143,魔術 of サルバルア Part,3
「はわわわわわわ」
「くてぃくてぃどどどどしゅればいいのこれぇ!」
「まぁ落ち着けおまえ達」
両手をバタバタさせて慌てるちっこいさまと同じように自分の両手も自然と同じようにバタバタと動き2人で大慌てしているがサニー先生だけは冷静に観察を続けていた。
「……わふ?」
「「あ」」
ちっこいさまと一緒に慌てていたが目が覚めたレキ君の寝起きの気だるい一言で一旦停止する。
ちょっとした騒ぎになっていた状況などお構いなしにレキ君は状況をまったく理解していない暢気な顔をしている。
「りぇきくんぅ、だいじょぶなのぅ?」
「レキ、レキ、痛くない? 主に額的な部分が!」
「わふ? ……わ、わふ!?」
クティの言葉を聞いて後ろ足で顔を掻く様に触るとレキ君も異常に気づいたようで、何かよくわからない物体が嵌っていた額を何度も掻いて確認してはどんどん魔力の流れが青ざめた時の流れになっていく。
「落ち着け、レキ。今の所体に異常はない」
「わ、わふぅ……」
「で、でもぅしゃに~しぇんせぇ……」
「君もそろそろ落ち着いて魔力文字にしてくれないか?」
「はぅ、しゅみましぇん……」
「いや……いいんだがな」
「そうだよ! リリーの慌てて舌足らずな感じも超絶可愛いじゃない! むしろこのままでいいんじゃないの!?」
慌てていたからか噛みまくりの自分にちょっと恥ずかしくなりながらもクティの擁護? に答えるべくはにかんだ笑顔を向ける。
クティもレキ君の意識が戻ったのでなんとか調子が戻ってきたようでよかった。
自分の笑顔にクティはいつものドヤ顔を返してくれて、慌てていた2人はどこかへ行ってしまった。
「わ、わふぅぅぅ」
【あ、ごめんね、レキ君、放って置いて。とりあえず体に異常はないんだよね?
私が見た感じだといつもの健康状態を維持してはいるんだけど……ちょっと気だるくて眠い感じ?】
「わぅ」
「ふむ……。他に異常はなしか。
レキ自身が感じられない異常は君の眼の力で見つけられるだろうから大丈夫だろう」
【で、でも先生……】
「なに、心配ない。君の魔眼の力はかなりのものだ。
確かに異常事態ではあるが、今までに蓄積したデータは嘘を吐かん」
サニー先生の確信に満ちた声に心が少し軽くなるがそれでもやはりイレギュラーは存在してしまうため油断はできない。
特に身近な存在に起こった異常事態だ。神経質になるくらいでちょうどいいと思う。
【でも……これは一体何なんでしょうか】
「クティ、無闇に触るなよ。レキもだ」
「おっふ」
「わっふ」
レキ君の額から取れた物体にそーっと手を伸ばしていた1人と1匹がサニー先生の言葉にすぐに手を引っ込めて明後日の方向を向いて何もしてませんアピールをしている。
【もう……2人ともだめだよ? レキ君に今の所異常は見られないけれどどんなものかわかるまでは触っちゃだめ! はい! これで触れない!】
「あー……」
「わふぅぅ~……」
尚も明後日の方向を向きながらも興味津々に気づかれないようにそーっと手を伸ばそうとしている悪戯っ子2人組みが触れないように断絶空間で包み込んでしまう。
不満げな声を上げる悪戯っ子どもは無視して断絶空間に包み込まれた物体を観察してみる。すると不思議な魔力の流れが断絶空間内で起こり始めていた。
【せ、先生……これは……】
「ふむ? 何か起こっているのか? 私からは何も異常はみれないが」
「リリーの眼にしか見えないってことは魔力の流れが変なのかな?」
【うん……なんか……この物体に向かって断絶空間に使われている魔力が流れ込んでいる? ううん、違う。これは吸収されてる?】
物体を包み込んでいる断絶空間は当然魔術なので空間を構成するために魔力が常時展開されている。
その魔力が物体に向かって流れ始めている。
こんな現象は初めてみる。
断絶空間を構成している魔力が少しずつ減少し、そろそろ構成を維持することができなくなりそうだ。
1度完成した魔術に追加で魔力を継ぎ足す事はできないため、そろそろこの魔術自体が破綻してしまう。
【先生……断絶空間が壊されています……】
「魔力が吸収されているのなら空間を壊しているのではなく、結果として壊れるだけだな。
つまりこれは吸収因子を持っているのか。なるほど、レキが突然眠ってしまうわけだ」
先生の確信に満ちた声。
どうやら魔力を吸収するという事がわかっただけでサニー先生はレキ君が眠ってしまった原因まで行き着いたようだ。
【先生】
「君にも覚えがあるだろう? 魔力が尽きた時君はどうなった?」
【あ、そうか】
魔力を使い尽くした時、気を失う。
これは所謂魔力切れという症状で体が弱っていると時には魔力の代わりに体力も大幅に奪われる事がある危険なものだ。
自分も結構魔力切れで気絶するまで魔力を消費していた頃があったがあれは本当ならやらない方がいいことだ。
大分前から魔力総量に関する実験の結果から気絶するまで消費することはしなくなったのだが。
ただ衰弱していたりしなければ大事になることもまずないのでそれほど危険視されることは普通は無い。それでも万が一という事はあるが。
【でもレキ君の魔力の流れに異常はなかったんですよ?】
「これは推測だが、レキの魔力は君の力で異常発達している。魔力溜まりのような物が出来ているのではないか?」
【魔力溜まり……ですか。レキ君ちょっといいかな?】
「わう」
自分の魔眼は魔術などは術式まで細かく見えるが、人などの魔力を有するものにはその中に流れる魔力の流れや魔力自体が浸透した形を見ることが出来る。
浸透した形だけを見る場合ピントを調節した状態になっていて、全体像を把握しやすくするために細かいところをわざとぼかすようにしてある。
逆に魔力の流れを見る場合はピントを変えて細かい部分にまで合わせてみるので見方がちょっと違う。
普段は魔力の流れの方を重視している。
魔力の流れは表層部分を見ることが多いが、やろうと思えば深いところも見れる。
でも結構これは疲れるし、表層部分の魔力の流れとごっちゃになりやすいので普段ほとんどやらない。
表層部分と深層部分の魔力の流れはほとんど同じなのであまり意味もないのだ。
だが表層部分の魔力の流れを見るだけでは今回先生が言った魔力溜まりなどは見れない。
そもそも魔力溜まりという発想自体が普通ではないのだ。
人は誰でも魔力を持つ。
だが魔力は体を循環し、流れを作り一所に留まるという事は無い。
魔力溜まりはこれらとは違い、循環する流れを作らず文字通り魔力が不自然に溜まってしまうのだ。
通常はこのような魔力溜まりなどできないものなのだ。
【あ、あった……。
ぁ、こ、これ……移動……してる?】
「移動? どういうことだ?」
レキ君の深層の魔力を見てみたところサニー先生の推測通りに魔力溜まりと言える流れの止まった魔力の塊が出来ていた。
しかも尋常じゃない量の魔力が貯蔵してあり……動いていた。
「わぶぶぶぶふふぅ」
【れ、レキ君!?】
「どうした、レキ!? 」
「あわわわわ、れ、レキぃ~」
【くっ、ごめんね、レキ君!】
移動している魔力溜まりがレキ君の心臓の位置まで移動したところでレキ君が突然ひっくり返って痙攣しはじめた。
突然の事態にまたもや慌てるが今度はさっきよりはマシだ。
すぐにレキ君の巨体で痙攣して周りに被害がでないように魔術でしっかりと拘束する。
【先生、魔力溜まりがレキ君の心臓に達したところでレキ君は突然痙攣したみたいです】
「ふむ、まだ移動しているのか?」
【はい、少し移動速度がゆっくりになりましたけれどまだ移動しています。
額に移動しているんでしょうか?】
「可能性は高いな。恐らく移動しているのはコレと同じものだろう。クティ!」
「もうやってるよー」
サニー先生の声に応えるより早くクティは何かの魔術を展開している。
術式から見るにどうやら回復系の魔術のようだ。
【こんな大きな物が体内を移動しているなんて……】
痙攣はすぐに治まったものの、意識を失ってしまったレキ君はぐったりとしている。
レキ君の額から取れた物体は自分の小さな手では収まらない位の大きさだ。
いくらレキ君の体が巨大だといってもこんなものが体内を移動していたら影響が無いわけが無い。
レキ君の健康状態もさっきまでの良好な状態から一気に悪化し、今ではクティが展開完了した回復魔術――生命維持用の魔術を何重にも展開して確保しているような状態だ。
「今移動している物がコレと同じだと想定すると、落ちたコレは相当額に近い部分にあったものなのだろうな。
でなければあの時も痙攣するなりなんなり影響が出たはずだ。
額に向かっているなら恐らくまた額から出てくるだろう。
額から出てくる時に恐らくレキの魔力が一気に奪われる。今の状態では体力も奪われるはずだ。
……非常に危険だ」
【そんな! 先生、どうしたらいいんですか!?】
「……そうだな……。いやしかし……」
【先生! やれることがあるならやるべきです!
私は何をしたらいいんですか!?】
「……わかった。だがかなり難しいぞ?」
【レキ君を救えるなら……なんだってやります!】
「わかった……。まずは――」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
サニー先生の声が重く響く。
体内を移動しているのは魔力の塊――魔力溜まりと予測されるものだ。
魔力溜まりは予備タンクとして機能する可能性が非常に高く、本体の魔力が一定量を下回れば強制的に使用されることになり、使えば当然なくなる。
サニー先生の経験上、魔力溜まりが形を持つことはないそうだが事実レキ君は魔力溜まりの移動で身体に異常をきたしている。
なので普通の魔力溜まりと考えない方がいいが、対処法が普通の魔力溜まりの方法しかない。
「説明したように魔力溜まりを消す為にはまずレキの魔力を減らさねばならない。
だがレキの状態が状態だ。クティが外から生命維持に必要な処置は施し、命は繋いでいるが予断を許さない状態が続いている。
順調に魔力を減らせば魔力溜まりが予備タンクとしてすぐに起動するはずだから、魔力溜まりをきっちり使い尽くすのが君の役目だ。
だが魔力溜まりを使い尽くし、更にレキの魔力を消費すると生命維持を外部からしていても体力を急激に奪われて死ぬ事になる。
見極めを誤るな。これは魔力を見れる君にしか出来ない事だ」
【はい!】
先生の説明を一言一句漏らさないように聞き、自分にしかできないことだとはっきりと理解した。
そして失敗は即レキ君の死に繋がることも。
魔力溜まりの移動がさらにゆっくりとなっている。
レキ君の身体状況は平常時のそれに近い安定した状態になっているが油断は決して出来ない。
クティ謹製の生命維持用の魔術が何重にも展開されている中を処置の邪魔にならないように念入りに拘束魔術を再度展開して拘束する。
クティの生命維持用の魔術は既存の魔術とは比べ物にならないほどの普段なら見惚れるぐらいに美しく繊細で大胆な魔術構成だが、今はレキ君の命がかかっているのでそんな余裕はない。
魔力溜まりの魔力を空にするために使う魔術は特級に属する魔術でついさっき緊急で教わったばかりのものだ。
だが術式も構成も完璧に把握した。あとはミスしなければいいだけ。
「準備はいいか?」
【はい!】
サニー先生の声に閉じていた瞳を開けて魔力溜まりを捉える。
展開した術式が構築され、寸分の狂いもなく完璧な構成でもって対象を吸い付くさんばかりにレキ君の体内へと侵入した。
レキ君の額から取れた物は何かすごいもののようです。
さぁ、レキ君のオペが始まります。




