170,エピローグ
目の前には見渡す限りの床。
しかしその床の大きさには規則性はなく、とんでもなく大きいものもあれば手の平サイズの小ささのものまである。
ちなみにとんでもなく大きい床は地面のように地平線の先まで続いている。
地面の如き広さをもっているソレをなぜ床だと理解しているかといえば、とても見覚えがあるからだ。
ただ見覚えがあるあの領域と違う点も多々存在する。
それがこの大きさの規則性がない床だったり、頭上を見上げても術式が浮かんでいない事だったりすることだ。
あの領域――無意識領域とは違う。
ここは世界のアーカイブ。
既存の魔術の保管庫であり、既存の魔術以外にも様々な情報が保管してある。
ただ閲覧するには条件を突破しなければいけない。
多くはいつの間にかその条件を満たしている場合がほとんどで、条件という名の鍵がかかった場所はそれほど多くはないが少なくもない。
条件も詳しくはわからず、サニー先生とクティによる幾年もの研究の成果としてソレがわかっているだけだ。
そもそもこの世界のアーカイブには完全なアクセスを行うことが非常に困難だ。
多くの魔術師が既存の魔術を使う時に行うアクセスは極々少数の情報のやり取りでしかない。
クティの作った魔術による完全なアクセスとは程遠いものだ。
既存の魔術を使う場合のアクセスは発動具と呼ばれる既存の魔術を使うのに必須とされている道具からの必要最低限のアクセスでしかない。
しかしクティの魔術による完全なアクセスは最低限のアクセスなどという制限を完全に取り除き、やり方によっては干渉も行えるほどのものだ。
世界のアーカイブと呼ばれるようにこの領域はオーリオールの領域であり、それは星の記憶でもあるのだ。
そんなものに干渉できるというのは常軌を逸している。
「でもそれが出来ちゃうからクティなんだよね」
この領域でもやはり自分の感情は表に出やすいようだ。
自然と笑みが漏れて表情が柔らかく変わっていくのがわかる。
こんな風にと贅沢は言わないがもうちょっと領域外でも表情が動いてくれるといいんだけど、なかなか難しい。
「まぁ……今はそんなことよりっと」
鍵のかかった場所を探す為に床をすいすいと移動していく。
この領域では自分の無意識領域とは違い、魔術が行使可能だ。
それはかなりのメリットを自分に齎してくれる。単純な移動でも広大な空間であるこの領域では3歳児の自分の体では支障が多い。
特に他の床達は空中にあるのだから。
今いる巨大な地面のような床には既存の魔術が保管されているようだが、既存の魔術を全て修めてしまった自分にはあまり意味がない。
既存の魔術だけでもかなりの量があるのでこの巨大な床に保管されているのだろう。一応他にも保管されている情報はあるらしいけれど、クティ達の話ではこの巨大な床にはめぼしい情報はないそうだ。
なのでさっそく他の床に向かうために魔術を行使する。
今回使うのは簡単な風の魔術だ。
自身を包み弱い浮力を発生させて移動する。
コントロールが簡単で空の散歩を楽しむのに非常に便利だ。
「確かサニー先生の話では鍵のかかっていた場所はわかりやすくなっているって話だけど……」
たくさんの床が浮かぶ領域をふわふわ浮かんで移動するが、それっぽいものは全然見つからない。
条件を自然と満たしてしまっている場合、鍵がかかっていないわけだがそれでも他の情報とは違って見つけやすくなっている。
財宝が宝箱に入っているのと同じような感覚、らしい。ちなみにクティ談。
「あ、あれかな?」
適当に飛んで床を見ていくと何か他とは感覚的に違う場所があった。
少し加速して近づくと確かに床に保管されている情報とは違ったものがあるのがわかる。
情報を引き出してみると、サニー先生の授業で知っている情報だった。残念。
気を取り直して次の床に空中を滑るように向かっていく。
こんな感じに当たりを引くまで空中散歩は続いていくことになる。
しかしこの世界のアーカイブは自分の無意識領域とは違うので領域内速度の変更ができない。
世界のアーカイブにアクセスしている時間は実際の時間の流れと同じだ。あまり長い間探索はできない。
「むーん。今日は全然収穫なしかー。まぁ簡単にクティやサニー先生でも見つけていない有意義な情報が見つかるとは思ってないけどさー。
初めて来たんだから何かあってもいいと思うんだけどなー」
今日の探索を切り上げようとしてちょっと愚痴をこぼしたときだった。
フラグを立てて置いたのが効いたかのか、視界の隅のように何かがひっかかった。
「……何?」
視線を巡らせ確認してみるが特に何もない。普通の床だ。
引っかかった何かは一体なんだったのだろうか。
気になるのでもうちょっと調べてみる事にした。
「この領域には物理的なモノは存在しない。
故に『魔紋探信』での探索が非常に有用な気がする!」
最近『魔紋探信』ばかり熱心に研究していたから脳裏にさくっと非常に使えない魔術が思い浮かんだ。
しかしここは物理的な領域とは違った領域。可能性としては十分ある。
思い立ったら即実行。すぐさま『魔紋探信』を放つと引っかかった何かはあっさりと見つかった。
どうやら物理的な障害が存在しないこの領域では予想通りに『魔紋探信』は素晴らしい探索魔術になるようだ。
領域外でも同様の効果を示してくれれば最高に使える魔術だったのに……。
現実はなかなかに難しい。
というかもしかしなくても世界のアーカイブでの探索に用いるための魔術なのかもしれない。
実にしっくりくるほどにしっくりくるのだ。
『魔紋探信』を放って得られた情報は床から情報を引き出すのとほとんど変わらず、しかし1度に複数の情報を一気に引き出すことが可能だった。非常に便利だ。
その上、今まで見えなかった床まで見つけ出してくれた。
どうやらこれが先ほど何か引っかかったものだったようだ。
自分の魔力の見れる魔眼はこの領域でも正常可動している。
しかし無意識領域の特性というか色こそないものの生前普通に見ていたような見え方をしてくれるので自然と魔眼を抑制してしまっている。
しかし抑制していた結果この隠れた床は物の見事に見逃していたようだ。
『魔紋探信』で見つけられたということは普段通りに魔眼を抑制せずに見ていれば普通に見つけられていたということだろう。
「これはクティやサニー先生では見つけられない類の床……か。
私の魔眼のようなモノを持っていなければ見つけられない……。これも鍵……?」
腕を組んで隠されていた床を見つめる。
他の床と違って保管されている情報も普通のものではない可能性がある。
「初めての訪問の最後にこんなサプライズを用意してくれるとは世界のアーカイブも粋な事をしてくれる。
ふふ……。楽しみだ」
床は隠されているためか『魔紋探信』では情報を得られなかったし、降りようとしてもすり抜けてしまうようで、空中に浮かんだまま情報を取り出す必要があった。
小さな手を伸ばし、床に触れる。
鍵はどうやらかかっていないようで、他の床同様情報を閲覧することができた。
隠れている状態を見破るのが鍵なのか、他にもあった条件を満たしていたのかそれはわからない。
得られた情報は魔術だった。
術式や情報が閲覧できる場合は多々あるが、魔術が得られる場合はなかなかない。
ないわけでないところがポイントだ。
クティとサニー先生が得た魔術は非常に素晴らしいものばかりだった。
自分も見せてもらっていたがクティの魔術ほどではないがある意味美しい魔術ばかりだった。
もちろん効果もそれぞれ洗練されていて無駄がなく、最適解という言葉が似合う魔術だ。
この世界のアーカイブで発見された魔術は既存の魔術とは別のカテゴリーに属している。
もちろんクティ製の魔術すらもいくつか習得できている自分はこれらの魔術も習得している。
当然ながらリズヴァルト大陸の普通の魔術師達は誰一人として習得していない魔術だ。
今回発見した魔術もそのカテゴリーの中に入るものだろう。
これ以上ないほどに突き詰められ、下手に手が出せないほどに一部の隙もなく配置された術式。
ぱっと見、既存の魔術の軽量化を成し遂げた自分にすらまったく手が出せない代物だ。
それだけこの魔術は完璧だった。
「……すごい。まさかこんなすごい魔術が手に入ってしまうなんて……」
得られた魔術の素晴らしさに感動している思考とは別の思考がこの魔術の有用な組み合わせを組み上げていく。
この魔術そのものを組み込み、今まで以上の魔術として構築することが可能だ。
「ふふ……。この魔術――『情報解析』を『魔紋探信』に組み合わせれば……」
得られた魔術。それは『情報解析』。
対象を指定して情報を得るという探索系としては最高峰といえる魔術だ。
探索系が乏しい既存の魔術と比べると天と地ほどの差がある魔術といえる。
さらには『魔紋探信』と非常に相性がいい。
『魔紋探信』で情報を得るところを『情報解析』に切り替えることによって得られる情報がかなり増大することだろう。
これは間違いなく進展が見込める。
「ふふふふ……。簡単にだけど『魔紋探信』と『情報解析』を組み合わせてみた……。さぁ試しうちだ!」
非常に簡単ではあるが即興で作り上げた魔術を行使する。
魔力の波が放たれ、一切の障害がない空間で消滅することなく情報の塊である床に接触し……『情報解析』により情報が得られた。
しかし、思った以上に『情報解析』で得られる情報が多すぎた。
魔力の波が広がり、『情報解析』で拾い捲った情報が一気に脳内に流れ込んでくる。
まるで情報の濁流に飲み込まれるかの如く、マルチタスク能力を鍛えに鍛えて3桁以上の魔術を同時に行使できるほどの自分の並列処理能力はあっさりと上限を振り切ってしまった。
『情報解析』半端ない。
それが気絶する前にかろうじて思ったことだった。
世界のアーカイブに初来訪です。
そして手に入った魔術。
既存の魔術では決してない超効率な魔術はリリーの予想よりもずっと半端ないものだったようです。
これで第9章は終わりです。
次回はいつも通りに外伝をいくつか投稿して最終章となります。
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