたのは、彼らの後方からやってくる物体だった。


「お、ちゃんと移動用にクルマ持ってきたんだね、えらいえらい」

「クティ様。今、クルマ、と?」

「え? うん。クルマだよ。あ、リズヴァルト大陸にはないもんね。私たちも大きさが合わないからまったく使わないけど、極々たまーに使うときもあるんだよ。荷物が大きいときとか」


 そう、クティの言うように、私たちを驚かせた物体は車だった。

 元母国では移動用の乗り物として普及していた、四輪の機械仕掛けのアレだ。

 私が知っているものとは少し違い、見た感じでは普通自動車サイズだが、そのフォルムはなんだか未来的になっているけれど、紛れもなく車だ。


 クティの言葉通り、妖精族からするとかなり大きくて運転するのが大変そうだから、使わないのもわかる。だが私たちのサイズからすると、ちょうどいい大きさ。

 もちろん、小さな私には大きいけれど、それでも妖精族よりはサイズ的に合う。


 いや……そうじゃなくて! なぜこれがここにある?

 ……いやいや、違う。わかっていたはずだ。その可能性があるからこそ、私たちは家族の説得を行い、出来る限り早く世界の隣の森に来れるように頑張ったのだ。


「だけど、いきなりこれは……」

「さすがに驚きました」


 出迎えの妖精族の一団が私たちの前に到着するまで、私とスカーレットは呆然と懐かしさすら覚えるそれに目を奪われ続けた。



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