外伝26,姉と兄
本編に出てこないような設定が若干出て来るようなそうでないような。
花の名前は気にしてはいけません。
テオの出番が少ないのは仕様です。苦情は受け付けません。
非常に軽い金属で先端部分を補強している魔片で出来た子供用スコップを土に差し入れる。
ほとんど抵抗もなく入っていくスコップに驚きながらも土いじりの感触を楽しんでいるのは銀糸のように滑らかな髪の上に麦わら帽子を被った小さな女の子。
だが彼女が実は見た目とはまったく違い、叡智に溢れた魔術の天才であるということを知る者は少ない。
空気をたっぷりと含んだ土は栄養に優れ、虫がつくことを防ぐ為に専用の魔道具も一定間隔毎に設置されている。
魔道具はそれだけではなく、植えられている花々達に合わせた環境を作り出すために計算されて配置されている。
花壇にこれだけの魔道具を用意する事自体本来ではありえないことではあるが、この花壇はそれだけの価値がある。
毎日の手入れを欠かさず、丹精込めて世話をしている少女はクリストフ家長女――エリスティーナ。
学園では深窓の姫君と呼ばれるほどの美しい少女だ。
だが最愛の妹のために作られた騎士団に入団するほど活動的であることを知るものは身内以外では少ない。
さらには祖母の驚異的な才能を受け継いでおり、同年代では相手にならないほどの実力を有してもいる。
しかしやはり最愛の妹の前では心優しい姉であり、今も一緒に土いじりを楽しんでいる。
「リリー、上手よ。掘り出した土はこっちに置いてね?」
目の見えない妹の手を取り、優しく導きながらも楽しめるように補助に徹する。
その動きは壊れ物を扱うように繊細で、それでいて温かく見ていて癒されるような優しいものだ。
「この土はね、8種類の土地の土を混ぜ合わせて作ってある特別製なの。
とっても柔らかくて栄養もたっぷりあってお花が元気に育ってくれるようになっているのよ。
ほら、リリー触ってみる?」
「あい」
土を手に取り、手の平の上で解すようにして説明しながら妹にも自身の研究の成果を感じてもらいたくて差し出す。
エリスティーナの小さな手よりもずっと小さな手がその手の平の上に伸び、柔らかく空気を含んだ土に触れ感触を楽しんでいる。
その様子を目を細めて微笑ましく見守る姉は幸せの絶頂といった様子で魔力の発露がほんの少しだけ滲み出ている。
土の思ったよりも柔らかくきめ細かい感触に驚きながらも姉から発露している魔力に触れ彼女もエリスティーナの幸せをたっぷりと共有することができた。
「ふわふわ~」
「えぇ、ふわふわねぇ~」
「ふわわ~」
「ふふ……気に入った?」
「あい!」
「それはよかったわ。じゃあ次はお花を植えましょう?」
「あい」
そっと添えていた手を惜しみつつも離し、立ち上がったエリスティーナは用意しておいた花の苗を取りに向かう。
とはいっても数歩分の距離しか離れておらずすぐに取ってこられる距離だ。
「リリー、この花はアンブロシアといってとても綺麗な花を咲かせる……ッ!?」
苗を取り、振り返りながら花の説明をしようとしたエリスティーナは妹が土を口に近づけている様子をみて仰天してしまった。
小さな子供は何でも口の中に入れてしまう。
だがエリスティーナは妹がそのようなことを1度もしたことがない聡明な子であることを知っている。
それだけに今自身の目に映っている光景が信じられず、スローモーションのようにゆっくりと流れる光景に思考が停止寸前だった。
だがエリスティーナは毎日騎士団で訓練を積んでいて普通の子供ではなかった。
「リリー! だめ!」
「ふえ?」
口元に近づいていた妹の手を素早く掴み、行動を停止させると掴まれた当人は驚いた声をあげる。
それでも無表情がデフォルトとなっている彼女の表情筋はほとんど動かなかったが、声は困惑しているのがよくわかるものだった。
「リリー、土は食べ物じゃないから食べちゃダメよ?」
「……あい」
エリスティーナの言葉に目をぱちくりさせてから彼女が何を勘違いしたのか理解したが、彼女に掴まれた手と真剣な表情に反論せず素直に頷きを返す事にした。
本当は土の匂いを嗅いでみようとしただけではあったが自分がまだ何でも口に入れてしまうような幼い子供であるという事を思い出したのだ。
「リリーはとっても可愛くて賢くて可愛くて可愛いから1回言えばわかるものね。
ふふ……。でも食べちゃいたいくらい柔らかくていい土だものね。わかるわ」
「んぅ~」
手にまだ少し残っている土を眺めてみるが彼女の瞳には魔力以外は映ることはない。
それでも姉の楽しそうな心底幸せそうな言葉に相槌を打ってあげることも忘れない。
「さぁ、リリー。一緒にこのお花の苗を植えましょう」
「あい」
優しく妹の手に苗を持たせてあげてそのまま掘った穴の中に一緒にゆっくりと入れていく。
花には魔力がなく、当然妹には見えていないことをエリスティーナは理解しているのでゆっくりと彼女に合わせて補助していく。
「次は土をかけてあげましょうね。優しく優しくね?」
「あい」
妹の手に自身の手を添えて土を被せていく。
3歳になった妹の小さな手はまだまだ小さいがすぐに土は無事被せ終わった。
「よく出来たわ、リリー。上手だったわよ!
次は水をあげましょうね」
「あ~い」
妹の手についた土を優しく丁寧に払い、その手を取ってゆっくりと水場に置いてある如雨露を取りにいく。
水場も花壇のすぐ傍に設置してあり、如雨露も子供サイズの非常に軽い物を用意してある。
普段エリスティーナが使っているのは大人が使うような大きなサイズの物だ。
騎士団での訓練に参加する前までは小さな子供サイズの如雨露を使っていたが、今では大人サイズの重い如雨露に水をたっぷりと入れて持っても片手で操れるほど鍛えられている。
「はい、リリー。ちょっと重いけど大丈夫?」
「ん……しょ」
エリスティーナにとっては軽すぎて重さも感じないような程度の重さでもまだまだ小さい妹にはそうではない。
実際彼女は両手でしっかりと如雨露を持つと少しよろけてしまっていた。
しかしすぐさまエリスティーナが補助し倒れる事はなく、2人でゆっくりと花壇まで持っていく。
「んしょんしょ」
「頑張って、リリー。もうちょっとよ」
「あい。んしょ……ふぅ」
チャポチャポと音を立てながらゆっくりと姉の補助の下、花壇まで戻ってくると一息吐く。
「ふふ……。偉かったわ、リリー。
もうちょっとだから頑張ろうね」
「あい」
一生懸命如雨露を運んでくれた妹を励まし、如雨露を持つ手を補助しながらアンブロシアの苗に水をかけていく。
サラサラと水が葉にかかり流れ落ちて土に染み込んでいく。
「そうよ上手よ、リリー。
こうしてゆっくりとかけてあげるの。でもかけすぎてもだめだからゆっくりよ?」
妹の手を優しく補助しながら如雨露を自在に操り、熟練の手際で水を振りまいていく。
ゆっくりと染み込んでいく水を吸い、土の栄養が少しずつ根に吸収されていく……そんな様子を幻視するかのように姉と妹は慈しみを持ってゆっくりと作業を続けていった。
「はい、よく出来ました。リリー、とっても上手だったわ。
初めてとは思えないくらい! リリーは花を育てる才能があるんだわ!
明日も私と一緒にお花のお世話をしましょうね」
「あい」
満面の笑みを浮かべて今にも妹を抱きしめたいと思っているエリスティーナだったが、若干土で汚れているためそれは断念せざるを得なかった。
その代わりというように可愛い可愛い最愛の妹に次の約束を取り付け、さらに笑みを深める。
「え、エリー! 明日はボクの番だよ!?
ちゃっかり明日の約束とかだめだよ!?」
「……うるさいお兄様ねぇ~、さぁリリー、手を洗いに行きましょう?」
「あぁ! ま、待ってよ! 次はボクの番なんだよ!?」
「もう……わかってるわよ。
それとも何? リリーの可愛いお手手を汚れたままにするつもり!?」
「うっ……。そ、そうじゃないけど……」
「まったくこれだから男は……」
花壇の傍の木の陰から様子を見ていた兄――テオドールが自分の順番を飛ばされないように焦って叫びをあげるが、エリスティーナはいつものことなので適当にいなして煙に巻こうとする。
しかし半分は冗談であったので渋々引き下がったが、テオドールが出てこなかったら彼の順番は飛ばされていただろう。
妹のことが絡まなければ非常に仲が良い2人ではあるが、妹が絡むと出し抜き工作に余念がなくなるのがエリスティーナという少女なのだ。
最愛の妹の手を取って手を洗いに行く間にどうやって妹を独り占めしようかと考える。
そうはさせまいとテオドールもすぐに小さな小さな愛する妹の隣を確保して手を握る。
かくしていつも通りに2人の妹争奪戦は静かに、だが苛烈に始まるのだった。
のんびり土いじりです。
今回は陰からテオが羨ましそうに覗いていましたが、テオの番では逆に悔しそうにエリーが覗きに来ます。
でも仲が良いのは本当ですよ?
気に入っていただけたら評価をして頂けると嬉しいです。
ご意見ご感想お待ちしております。




