189,濁瞳のリリアンヌ
今日は2話連続投稿です。
自分の目の前にはただ1つの事だけが違う世界が存在した。
目の前に広がる景色は今までの魔力を持つものだけが映る世界ではなく、魔力を持つ持たない関係なく全ての物を映し出している。
その映し出された物は細部まで完全に再現されており、目を凝らす要領で注目するとフィルターが変化しより解像度を引き上げる。
下を見れば転んでも怪我などしないように毛足の長い、だが歩くのにも走るのにも邪魔にならない絶妙な長さの絨毯の敷かれた床。
その絨毯の毛の1本1本まで完全に再現されており、その美しい模様もはっきりと視認できる。
顔を上げれば広いレキ君ルームの端はうっすらとだが見える。
これは細部まで再現されている視認距離を短くし、それ以上は再現率を落として処理能力を上げているためだ。
しかし大まかな再現率でも周りを認識するには十分なレベルであり、ちょっと目の悪い人が少し遠くを見たような感じというか、細部まで認識できずともわかる範囲のレベルだ。
そしてここでも注目することによりその解像度を引き上げることが出来る。
壁の模様に注目すればその精緻な美しい様がありありとわかる。
天井に目を向けてみればステンドグラスがうっすらと目に入ってくる。
光を通して様々な色を見せるだろうステンドグラスだが、注目して解像度を引き上げても色は見えない。
そう、たった1つだけ違うもの。それが色だ。
自分が作り上げた魔術により再現された世界は全ての物理的障害物を細部まで再現することが可能だが、色だけは再現できなかった。
それは元々この魔術により再現された映像が映し出されるのが自分の瞳というスクリーンだからだ。
脳内に直接映像を転写することは負担が大きすぎる上に、どんなリスクがあるかわかったものではない。
もしかしたら脳の処理を超過して焼ききれる可能性すらある。
それだけ脳に直接映像を転写するのは危険な行為だ。
ならば健常者のように目を通して映像を取得してはどうかと思うだろうが、元々それが出来ない病が『濁った瞳』だ。
結果として魔力を見ることが出来る魔眼を利用した映像取得しか方法がなかった。
しかしそれでも……。
今までに見えていた魔力だけの世界とは比較にならない。
自然と涙が溢れるほどの美しい世界が自分の目の前には存在していた。
「リリー……」
「完璧だな。ここまで再現できるものなのだな……。これがリアルタイムでほとんどタイムラグもなしに行われているというのは驚嘆に値する。
やったな、リリー」
涙でいっぱいになった視界でも魔眼に映されている世界はぶれることはない。
だがあまりの美しさと胸が詰まるほどの感動により魔力で文字を作ることもできないほど自分の心は打ち震えていた。
返事の代わりに何度も何度も首を縦に振り、2人に感謝を伝え心からの笑顔を咲かせることが出来た。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「再現率98%の範囲を周囲50cm。
再現率83%を周囲3m。
再現率47%を周囲10m。
そこから再現率をどんどん落として有視界範囲を50mと設定しているが問題はなさそうだな。
風や雨などの物理的障害はすでに問題ではないし、再現率98%状態で処理許容量を超過するような密集率の場合のフィルターチェンジもパターンを増やしてある。
しかし注目による解像度の引き上げをもう少しパターンを増やしておきたいところだな」
「うんうん、それは同意だね。
ゆっくりピントが合うような感じで再現率が上がるようにしてあるけど、これは大半は処理の低減化のためだし、緊急時の対策も必要だね」
【そうなるとやはり『精神感応波特定』では限界がありますね。新たに作っちゃいますか】
「うむ、それがいいだろう。最早既存の魔術は参考程度で十分だ。
全部新たに作ってしまうくらいでちょうどいい。今の君ならそっちの方が早いからな」
「ほんとならすごい事なんだけどねぇ……。今のリリーなら逆に既存の魔術を改良する方が時間がかかるくらいだもん」
『圧縮術式』を用いれば新たに魔術を作るのは容易い。
術式群を1つの術式として圧縮し、それを組み上げる事で性能を大幅に向上させた上で自分の思うとおりの魔術が作り出せる。
本来ならもっと多くの術式を用いて、時には遠回りをしながら作り出さねばならない。
「しかし、問題はやはり色か。
濃淡だけで再現している現状でも見分けが付かないというものは少ないがやはり色はほしいな」
「だねぇ……。特にこの部屋だったらあのステンドグラスを通る鮮やかな光なんかリリーにぜひとも見せたいものだったんだけどなぁ」
【まぁその辺は仕方ないかなぁ……。どんなに優れている『圧縮術式』でも自分の瞳に色を再現するのは不可能だからね】
「いやいやいや、不可能なんてないよ! きっといつかはリリーに色を見せてあげるよ!
時間はかかるかもしれないけど私はやってみせるよ!」
【ありがとう、クティ。私も不可能なんて言って諦めないで頑張る。
ううん、2人で頑張ろう?】
「もちろんだよ! もちろんだよ! リリーと2人なら無敵すぎて敵なんていないよ!
色なんてちょちょいのちょいであっさりぷーだよ!」
クティの言葉に気づかされる。
そうだ、不可能なんてものは存在しない。
ましてや頼もしくも愛しい彼女が一緒に頑張ってくれるんだ、きっと出来る。
「まぁまずは現状の改善からだな。色はその後にしておけ」
「了解さー!」
【はい! さぁやりましょう!】
『圧縮術式』で作り上げた術式を組み込んだクティパッドの処理能力はすでに従来のクティパッドのソレを遥かに凌駕している。
その上消費魔力を大幅に削減されているので各自がそれぞれに自分でクティパッドへと魔力を供給できるほどになっている。
しかも今まで不可能とされていた発動後の魔術への魔力供給という常識を覆す技術までもが実現している。
『圧縮術式』を用いてサニー先生が最初に概要をくみ上げたのがこれだ。
それを自分とクティで共同で作成し、あっという間に完成にまでこぎつけ、今現在も常時展開しているこの物理観測再現結界『視覚膜』にも使われている。
クティパッドは現在もアップデートを繰り返し進化を続けているため、発動自体はクティしかできない。
旧バージョンでなら自分もサニー先生も発動させることが出来るがエーテル結晶体を用いた外部記憶装置が一部適応できないなどの悪影響があるため使うことはない。
旧バージョンも『圧縮術式』を用いて術式の改変を行っているものでなければ消費魔力が多すぎて起動すらできない。
『圧縮術式』は本当に便利だ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ふふ……。最近のリリーちゃんは本当にご機嫌ね。
何かいいことがあったのかしら?」
「あい!」
「ふふ……。リリーちゃんがご機嫌なら私も嬉しいわ。
明日はリリーちゃんのお誕生日だし、リリーちゃんももう4歳になるのね。
あっという間に大きくなってしまうわねぇ~」
「むふふ~」
「ふふふ」
クレアのひざの上で穏やかな時間が過ぎていく。
『視覚膜』で再現された世界は様々な情報を自分に齎してくれた。
自分の部屋の巨大なぬいぐるみの異様な迫力や、廊下にさりげなく飾られる花々の瑞々しさ。
サニー先生が作り上げた屋敷のシミュレートにはなかった新鮮さとそれをはっきりと感じることが出来る近さ。
『視覚膜』は最早なくてはならない。
『視覚膜』で再現された世界でも自分の魔力を見れる魔眼は正常に機能している。
オンオフも自由にできるので『視覚膜』だけの世界も見れるが、魔眼を通して見る世界と『視覚膜』で見る世界の違いは魔力を持たないものが見えない程度の違いでしかない。
もちろん魔眼に映る魔力の流れなどの細かい違いはある。
だがそれでも祖父母や両親や兄姉、エナや専属の顔や体は魔眼を通してみたものとほとんど変わらなかった。
自分が見ていた世界と『視覚膜』により再現された世界に違いはない。
それでも全てが新鮮に感じ、自分がこの世界に受け入れられたような感覚がある。
生前の記憶がなければこんな風には思わなかったかもしれない。
生前の――健常者として見た世界を知っているから、『濁った瞳』という全盲の病によって世界に拒絶されたような思いがあったのかもしれない。
その思いはやがて心を腐らせるだろうことを無意識で理解していたのだろう。
だからこそソレを感じないように目の前のことに異常に集中した。
結果的に『視覚膜』を手に入れ、今こうして世界を知ることが出来た。
世界に受け入れられ、世界を受け入れることが出来た。
明日で自分は4歳になる。
異世界に転生して4年。
本当の意味でこの世界で生きるという決意を胸に――。
私は生きていく。
遂に魔力以外の物理的な物を見ることが出来るようになりました。
無意識に世界を拒絶していたリリーも世界を受け入れ、世界に受け入れられたと感じることが出来ました。
リリーの人生はまだまだ始まったばかりです。
これからもたくさんの困難が待ち受けているでしょう。
でもそれ以上に幸せが待っています。
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