157,智の洗礼
今日のダンスのお相手はお婆様。
物理的な事象でお婆様に不可能なことはないように思っていたけれど、やっぱり得手不得手というものは存在するようだ。
「こ、こうかしら? あらあら? こうだったかしら?」
「ばーば、こう~」
「あらあら……リリーちゃんはすごいわねぇ……。こう?」
「こぉ~」
「こ、こうかし……ら?」
「こ~お~」
自分も初歩のステップしか踏めないがそれでもお婆様よりは出来る。
詰まる所お婆様は初歩のステップすら踏めないのだ。
あの超人的な体術を誇るお婆様が、だ。意味が分からない。
でも事実お婆様はまともにステップが踏めない。
まず曲と合わない。
ただの足運びがよくわからない何かになっている。
スキップできない人のスキップを見ているようなそんな感じでダンスをしているのだ。
可愛い孫に教えてもらっているからかとても楽しそうにやっているけれど、やっぱり上達はしていない。
「リリアンヌよ。アンにダンスは無理だぞ?」
「じーじ、そんなこといっちゃだめ!」
「うっ……。す、すまん……。だが俺が何年も教えてもまったく出来なかったんだぞ?」
「そーなのー?」
ローランドお爺様の執務室には今無数のボロ雑巾が転がっているそうだけど、そのボロ雑巾を作り上げた本人はまったくの無傷だ。
まぁローランドお爺様は一応クリストフ家の大旦那様だから当然ではあるけれど。
最近は限界に達する前に強硬手段に訴えて強引に仕事を放り投げて自分に会いに来る。
もう慣れてしまったので特に何も言わないけれど、最初のうちはローランドお爺様の側近の人からのお説教が毎回あった。
まぁいつも物理的にお婆様にお説教されているローランドお爺様にとってはその程度はどうということはなかったが。
でも毎回お説教されて自分との憩いの一時が減るのを嫌がったお爺様はお説教できないように念入りにボロ雑巾にしてから来るようになったのだ。
それでもさすがはローランドお爺様の側近。割と早い回復速度で後を追ってくる。
まぁその頃には憩いの一時も終わるので渋々ではあるけれど特に暴れる事もなく戻っていく。
「ダンスじゃなくて舞踏なら出来るのですけどねぇ~……どうしてでしょう?」
「そーなの~?」
こてっと小首を傾げてお婆様を見上げればすべすべ艶々の張りのある頬をすりすりされる。
このお婆様は本当に肉体年齢がおかしい。
きっとまだ肌は水を弾くくらいの若々しさだろう。
見た目もどうみてもお婆様ではないのだし。どこのお嬢様でしょうかね。
「まぁなぁ……。ダンスじゃなくて舞えばいいんじゃないか?」
「まぅ~?」
「えぇ、じゃあ舞いましょう」
ダンスと舞踏はどうやら違う扱いのようで、お婆様の舞は今までのステップじゃないステップがなんだったのかというほどの美しさを誇っている。
これが出来てなぜダンスのステップは踏めないのか些か疑問ではあるけれど出来ないものは出来ないのだから仕方ない。
自分としても別にダンスに拘る必要も無いし、お婆様の美しい舞も見れて満足だ。
まるで重さを感じさせない浮遊するかのような跳躍と流れるような流麗な動き。
手足だけでなく体全体で表現されるその様は胸を打つほどの迫力と感動を与えてくれる。
本当になんでコレだけ出来てダンスのステップは踏めないのか……疑問は尽きない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「リリアンヌはダンスが上手だなぁ~。実にうまいぞ!」
逆にローランドお爺様は大雑把で適当そうな外見と違って細やかなダンスを踊る事が出来る。
見た目とのギャップが激しいがその動きは本物だ。
アレクのダンスも1流だったがローランドお爺様のダンスはそれを遥かに上回っている。
もちろんリードも異常に上手い。
まぁそのリードでもお婆様は踊れないのだけれど。
お爺様にリードされて滑らかにそれが当然であるかのように高度なステップが次々と軽やかに踏まれていく。
もちろんステップだけでなく体の動きも自然とそうなるかのように滑らかに何の違和感もなく導かれる。
まるで自分が1流にでもなってしまったかのように動きが最適化され導かれていくのだ。
当然そんな素晴らしいダンスが踊れると気分が良い。
お爺様のリードによりレキ君ルームをくるくるくるくる周り、たまにリフトされたり浮遊感を味わったりと様々な動きを見せる。
レキ君もしばらくすると寄ってきて一緒にくるくる周り出すようになった。
レキ君のソレは当然ダンスとは呼べないものだったけれど、野性の勘というかレキ君の独創的なセンスにより見ていて飽きない可愛らしさと力強さを持っている。
レキ君の巨体でそんな動きを実現できているだけでもすごいのだが、それで恐怖や圧迫を感じさせないのがレキ君のすごいところだ。
着地の際や跳躍の際にも床に一切のダメージを与えず、さらには音さえも制御してまるで羽毛の一枚のような軽やかさを見せている。
まぁ当然ながらその辺はレキ君の異常なまでの身体能力をエーテル結晶体が補助しているからこそなのだが、無邪気なレキ君はこれらの補助を無意識に完全制御している。本当にすごい。
相変わらず自分とお婆様のステップは全然上達していないけれど、リードしてくれる相手のレベルが高いおかげで十分楽しい。
自分が楽しそうにしているからか、暇を見ては次々にダンスに誘われる。
クリストフ家のダンスブームはまだまだ終わりそうにはないようだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ダンスブームに沸くクリストフ家だが、どうやら屋敷の外では来年開かれる魔闘演の予選が始まったらしい。
魔闘演はリズヴァルト大陸の4カ国全土を巻き込んでのお祭りなので参加者がものすごい数になる。
その為3年に1度というスパンでも予選はその1年前ほどから始まる。
個人、団体、演舞という3種目があり、その全てに置いて予選がある。
個人と団体は武を競うものであり、強さがものをいう。
演舞はこの2つと違い、芸術面や演技の美しさ、表現力などで競われる。
今回の魔闘演にも当然ながら前回の個人、団体の優勝者である我らがお母様――クレアは出場する。
だが当然ながらシード権を有しているので予選には出ない。
団体でクレアと一緒に戦ったお父様は個人の方には出ないが今回も団体には同じチームで出場するのでこちらも予選とは関係ない。
ではなぜ予選の話をしているかというと。
「ではこの4名で決まりだな」
「えぇ……妥当なところでしょうねぇ~」
「全員魔眼持ちという時点で予選など必要ないような気がするが……まぁ今回はオーベントが開催国では無い以上仕方あるまい」
「そうですねぇ~。白結晶騎士団のデビュー戦でもありますし、頑張ってもらいましょうか」
お爺様とお婆様の話の通り今回の魔闘演に白結晶騎士団が参加することになったのだ。
その時に初めて聞いたのだけど白結晶騎士団の騎士達が全員魔眼を開眼したらしい。
自分のような先天的な魔眼所持者も少ないけれど、後天的な魔眼開眼者はもっと少ない。
白結晶騎士団が結成された時に魔眼を所持していた騎士は1人もいなかったはずだ。
これは念入りな調査を行って集められた者達なので確定。
クティ達も特に何も言ってなかったし。
ということは先天的魔眼所持者は1人もいなく、全員が後天的魔眼開眼者ということになる。
うちの騎士団は非常に珍しいヤツラの集団のようだ。
とはいっても魔眼には種類がかなりあり、全部が全部戦闘向けというわけではない。
当然白結晶騎士団の騎士全員が魔眼の開眼者でも魔闘演で活躍できそうな人は限られる。
そこで団長であるお爺様と戦闘面に関しては右に出る者がいないお婆様の選定により出場者が選ばれた。
今回は白結晶騎士団のデビュー戦ということもあり、個人の方では出場しない。
演舞は表現力や美しさを競う演技なのでこちらも却下。
騎士団は集団戦でこそ真価を発揮するものなので団体戦のみの出場となり、団体戦は4人まで登録可能なので4人が選ばれたのだ。
彼らは自分の騎士団としてその力を内外に示す役割がある。
クリストフ家でも初めて結成された守護がただの飾りではダメなのだ。
まぁ結構な頻度で訓練の見学に行っている自分の目からみてもうちの騎士団は割かし強い方である。
なので結構期待してもいいのではないだろうか。
魔闘演見学については開催地が他国であるのと、未だに敷地内から出たこともないので当然ながら無理である。
前回のように銀の眼を用いるにはちょっと距離が開きすぎている。
それ以前に銀の眼では自分は見ることは叶わないけれど。
というわけで結果だけが知らされることになっているのだが、白結晶騎士団はクリストフ家の……自分の私設騎士団なので当然予選から出なければいけない。
さすがに予選敗退ということはないだろうけど、自分の騎士団だ。
しっかりと応援してあげることにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
選出された4名の騎士達が自分の前に跪いている。
揃いの特注の全身鎧に身を包み、顔だけは出して頭を垂れている。
白結晶騎士団副隊長を務めるアナトリー・アナセル・ハッセルフォッシュ。
騎士団の女性陣の中で最強を誇っているというステファニー・ブラウン。
アナトリーに勝るとも劣らない強さを誇るアシュトン。
白結晶騎士団で唯一の上位魔術師シードリア・リット・アンシュルズ。
デビュー戦のメンバーに選ばれただけあり、みんな強そうだ。
みんな魔眼持ちということで深層領域をチェックした結果、それぞれ眼に対する魔力の流れが普通の人と大分違うことが分かった。
普通に表層部分を見ただけでは気づきにくいものだったが、それでも違いはある程度わかってもおかしくない。
彼らの訓練見学ではあまり眼は注視していなかったから気づかなかったのだろうか。
お爺様が跪いている彼らに激励の言葉をかけ、自分の番になる。
事前にお爺様とお婆様にかける言葉は教えられているので準備は万端だ。
でも間近で彼らの魔眼を見てちょっと気が変わった。
「では、リリアンヌよ。激励の言葉をかけてやれ」
「はぁい、おじいさま」
そう言って座っていた魔片製の自分専用特注椅子から腰をあげると跪いているアナトリーの元まで歩いていく。
言葉をかけるだけということになっていたのでお爺様がびっくりしているが止められることはなかった。
「アナトリー。がんばってくださいねぇ~」
頭を垂れているアナトリーの頭を左右から挟むようにそっと両手を翳すと術式を書き換えた。
どうやらこの魔眼、何やらおかしな術式で構築されているのだ。
その術式を解析した結果余白部分が非常に多くて無駄が多いことがわかった。
そして驚くべき事にこの魔眼に使用されている術式は自分が改変可能だった。
いや、より正確に言うならば自分にしか改変できないものだ。
その証拠に術式自体にセキュリティがかかっている。
魔眼にセキュリティというのもおかしな話ではある。
魔眼自体他人からの干渉を受けるようなものではないのだから。
だが事実としてセキュリティがかかっており、自分にはソレを解くことが出来た。
この辺はあとでサニー先生にでも聞いてみよう。きっと何か知っているはずだ。
余分な余白部分を消して最適化された術式が定着するのは一瞬のこと。自分の両手が彼の頭を挟み込むようにした時には終わっている。
激励の言葉をかけるだけという話は彼らにも伝わっているはずなので自分が取った行動は魔眼の書き換え以前に十分彼らにも驚きを与えるものだったろう。
その証拠にずいぶん緊張していたようだし。
解析結果からもわかっていたが彼の魔眼は右目にしか開眼していなかった。
でも今は余分な余白がなくなり、最適化されたことにより両目で開眼できているだろう。
今まで負担がそれなりに大きかっただろう魔眼も負担の軽減に成功しているだろうから使い勝手は向上しているはずだ。
きっとそれに気づくのはもう少し後になるだろうけれど。
緊張に固まっているアナトリーはとりあえず放置して次々に他の者の余白を同じように消し、最適化していく。
面白い事に全員が全員アナトリーと同様にセキュリティを持ち、自分にだけ改変可能な魔眼を開眼している。
天文学的確率での騎士団員全員の開眼はやはりただの偶然ではないのかもしれない。
だがだからどうしたという話でもある。
興味深い魔眼ではあるがそれだけだ。
全員の魔眼の最適化を終えて最後に椅子の前に戻って激励の言葉をかけると極度の緊張で固まっていた全員の表情は今まで以上の凄まじい気迫を伴っていた。
ちょっとびっくりしてしまったほどだ。
でも気合が入ったのなら激励として成功という事だろう。
よかったよかった。
魔眼に干渉して術式を書き換えられるという事は通常ではありえないことです。
当然ながら色々あるのです。
結構気軽にやってしまっていますが、たまに発動するリリーのやっちまったなぁ! です。あしからず。
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