156,智の思惑
サニー先生の屋敷の環境設定作成は順調に進んでいるらしい。
完成してからのお楽しみという事でまだ作成途中のものは見せてもらっていないが楽しみだ。
結局クティの言ったアレという、サニー先生の弱み的な何かは分からずじまいではあるが世の中には知らない方が幸せな事もある。
途中だった既存の特級魔術の習得も最早残りは大分少なくなってきている。
クティパッドの魔術シミュレートのおかげも相まって順調以上の進み具合だ。
サニー先生が世界の隣の森へ行っていた期間を取り戻すかのように、いやそれ以上の速度かもしれない。
しっかりと習得し、実際の行使ももちろん問題ない。
だがちょっとだけサニー先生が焦っているように感じられたようなそうでないような。
クティに弱みを握られて屋敷の環境設定を作っているのと混ざっていてその辺はよくわからなかった。
とにもかくにも残り少ない既存の魔術は今までの比ではない速度で習得が進んでいった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「リリー、パパと一緒に踊らないかい?」
「あーい」
「そうかそうか! さあおいで」
お婆様の膝の上からアレクの逞しい腕の中へと移動する。
例の如く忙しい我らがお父様であるアレクは最近屋敷に帰ってくるとまず入浴や着替えなどの諸々を済ませて、すぐに自分の元へ訪れてダンスのお誘いをしてくる。
エリーがダンスに目覚めてほぼ毎日一緒に踊り、なんとか簡単な初歩のステップをマスターしたのはほんの数巡り前。
本当に簡単なステップだけだけれどダンスが上手い人にリードしてもらえれば結構様になるのだから不思議だ。
練習の成果を見せるのとアレクの誕生日のお祝いとしてダンスを一緒に踊ったのだが、3歳で少しとはいえステップがきちんと踏めた事にアレクは大喜びしてくれた。
アレクの誕生日は例の如く使用人達に解放するタイプの誕生日会でダンスが終わったら割れんばかりの拍手が巻き起こった。
ちなみに自分の衣装はこの日のためにエリオットに用意してもらった新作のネコミミオであったのは余談だ。
「そうそう、上手だぞ、リリー。
右右左、ターン。そぉ~らくるくる~」
「くるくるぅ~」
アレクも例に漏れずダンスを1流レベルで踊れるのでリードしてもらえれば自分でもそこそこ踊れる。
こちらが自由に楽しく踊れるように細心の注意を払ってリードしてくれる。
エリーもリードするのがうまいけれどアレクのリードは更にそれを上回っている。
ダンスと一口にいっても曲に応じて様々なステップや動きがあり、初歩の初歩のステップしか踏めないはずの自分でもアレクのリードさえあればどんな曲でも対応できてしまうくらいだ。
「お父様! 次は私の番ですよ!」
「ははは、しょうがないおねえちゃんだなぁ。さぁエリーもおいで」
「違います! さぁリリー次は私と踊りましょうね」
大好きなお父様を独り占めしている妹に嫉妬していると勘違いしたアレクはエリーの痛烈な反撃をまともに受けて轟沈してしまっている。
がっくりと項垂れている悲しきお父様は目に入らないとばかりにエリーが自分の小さな手を取ってリードし始める。
曲は魔道具を使って流されているので大げさなオーケストラなど必要は無い。
まぁアレクの誕生日の時にはクリストフ家の執事とメイドの混成部隊によるオーケストラが用意されていてプロ顔負けの迫力のある演奏をバックに踊る事ができたけど。
「ふふ……。リリー上手よ。
この調子ならすぐに私もリードしてもらえるかしら」
「がんばる~」
「あぁんもう! 可愛いわ! 大好きよ、リリー!」
「むぎゅ~」
アレクのリードには及ばないが、9歳の女の子のリードと考えるとその才能のほどが伺えるというものだ。
だがエリーは上手というけれど、正直初歩のステップを踏むのもやっとなのだ。
頭脳労働と違って肉体を使う場合、他の3歳児より結構劣っているのではないだろうか。
3歳児の平均がどの程度かわからないが、生前姪っ子の相手をしたときにもうちょっと活発にしていたように思える。もう遠い昔のような気もするけど。
魔力や魔術に関しては3歳児の平均どころかこの世界――オーリオールの1流どころのトップクラスさえ上回っていると自負しているけれど、純粋な肉体の性能は平均以下だ。
まぁ体力なら人並み以上だけど。
「エリー、次はパパと1曲どうだい?」
「もちろん喜んで。お父様」
抱きしめたままくるくると回っていたエリーがアレクの声にピタッと止まり、自分を優しく下ろした後綺麗なカーテシーを決めて答えている。
少し離れてお婆様と一緒にエリーとアレクのダンスを眺める。
エリーの身長がまだ少し足りないけれど、それを補って余りある見事なステップ。流麗な体捌きが身長差を完全に埋めている。
2人のダンスは自分を相手していたときとはまるで違う本物のダンス。
目を奪われるには十分すぎる美しさと力強さを内包した、素晴らしい一時だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
エリーと毎日ダンスを踊り、忙しいアレクがたまに帰ってくると今度はアレクと踊る。
クリストフ家では今ダンスがブームになりつつある。
中等部に入って毎日忙しそうにしているテオもエリーと競うように自分をダンスに誘い、結構な頻度で踊っている。
でもテオはエリーに比べるとあまりリードが上手ではない。
ダンス自体はかなり上手いと思うのだけれど、リードに関してはそうでもない。
エリーと踊っていると自分がかなり上手くなった気になれるのにテオだと楽しいのは楽しいのだけど決して上手くなったようには感じない。
まぁこの辺は人それぞれだろう。
テオだって一生懸命自分をリードして楽しんでもらおうと頑張ってくれているのだし。
でも自分のイメージだとテオの方がリードは上手そうに思えるのだが不思議だ。
エリーはもっと上昇志向が強く、1人でガンガン行くタイプのように思っていたがそうではないようだ。
周囲への配慮や気の配り方も上手く、協調を重んじる傾向が強い事がわかった。
そのおかげなのか自分へのリードも実に上手い。まぁ自分に対してだけかもしれないけど。
「テオ! 交代よ! 次はわたしの番なんだからね!」
「もうちょっと! もうちょっとだけ!」
「だめよ! テオのリードはリリーに負担が大きいのよ! もっと上手くなってからにしてほしいわ!」
「うぐっ。で、でもリリーも楽しんでくれてるよね?」
「あい~」
「リリー……なんて良い子なの!? オーベント1……ううん、リズヴァルト大陸1優しいわ!
でも! 本当のことを言っていいのよ? テオのリードは下手だから疲れるって言っちゃっていいのよ!」
「たのしーよー?」
「じゃあ次はもっと楽しい私と踊りましょうねぇ~」
「はぁ~い」
「うぐっ……」
まぁ確かにテオのリードはちょっと疲れる。
自分をきちんと気遣って細部の動きまで気にしてくれるエリーのリードとは違ってテオのリードは割と大雑把だ。
初歩の初歩のステップしか踏めない自分にはちょっと大変になりがちになる。
でも楽しくないわけではないのでそれほど問題もないのも確か。
「はい、次はこっちに~次はこっち~。上手よ、リリー」
テオの後だと違いがよくわかる。
流れるように導くエリーのリードは本当に上手い。
自分の小さい体にまったく負担がかからず、穏やかな波に揺られるように楽しめる。
そんな様子を羨ましそうに眺めているテオだが、その瞳にはどうやったらエリーのようなリードが出来るか一挙手一投足を食い入るように見逃さない燃える様な闘志が伺える。
あの様子ならすぐにテオのリードも上手くなるだろう。
自分が上手くなるよりも、彼らのリードが上手くなる方が遥かに早いのは明白だ。
テオとエリーの身体能力は両親及び、祖父母の影響を受けまくっている。
才能だけでも相当なものなのに努力を惜しむ事もなく、毎日の厳しい訓練にも弱音を吐かずに食らいついていっている。
最初は籍だけ置いておくだけのほんの遊び、もしくは子供の憧れのような、勢いというかノリというかそんな何かだった白結晶騎士団入りだったが今では本気も本気なのだ。
いやもしかしたら最初から本気だったのかもしれないけれど、あの当時にはまだ実力的なもので問題があった。
それが今では毎日の訓練により才能がどんどん開花していっている。
まだ子供だし、これからどうなるかわからない。
だがこの世界で力というものはもっておくに越した事は無いのは確かだ。
それは大貴族たるクリストフ家でも変わらない。いやクリストフ家だからこそ個人の実力が大事なのかもしれない。
アレクはオーベント第2騎士団副隊長という実力者だし、クレアは第2級魔術師であり、宮廷魔術師だ。
そしてローランドお爺様とアンネーラお婆様はオーベントの英雄。
長男であるテオはもちろんエリーにも大きな期待がかかっている。
自分はというと濁った瞳という病もあり、問題も多い。
ただお婆様達からは異常なほどに期待されているのも事実ではある。
まぁそれを差し引いてもテオとエリーが優秀なので大丈夫だろう……たぶん。
自分としても別に目立ちたいという思いもないし、ひっそりとクティとのんびり生きられればそれでいい。
まぁでも溢れんばかりの知識欲はどうしようもないのでのんびりは難しいかもしれないけれど。
クリストフ家ではダンスがブームです。
単純にリリーと直接戯れることが出来ることだからブームになっているだけともいえますが。
前のブームはリリーに本を読んであげる事でした。
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