139,魔術 of やる気
すっかり大人しくなったニージャだが、最初のうちは自分と目が合うと小刻みに震えてしまうという後遺症が残っていたがそれも次の専属の日にはなんとか誤魔化せるくらいにはなっていた。
ただ魔力の流れ的には外見上だけのようだ。どうやら根深く浸透しているらしく、お仕置きは大成功だったようだ。
そんなこともありながら、月日はゆっくりと過ぎていく。
2の月も終わりが近づき習得予定だった1級魔術も全て習得した。
この中にはオーリオールでは失われた魔術も当然含まれており、リズヴァルト大陸にいる1級魔術師が使用できる魔術の数の実に65倍の数になる。
こういうとすごい量だと思うだろうが実際の所上級の魔術というのは下級や中級の進化発展版の傾向が強く、設定できる項目が増えてやれることが多くなるといった程度の強化でしかない。
だがこのなんてことはない強化が普通は究極的な難題なのだ。
増える詠唱――設定項目は1つ2つなら多少の問題にしかならない。
しかし言い換えれば1つ2つでも多少とはいえ問題が出てくる。その数が100を超えると最早桁が違う領域になるそうだ。
ただそれはやはり一般的な魔術師の常識であり、世界の隣の森の最高峰の2人に教えを受けている自分にとっては設定項目が100増えようが200増えようが結局は強化版でしかない魔術など物の数ではなかった。
「さて予定通りに1級も終わったな。次は特級だ。
とはいっても特級も1級同様、基本的には進化発展版だ。特級限定の魔術は治癒系だけだ」
「1級では治癒も自然回復促進だから大怪我だと難しいけど、特級になると復元になるから術式構造自体から違ってくるよー」
【復元ですか。促進はわかりやすかったですが復元はどうなんでしょう】
生前の世界での一般常識的な人体解剖学の助けもあり、自然回復促進の術式は特に早く理解できた。
というか見た瞬間にはスルッと習得できてしまったほどだ。
これは確実に知識の量が物を言っているパターンだ。
同様に生前の知識で特に覚えのあるものに関しては術式を見ただけで、教えられただけで一瞬で理解、行使が可能となっている。
生前の知識の範囲外のものについては妖精ズの授業による知識で補填され、一瞬とはいかなくても苦労した覚えは一切無い。
だが今回は生前では一般的にはまだ実用段階にはなかった、もしくは自分の知識上では一般的ではなかった復元だ。
だが生前でもないわけではなかった。
何かの粉をかけておくと欠損した部位が復元したり、組織を培養したり、他者――豚やモルモット――で部位を育てて移植したりなどもあった。
だがこれらとは根本的に違う気がする。
まだ教わったわけではないのでなんとなくだが。
「復元は簡単に言うなら魔力による物質補填だ」
「回復力促進も使うけど、ほとんど別物の術式と構築理論かなぁ」
妖精ズの補足はやはりといったところだ。
魔力による物質補填……どう考えても生前ではありえなかった考え方だ。
そもそも魔力という概念が生前にはないのだから仕方ない。
それに魔力はこちらの世界でも世界の隣の森でも本当の意味では解明されていない力だ。
世界に満ち溢れ、生物や特殊な物質――魔片や魔石などに宿る不思議な力、それが魔力だ。
魔力を消費しても体力同様自然と回復するが、その上限は生まれた時から決まっている一種の才能。
魔力は魔術の他にも肉体的な特徴を引き出したり、知らず内に使用している場合が多々ある。
特にわかりやすいのが服だ。
体に密着し、常識として服を着用する。
その結果として日常的に服を体の一部のようにすることで魔力が浸透しやすくなる。
この世界には魔具と呼ばれる強力無比な道具が存在する。
これらは日常的に魔力が浸透した服と、実は同じものだ。
違いは浸透した魔力の量。
ただこの違いが決定的といっていいほど違いすぎるので毎日同じ服を着ても魔具化することはありえない。
この魔力の浸透という現象のおかげで魔力しか見えない自分の瞳でも見ることが可能となっている。
問題は任意に魔力を浸透させるということ自体が非常に難しいということだ。
任意に魔力を浸透させられれば今尚増大し続けている自分の魔力を使って視界を確保できるかもしれない。
だがそれは不可能だとすでにわかっている。
【やっぱり別物かぁ……。でも新しいことを教えてもらえるのは嬉しいな!】
「うむ。君はやはりそうでなくてはな!
ではさっそく」
「サニー、復元はまだだよー。最初は複合属性からでしょー」
「む……い、いいじゃないか。複合属性なんぞリリーにかかれば物の数ではないし、何より教え甲斐がない!」
「だめー。魔術に関しては私の立てた指針が絶対だっていったよねー? いったよねー?」
「ぐ、ぐむぅ」
笑顔なのに笑顔じゃない珍しいクティにちょっとどころではなく気圧されているサニー先生に面白い光景が見れたと眺めていると、クティがどうやら勝ったらしく特級魔術の最初の授業は複合属性となった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「――といったところだ。では実践だ」
【はい!】
クティが術式をゆっくりと構築し、詠唱――設定項目を1つ1つ確認しつつ、いつものようにサニー先生から教わると実践だ。
複合属性というのは複数の魔術を通常ではありえない物理的現象に昇華する技法だ。
例えば最たるものでは炎と氷の結界陣――炎氷陣だ。
今教わったのもこれで、炎の熱で氷が溶けないように氷で炎が消されないように両方に対して特殊な術式を施し、それぞれの特徴を最大限得られるようにしている魔術だ。
教えられた通りの術式と構築で設定を作り上げ、展開する。
特級はどれをとっても戦略級となる魔術で、その詠唱も普通は凄まじい長さになる。
だが自分達にはクティ製のイメージ詠唱があるためとにかく思考速度が物をいう。しかも自分に関しては分割した並列思考を日常的に訓練しているためか1つのイメージ詠唱を分割して並列に処理できたりするので数倍の早さで術式を構築する術を会得していたりする。イメージ詠唱と共に特殊技術なようで出来るのは自分だけのようだが。
クティが展開している特殊空間内で巨大な氷の盾が出現し、青白い炎がその周りを覆っている。
規模を極小にした炎氷陣だが、そこは特級魔術。
普通は戦略級となる魔術なので極小設定でもそれなりの威力にはなってしまう。
今回も出来る限り小さくしたのだが、その大きさは縦6m、横4mはありそうだ。
レキ君ルームはレキ君の巨体もありかなり大きく改装が施されているので天井にはまだまだ届かない。
なんせレキ君が本気でジャンプしなければ届かない高さなのだから。
完成した炎氷陣の周りをぐるっと1周するようにサニー先生とクティが検分する。
彼女達には術式が見えないので詠唱速度と実際の効果をもって確認するしかない。
術式と構築はほぼ完璧といえる内容で、結果も想定通りだ。問題はないだろう。
「うむ。属性が反発することなくそれぞれを最大限活かしている。相変わらず完璧だな」
「さっすがリリーだよ! 特級になってもまったく問題ないね! まぁわかってたことだけどね!」
【えへへ。ありがとう、2人とも!】
「わぁッきゃ!」
妖精ズにお墨付きも貰い、上機嫌になっているとソファー代わりにしていたレキ君が身じろぎする。
その振動でちょっとよろけて変な声が出てしまった。
普段レキ君は自分がソファー代わりにしていると身じろぎひとつしない。……珍しい。
【どうしたのレキ君。何かあったの?】
「わふん」
「なになに? 魔術を使いたい?」
【おぉ! やっとレキ君も魔術に興味が!?】
「わふふん」
【そっかそっかー。やぁぁぁっと興味でてきたかー】
「じゃあまずは初級からちょろっと教える?」
「まぁまて。今はリリーの授業中だ。後にしろ」
「わひゅん……」
せっかくやる気になってくれたレキ君が耳をペタンと倒して悲しげな声を出してしまった。
【まぁまぁ先生、いいじゃないですか。レキ君がやる気になるなんて遊び以外じゃ初めてですよ?】
「う、むぅ……まぁ確かにそうだが……」
「いいじゃんいいじゃん。初級をちょっと教えるだけだよ。レキならきっとすぐに出来るよ」
「いやだが、例えサルバルアでも魔術をすぐにというのは難しくないか?
算数もおぼつかないのに」
「わひゅぅぅ……」
サニー先生の言葉が止めの一撃となってしまったようで倒れていた耳どころか、目を両前足で隠してしまったレキ君。
あぁこれはもうだめだ。レキ君の心が折れてしまった。
ほんと負け癖ついてるというか、心が折れやすいなぁ……。
「サニー……」
【先生……】
「あ、いや……その……」
2人でジト目でサニー先生をみればしどろもどろな彼女がアワアワしている。
まったく……せっかく珍しくやる気になってくれたのに……。
でもちょっと言われたくらいでこれでは将来が心配だ。
このまま負け癖がついたままでは何か致命的なことをやりかねない。
両前足で目を隠しているいつもの可愛いけれど、ちょっと困ったポーズのレキ君のお腹を撫でながらなんとかしなければと考えるのだった。
あっさりと1級終わりです。
でも特級に入ってもリリーにとってはあまり変わらないので問題すらありません。
レキ君はお勉強の面ではリリーのスパルタを受けていますがそれ以外に関してはかなり甘やかされています。
毎日レキ君が満足するまで遊んであげているくらいですからね。
リリーにプライドを消えてなくなるまで粉砕されたレキ君は日々の甘やかしもあって非常に心が折れるのが早いです。
某スペなランカーな先生みたいにあっさりいきます。
気に入っていただけたら評価をして頂けると嬉しいです。
ご意見ご感想お待ちしております。




