145,魔術 of 世界の隣の森
レキ君の容態は急速に回復した。
それはもう瀕死だったのが嘘みたいに。
原因だった魔力溜まりは取り除いたし、クティがかけ続けてくれていた生命維持用の複数の魔術により内臓の損傷なども瞬く間に治癒してしまったのだから当然といえば当然の結果だ。
体力も同時にかなり奪われていたがそこはレキ君。
自分の魔力を受けて体内が迷宮化するほど異常成長した子なので回復速度も異常だった。
迷宮化というと体の中に迷路のようなダンジョンが出来たように思うだろうが全然違う。
迷宮は魔物の母であり、生物とは一線を画す存在だ。
その迷宮の中で発生する魔物には必ず魔片があるのだが、魔物の中に魔片があるのではなく、魔片を核として魔物が形成される。
魔物があって魔片が生まれるのではなく、魔片があるから魔物が発生するのだ。
ただこれは迷宮によっても違いがある。
必ず魔片から魔物が生まれるわけではない。
もちろん迷宮の外で魔片が魔物になることもない。
迷宮という特殊な環境が原因で魔物が発生するのだ。
どうやらレキ君の体内の迷宮化は魔片を生み出しても魔物はできないタイプのようだ。
非常に少なくはあるが実例がないわけではない。
それにレキ君から取れた魔石は普通の魔片とはとても言えないものだ。
その貯蓄されている魔力の量もそうだが、普通これだけの量を溜めておく場合もっと巨大になる。
大きさの問題は恐らく自分の魔力が圧縮されているからだろう。
魔力に体積は存在しないが、それでも無機物にのみ一定の広さに一定の量という法則は存在する。
その法則を無視してしまうのが自分の圧縮だ。
世界の隣の森最高の魔術師であるクティですら不可能な技術なのだ。
「……わふ」
【だめですよ。一応病み上がりなんですから】
「わぶー」
目が覚めたレキ君がものすごく不満そうにしている。
体力もすっかり元通りになっているレキ君は遊びたくてしょうがない様子だ。
魔力溜まりを取り除いた結果、予備タンクとなる燃料がなくなったのだから今までのような無理やり魔力で強化した身体能力は発揮できないはずだが彼にとってそんなことはどうでもいいみたいだ。
というかよくわかっていない可能性のほうが高い。レキ君自身も無意識に使っていたようだし。
サニー先生もクティも今のレキ君はこれまでのようなことは出来ないという結論を出している。
レキ君自身のことなので理解できるまで噛み砕いてゆっくりと何度も教えてやっと不承不承ながらも言う事を聞いてくれている状態に持ってくることが出来た。
でもやっぱり不満そうだ。
今まで無意識とはいえ出来ていたことが出来なくなったといっても本人的には実感も何もないのだから仕方ない。
本当に使えないということを実践させてあげればいいのだが、今は病み上がりだ。そんなことをさせるわけにもいかない。
「ではレキへの愛撫は徐々に減らす方向で行くのか」
【はい。急になくすというのはレキ君への負担が大きすぎると思うのでゆっくり徐々に減らしていこうかと思います。
サニー先生がクティに制作を依頼した魔術が完成すれば魔力溜まりの除去も発生するまえに行えますし】
「頑張っちゃうよ~! 私の力を思い知らせてあげるよー!」
【よろしくお願いね、クティ。クティの力を見せて!】
いつものドヤ顔で無い胸を張っているクティにお願いします、と頬にキスをする。
一瞬キョトンとしたあとに今まで見たこと無いような魔力の放出がクティから発生し始めた。
「ふぉおぉおおおおぉぉ! リリいぃぃいん! もう! もう! やる気みなぎるうぅぅうぅ!」
ドヤ顔から一転高速スピンで急上昇してやる気と歓喜とその他諸々を盛大に花火として散らす。
レキ君ルームを埋め尽くすほどの熱いパトスが迸った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
魔術の制作に入ったクティは溢れて何かを焦がしてしまうほどのパトスの影響か神々しいまでのよくわからないポーズを決めたまま無意識領域で作業を続けている。
「こうなったコイツは久しぶりに見るな。
この状態になったら魔術が完成するまで出てこないだろう」
【ちょっと寂しいですけど……レキ君達の今後の為ですもの……我慢します】
サニー先生曰く、かなり前にも同じような状態になったことがありその時は魔術が完成するまで一切コンタクトが取れない状態に陥ったそうだ。
だがその甲斐あってか完成した魔術はクティの作った魔術の中でも、今現在であっても最高の出来なのだそうだ。
クティの作った魔術はそれこそ数え切れないほどある。
だがその中でも最高の出来と言われるくらいのすごい魔術。
是非とも見てみたいと思ったのだが、サニー先生も製作者であるクティでさえ使えないものなのだそうだ。
【どういうことでしょう?】
「何、簡単なことだ。適性がいるのだよ」
【適性ですか】
「うむ。この魔術はナターシャしか使えないのだ」
【女王様ですか、ということは……】
「そう、次元間移動魔術だ」
クティやサニー先生もこの次元間移動魔術でこちらの世界――オーリオールに来ている。
てっきり古くから伝わる世界の隣の森だけの古代魔術とかそんな如何にもな感じの魔術だと思っていたが、クティが作った魔術だった。
クティって本当にすごい……。
「ちなみにアイツがこの魔術を作るまでは特定の環境下で発生が確認されていた次元間の穴を使っていた。
だがこれはかなり危険なものでな。毎回犠牲者を出すという酷いものだった」
【そんな危険なことをしてまでこちら側に来る必要があったのでしょうか?】
「あるな。
私達の世界は非常に狭い。オーリオールの全体の100分の1にも満たない大きさだろう」
【100分の1……】
これは知らなかった。
世界の隣の森のことは歴史から日常生活に至るまでかなりの範囲で勉強しているのに。
「世界の隣の森は実は昔はもっと大きかったのだよ。
だがいつからか縮小が始まり、今では1番古く観測された時の半分にまでなっている」
【そ、それは大変なことなんじゃ……】
「うむ。だからこそこちらの世界を調査し、移住できないか調べているのだ。
まぁまだ猶予は残されている。半分になったといっても縮小は緩やかだ。
危険領域になるまでにも計算上では8億年ほどかかる」
【……そ、それなら大丈夫ですね】
「いやそうでもない。
妖精種は寿命が長いからな。のんびりしたところがあるから今から準備しておかなければ間に合わないのだよ」
【な、なるほど……】
億単位という壮大すぎる期間の話にちょっと着いていけなくなったが、サニー先生達にとってみれば当事者なのだ、真剣にもなる。
それにしても妖精種がオーリオールに調査に来ている理由がそういうことだったのは本当にびっくりだ。
でも移住はもう出来るのではないだろうか。だってクティ達がのんびり過せているんだから。
【先生】
「君の言いたいことは分かる。もう移住できるんじゃないかってことだろう?」
【はい、何か問題があるのでしょうか?】
「そこで関わってくるのがクティが探している特級魔術師だ」
【ここで特級魔術師ですか。もしかしてクティの作った移動魔術では足りない?】
既存の魔術の特級が使える――オーリオールにおいての特級魔術師ではなく、クティが探している特級魔術師の方だ。
自分もその候補とされている。
「次元間移動は特定環境下で発生する穴を危険を承知で使う以外はクティの作った魔術を使うしかないのは話したな。
当然ながら特定環境下でしか出来ない穴を危険なく移動させるような魔術がホイホイ使えるわけがない。使用に際しても条件がいくつかあり、その最たるものが適性だ。
その他にもこれが1番の原因ではあるが、次元間移動をする者にも条件がつく。
この条件をクリアできる者が少なすぎるのだ」
【ということは……】
「うむ。新しい誰でも通れるような次元間移動魔術を作れる者を探しているのだよ」
当然の帰結ではあるが導かれた答えに少し頭を捻る。
クティは世界の隣の森で最高の魔術師だ。
既存の魔術でも四苦八苦しているオーリオールの魔術師が束になってもクティには敵わない。
そんなクティが作った次元間移動の魔術はクティが作った魔術の中でも最高峰に位置している。
そんな魔術よりも優れた魔術を作れる者など果たしているのだろうか。
「まぁ言いたいことは分かる。だからこそ準備に長い時間をかけているのだよ」
【なるほど】
納得はいったがどうにもサニー先生がニヤニヤしている。
なんだろう。何かしたかな……。
「君は自分が次元間移動魔術を作ろうとは思わんのかね?」
【まだ魔術を作ったこと無いですよ、私】
「そういえばそうだったな」
サニー先生が肩を竦めて、それでも君ならばやれるだろうという確信に満ちた顔をしている。
期待してくれるのは嬉しい。クティの横に並ぶのは目標の1つだ。
だがクティの素晴らしい芸術のような魔術は見ているだけで溜め息がでてしまうような究極とも言える出来のものばかりだ。
その中でも最高峰の魔術以上のものを果たして自分が作れるのだろうか。
神々しさの増したドヤ顔神様のチラチラ見えるパンダさんパンツを眺めながらも、目標が1つ追加されたことに不安と期待が入り混じった不思議な気持ちになるのだった。
世界の隣の森にはこういった事情があるのでした。
最初に書いた145話はバッドエンドまっしぐらの話になってしまったので外伝行きです。
外伝で掲載しますが、普段の話とはかなり違っていてきつい話になります。
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