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濁った瞳のリリアンヌ  作者: 天界
第一部 第10章 4年目 後編 3歳
213/250

187,覚醒のリリアンヌ



 すっかり焦りからの苛立ちが形を潜め、精神的にずいぶん落ち着けるようになった。

 これもレキ君とミラのダブルお尻尾さまプレイのおかげだ。

 今後も何かがあったら是非ともお世話になろう。うん、絶対。



 ダブルお尻尾さまプレイで心身ともに癒され、平常運転に戻った思考のままぼーっとしているとエナが近づいてくるのが見えた。何か用事があるのだろう。


 幻術空間に近づくには明確な目的が必要であり、近づくにつれ見せている幻術と現実との差異を埋める作業が行われる。

 しかし今幻術空間が見せている映像はほぼ現実と変わらない状態なので特に気にするほどではないだろう。


 幻術空間にはレキ君とミラのお尻尾さまによって気持ちよさそうに眠っていた自分が起きてぼーっとしている状態が見えているはずだ。

 近づくエナに視線を向けて小首を傾げ、その仕草を見てエナが笑顔を向けてくれる。



「リリー、おはよう。よく眠れた? 最近ちょっと様子がおかしかったから心配してたんだけど、もう大丈夫みたいね」



 さすがエナだ。まさか自分の苛立ちに気づいていたとは。

 しかも超過保護なエナがそんな苛立っている自分に対して数日とはいえ、様子を見るという行動を取っていたとは。

 もう少し前のエナなら絶対苛立ちに気づいた時点で何かしらのことをしていただろう。

 だが今は自分のことを信頼してか、過保護なままではいけないと思ったのか、様子を見るということをしている。

 エナも自分と一緒で成長しているのだろう。実に喜ばしい。



「それでね、エリオットが何かリリーに知らせたいことがあるんですって。

 また何か作ったのかしらね? リリーのお誕生日も近いのに今日知らせたいなんて何かしらねぇ~」


「なんだろぉ~」


「ねぇ~」


「ね~」


「わうぅ~ん」



 2人が一緒に小首を傾げると揃った声にレキ君も乗っかってきた。

 実に可愛いその行動に2人でクスクスと笑いあい、エリオットの作品発表に使っているいつものホールまで向かった。







◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆







「ご機嫌麗しゅう、我が天使。

 此度お見せしたいものは我が天使の素晴らしき歌声に感銘を受け、天啓が如く閃きにより作り上げることが出来た……我が天使に捧げた中でも最高の出来です!」



 いつものホールでいつものようにエリオットの工房の魔道具職人たちを後ろに控えさせ、自らは跪き恭しい態度と大仰な身振りで熱く語っているエリオット。

 その瞳はキラキラと魔力の輝きが美しく、まるで少年のような純粋な熱い思いを感じさせる。



 まぁ作品を渡すときのエリオットは大体こんな感じだからいまさらではあるが。



 そんなことを思っているとパチン、と指を鳴らしたエリオットの下に背後に控えていた魔道具職人の1人が何かを両手で持って近づいてくる。

 両手に持った何かは布でもかけてあるのかまったく見えない。



「我が天使。これが今回我が天使にお見せしたいものです。

 今まで我が天使のためだけに日々試行錯誤を繰り返し、やっと完成したコレをぜひともあなたにご覧になっていただきたい!」



 荷物を受け取ったエリオットが熱く……本当に熱く語り、まっすぐな瞳をこちらに向ける。

 その瞳には日々の試行錯誤と苦悩がありありと浮かび上がっているように思えた。



 ゆっくりとエリオットが持った荷物が露になっていく。

 それは1枚の布のように思えた。

 しかしこれ……自分に見えている。

 それはつまり、コレは魔力を持っているということだ。

 魔片を成型して薄く延ばしただけでもこのような形にはなる。

 しかしその場合硬い板のようになるのだ。


 一見するとこのエリオットが見せたかったものは柔らかそうに思える。

 だが見た目が柔らかそうでも実は硬いなんてものはいくらでもある。



「さぁ……我が天使。触ってご確認ください!」



 硬いかどうかなんてのは触ってみればわかる。

 エリオットに促されるままに触れると、確かに柔らかかった。

 魔力がある物体。そして魔道具として――魔術が起動しているわけでもないのに柔らかい。


 コレは今までエリオット達が幾度も失敗していた物の完成形だ。


 魔片という物質は魔力を貯蔵し、魔術を封じられる特殊な物質。

 そしてさまざまな素材とさまざまな方法で合成することにより、膨大な結果が得られる。


 しかし今までに数多くの合成結果が生まれているにも関わらず、魔術を起動していない状態で柔らかさを実現したことはなかった。

 これは歴史的快挙といえるほどの結果だ。


 エリオットは今までもたくさんの快挙といえることを成し遂げているがこれでまた1つ増えることになるだろう。



「……んぅ?」



 布状の魔片の肌触りを確かめていると、ふとあることに気づいた。

 自分の魔力を詳細に見ることが出来る魔眼を近づけて確認してみる。

 今までこれは魔片だと思っていた。

 いや、確かに魔片だ。


 魔片なのだ……が。



「えりおっとぉ~、これまへん?」


「はい、我が天使。これは魔片に柔軟性を持たせることができた最初の作です!」



 やはり魔片のようだ。

 しかしこれが魔片?

 確かに大きく分類すると魔片だろう。


 しかし魔力を詳細に見れる自分の魔眼にはその違いが明確にわかった。


 一般的に魔片と呼ばれている物質は様々な素材と合成しても、ここまで変化することはない。

 もうほとんど新たな物質(・・・・・)となっているといっても過言ではないくらいに別物だ。

 だがそれでも魔片としての性質などは受け継いでいるようで大きく分類すると魔片になる。



 エリオットは知らず知らずのうちに新たな物質を作り出してしまったのだ。

 この事実に行き着いた時に自分の中で何かが弾けるのがわかった。


 弾けた何かはまるで閉まっていた蓋が開いたかのように……たくさんのアイディアが溢れ出てきた。


 まるで洪水のように思考を洗い流し、エリオットが熱く語る話はまるで聞こえなくなる。

 今までどこに隠れていたのかと思うほどにたくさんのアイディア達が思考を埋め尽くし、一瞬で様々なシミュレートがなされる。



 そしてそのどれもが1つの事実を自分に突きつけてきた。

 その事実に愕然としつつも、心の底から歓喜があふれて来る。



 自分はなぜこんなことに気づかなかったのか。どうしてここまで視野が狭まっていたのか。

 まったくもって度し難い。笑えるほどに度し難い。


 そんな自分に気づかせてくれたのは……。



「えりおっとぉ~!」


「我が天使……いぃぃいいいい!?」



 熱く熱く語っていたエリオットが自分の声に顔を上げるとそのまま完全に固まってしまった。

 周りからは悲鳴にも似た叫び声が多数上がっている。

 それもそのはずだ。


 自分は今エリオットに抱きついているのだから。



 笑えるほどに気づけなかった視野の狭さ。

 これほどまでに簡単なことに気づけず、焦りと苛立ちで心配もさせてしまった。

 まったく自分はまだまだだな。



「ありあとぉ~えりおっとぉ~」


「わわっわわわあわあ」



 完全に固まって言葉もうまく機能しなくなったエリオットだったが、歓喜と自分に対する呆れで埋まっている自分にはどうでもいい。

 周りで鳴り響いていたエナの悲鳴はもう聞こえない。しかしそれもどうでもいいことだ。



 今はもう、やるべきことは1つだけだ。



 言葉がうまく機能しなくなっていたエリオットから離れると大きく息を吸い込み、指を銜える。


 次の瞬間には一際甲高い音が鳴り響き、ホールに木霊する。


 木霊した音が消える前にその存在はホールに到着し、人だかりとなっている使用人たちの頭の上を颯爽と飛び越えて自分の目の前に華麗に着地を決めていた。



「れきくぅ~ん!」


「わぅ!」



 ホールに集まっているほとんどの人が唖然としている中で、伏せたレキ君の頭の上に覆いかぶさるように乗るとすぐにレキ君が絶妙な力加減で位置を調整する。

 一瞬だけの浮遊感のあとには自分の位置はいつもの定位置――レキ君の背中の上に移動しており、準備は完了だ。



「ごぉ!」


「わふ!」



 自分の声に応えたレキ君は搭乗者に一切の負担をかけない素晴らしい動きでもって高速移動を開始する。

 ホールに集まっていた人達は一瞬で後方に置き去りにされ、瞬き1つの間に移動は完了していた。


 移動した先は当然いつものレキ君ルーム。

 すぐさま幻術空間を展開し、クティパッドを再起動させると一心不乱に打ち込みを開始した。







◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆








「リリー……どうしたの~?」


「さすがに驚いたぞ。確かに魔術を使わず魔片に柔軟性を持たせるなど聞いたことがないがそれにしてもあの行動は目を疑った」


「そうだよ~。私なんて一瞬浮気ですか!? とか思っちゃったよ!

 でも、リリーがそんなことするわけないからすぐに思い直したけどね!」


「それでいったい何があったんだ?

 というかそれはなんだ?」



 レキ君と自分に置き去りにされた妖精ズがレキ君ルームに戻ってくると心配そうに聞いてきた。

 クティはちょっと悲しそうにしていたけど、すぐにそんなことはありえないと頭を振って消し飛ばしている。



【ふふふ……。私気づいたんです。私の視野は酷く狭まっていたことに。

 それを自覚したらもう……アイディアがすごいくらいに沸いてきてしまって居ても立ってもいられなくなってしまって……ふふふ】



 普段の無表情が嘘のように表情が動くのがわかるほどに自分は今興奮している。

 そしてクティパッドに打ち込んだ情報を自慢げに2人に見せる。

 これは先ほど一瞬でシミュレートした結果から算出された最適解だ。



「……ふむ。なるほど。確かに今までとはまったく違ったアプローチだ。

 しかしこれはまだ途中だな」


「そうだね。でも……そうか。今までどうしてなんだろう、とは思ってたけど、それがリリーのやり方だってずっと思ってたから気づけなかったよ」



 クティパッドの情報を見た2人からも自分の言わんとしていることに気づいたのがわかる。



 でもそうか。クティは気づいてたんだね。でもずっと自分がそうだったから勘違いしてしまっていたんだね。



【私はこれから無意識領域でコレを詰めようと思います】


「うむ。ここ数日間分までしっかりやってこい」


「私に出来ることがあったら何でも言ってね! なんでもやるよ! やっちゃうよー!」



 妖精ズの応援に動きまくりの表情筋がはっきりと笑顔を作り出す。

 それを見た2人は目を見開いて驚き、次の瞬間には陶然とした表情になり、最後には最高の笑顔を返してくれた。


 無意識領域に入り、溢れ出したやる気とアイディアに無限の活力を感じ、自分のテンションが最高潮に達していることをはっきりと自覚することが出来た。



 その日、クティとサニー先生を唸らせるほどの歴史上類を見ない魔術が作り出されたのだった。



きっかけを与えてくれたエリオットにはリリーからの抱擁という極上のご褒美が与えられたのでした。


しかし端から見ると……。

エリオットが自信満々でリリーに作品を見せ、それに歓喜したリリーがエリオットに抱きつく、というエナが卒倒するような光景なのでした。


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