127,如何ともし難い無情
「じゃあ、本当にお願いしてもいいかしら、リリーちゃん?」
「あい」
「ふふ……リリーちゃんに任せておけば大丈夫ですよ。エリオット殿は断れないでしょう」
「だといいのですが……。あの方は大分性格が歪んでおいでですから……」
「否定はしませんけれど……。これでダメなら本格的にお断りするしかなさそうですわね」
「まったくですね……。では段取りを調整してまいります。
おやすみなさいね、私の可愛い天使さま」
とても母親には見えない幼さを残した顔が近づき、額におやすみの挨拶をして離れていく。
急遽決まった明日の作戦の為にこれから色々と忙しいことになるのだろうか。
自分はその作戦の要ではあるけれど、それほど時間も取られない役柄だ。
失敗しても責任を取らせられることもない。けれど可能性的には結構高い位置にいるため期待もされている。
まぁお母様的にはあまり自分をそういうことには使いたくないわけで最終手段になっていたみたいだけど。
「あい」
「ではお母様。リリーちゃんをよろしくお願いします。
直にエナも戻るでしょうし、そうしたらエリーちゃん達も来るでしょうからあまり夜更かしは……」
「はいはい、わかっていますよ。あなたがいないときでも私とエリアーナさんでしっかりやっていますの。
むしろあなたが夜更かししすぎて倒れられたら困りますのよ?
あなたの体はあなただけのものではないのですから。さぁわかったらさっさと仕事を片付けてらっしゃい」
「……はい」
普段のお婆様からは考えられないお母さんの顔とお小言にちょっと珍しいものが見れて不思議と暖かい気持ちが沸いてくる。
いつの間にかお母さんの顔から子供のような顔になっているクレアもなんだか新鮮だ。
心温まる親子の会話にほっこりしつつ、クレアを見送ったあとはエリーとお風呂に入っているエナ達が戻るまで静かな朗読タイムが続いた。
尚、テオは何やら宿題に追われているご様子だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
今居るのはいつもの自分の部屋でもレキ君ルームでも、ましてや兄姉の訓練を行っている訓練施設でも庭でもない。
クリストフ家にいくつかある応接室の1つである。
それなりの大きさの部屋に数人の使用人が壁際に控え、お婆様の膝の上には自分。
その横にエナ。後ろにニージャが控えている。
お婆様の膝の上なのでソファーの材質はよくわからない。何しろお婆様の体重移動は座っている時でも完璧で柔らかいのか堅いのかが判別できないのだ。
こんな身近で実力を垣間見えるとか本当にどうしていいか困る……。
サニー先生に言ったらきっと――。
「とりあえず笑ってスルーしておけ」
とかいわれそうだ。その後ろでちっこいさまが腰に手をあてわははは、もう1つおまけにわはははと笑う最強ヒマワリをバックに元気に笑っているのが幻視できるだろう。
対面に座しているのは神経質な顔に長い耳。
メガネでもかけて白衣でも着ていればまんま科学者で通りそうな男――エリオットが居る。
一通りエナから再度第1級魔術師昇格の件について王宮にあがる事をお願いされているがどこ吹く風。
目線は完全にお婆様の膝の上だ。
なので最初は我慢して穏やかに話していたエナもそろそろやばそう。
「――ですから、聞いていますかエリオット殿!」
「いや、聞いてない。むしろその話は断ると言った筈だが?」
「聞いているじゃないですか! ですから断れないんです!
もうそういう段階ではないんですよ!」
「知ったことではない。契約を履行したまえ」
「……せめてこっちを向いて喋りなさい!」
ついにエナがぶちぎれてしまった。
彼女の怒声が応接室に響き渡るが、当のエリオットはまったく堪えている様子を見せない。
というか本当にどうでもいいと思っているのだろう。
視線はずっと自分に向けられていて、表情の変化こそないがその瞳に流れる魔力は対象を慈しむ為だけに向けられているのがよくわかるものだ。
まぁ彼にとっては天使らしい自分が目の前にいてはエナの話は右から左なのは仕方ないだろう。
それはわかっているエナでもこうもあからさまでは声を荒げたくもなるだろう。
やっぱりエナが最初に普通に頼むのは無意味極まりなかったようだ。
だから言ったのに。いや言ってないけど。心の中でだけ言ったのだ。
2歳児には大人の作戦に口を挟むスペースはないのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
さて、そろそろお鉢が回ってくる頃合だろう。
状況はいたって簡単だ。
第1級魔術師昇格を王宮でお祝いするためにエリオットを召喚したいのだが、その承諾をエリオットに取り付けるのが出来ていない。
事が事だけに本人の意向を無視して強制的に行うのも出来ない。
本来なら召喚拒否なんてありえないことだけに王宮側も困っている。
雇い主であるクリストフ家も契約内容があるので強く出れない。だが宮廷魔術師のクレアには王宮側から圧力がかかっている。
王宮でも比較的権力の強いクレアに圧力がかかるほど今回の1件は大事なのだ。
国で片手で数えられるほど希少な存在が増えたのだ。それは大事件になるのも当然というもの。
しかも国防や経済活性など様々な副次効果が期待できるものでもある。
第1級魔術師のお披露目パレードなどがあるのでそれを行えば、国の権威の他にも伴った経済効果や、大きなイベントのない昨今のガス抜きにもなってくれる。
いい事尽くめとは言えないが、隠すよりは大げさに喧伝してしまった方が圧倒的に利があるのが第1級魔術師という看板である。
だが主役は個人だ。
その本人が拒否している状況では全てが動かない。
王宮の召喚すら拒める人物なら尚の事。
クリストフ家もお抱えの魔道具職人であるエリオットの話なので大きな宣伝にもなり、売り上げも大きく向上するのが期待できる。
むしろ捌ききれないほどの注文があるだろう。
すでにそういったものは必要ないくらいに大きくなっているクリストフ家ではあるが、それはソレ。これはコレである。
だがやはりそこでネックになるのがエリオットとの契約。
彼との契約は雑事の全てをクリストフ家で引き受ける代わりに魔道具を月に一定数納めることだ。
今回の1件も雑事に該当してしまうため、難航している。むしろもう無理じゃないかと思えるほどだ。
このエリオット。
契約内容から推し量れるように、魔道具さえ作れればそれでいいという生粋の魔道具馬鹿である。
最近は我が天使と呼んで自分のためだけの魔道具を作ってくれるほど心酔している相手がいるわけだが、そのせいでこんな問題が発生しているといえばなんとも頭の痛いところだ。
まぁでも正直自分にはあまり関係ないことだ。
エリオットが王宮に召喚されようが、パレードに出ようが、どっちみち自分はそれを見れないわけだし。
王宮どころか庭の外に出た事もないし、パレードは当然街中だろうしどっちみちこの眼ではみれない。
なのでクレアに頼まれなければでしゃばるつもりなんてまったくなかったわけだ。
そう、クレアに頼まれたのはエリオットの説得。
度重なる王宮側からの圧力が彼女の胃を締め付けている状況化ではむしろ率先して問題ごとを排除してしまおうと思ったくらいだ。
まだ肉体的なダメージにはなっていないが、これが続けば危ういかもしれない。そう魔力の流れが自分に状況を知らせているので、昨日クレアと話したときにそれとなく誘導して見た。
結果として今こうしてエリオットを説得する段取りが完成したのだ。
「……はぁ。わかりました。私はもう何もいいません」
「わかっていただけたのであれば結構。
では本題ですが、我が天使。昨日改良が少し進みまして、若干ですが可動時間が延びたのですがまだやはり実用的な時間とはなりません。
このエリオット、これほど自らの力が足りない事を悔やんだ事はありません!
いま少し! いま少しお待ちください! きっと我が天使も満足いただけるものを作って見せます!」
彼にとってはそっちが本題なのだろうが、自分達にとってはさっきエナが言ってた事が本題なので、さっきまで孤軍奮闘していたエナは呆れ顔を片手で覆い首を振っている。
本当にご愁傷さまだ。
「あい。ゆくりでいーですよぉ」
「おぉ……この矮小な私如きを労ってくれるなんと慈悲溢れる言葉……。
これだけで私はあと1巡りは不眠不休で戦えますぞ!」
「えとぉ~……えりおっとぉ~」
先ほどのエナの話を聞いていたときの神経質な表情などどこへいったのか、表情がころころ変わり今はまるで神に鼓舞されたかのような勢いだ。
「はい! なんでしょうか」
「あにょね~。おーきゅーとぱれーどでてー?」
「わかりました! このエリオット一命をかけて我が天使の願い、引き受けさせていただきます!
このエリオットの力のもてる限りを尽くし、最高のパレードになるように!
我が天使の願いを叶えて見せましょうぞ!」
俄かに立ち上がり大仰な仕草でもって応えるエリオット。
予想通りの展開過ぎていつもの無表情がより深くなったような気がする。
自分のそれに合わせるかのようにエナが両手で頭を抱えて大きく溜め息をついたのを、エリオットのやる気漲る言葉に儚くも掻き消されたのは言うまでもなかった。
本当にお疲れ様でした、エナ。
予想通り過ぎて予想通りですね。
本当にお疲れ様でした、エナ。
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