126,にゃーん
第1級魔術師。
オーベント王国にて、現在片手で数えられる程度の人数しか確認されていない希少な魔術師だ。
我らがお母様のクレアティルでさえ2級でしかない。
ただ、第1級であっても必ずしも2級より優れているのか、と問われるとそこは少々難しい。
3級以上の魔術師は、基本的にその級に当たる既存の魔術を行使することが出来るようになった時点でそれを名乗るのを許される。
そう、たった1つでもその級の魔術を使えればいいのだ。
事、戦闘に限って言えば、第2級魔術師で4つの第2級の魔術を使えるクレアと、その他数名いる第2級以上の宮廷魔術師では大きな開きがあったりする。
第1級魔術師であり、宮廷魔術師である極少数の者もその中に含まれ、彼らは魔術を用いた戦闘において圧倒的にクレアに及ばない。
第1級魔術は大規模な戦術クラスの魔術が多く、使用に対して時間がかかりすぎる。
そして魔力の消費も膨大で1度打てば即魔力切れで倒れるなどというのは当たり前のようなものだ。
扱いも難しく、凄まじい数の設定を緻密に練り上げなければ暴発するか、発動せず魔力だけ持っていかれる。
大規模戦闘において優位と思われるこれらの魔術だが、確実に使えなければ戦略になど組み込めるわけがなかった。
ただそれでも1度でも使えれば、もしくはお披露目段階で確実に使って見せればそれだけでその級を獲得できるものでもあった。
魔術師はただでさえ希少。
そしてその中でさらに希少とされる上級魔術師よりも上の存在は多数の失敗を含むであろうとも、1度でも成功させられるならば目を瞑れるほどの存在なのだ。
さて、そんな1度でも成功させれば御の字の第1級魔術を惜しげもなく何度も何度も魔道具として封じたエリオットは確実に第1級魔術師だろう。
国に報告して認めれれば歴史に名を刻む1人になるのは確実。
だが彼から出た言葉は予想通りのものだった。
「私は我が天使に捧げる魔道具を作るのに忙しい。
いつも通りに代わりをやってくれ」
「で、ですが、エリオット殿。今回ばかりは代わりを出すわけには……」
「くどいですぞ、エリアーナ殿。
私がクリストフ家と契約したのは自由に魔道具が作成できるから。
そのような雑事を代わりにこなしてくれるからであろう」
「ざ、雑事って……あ、あなた……第1級魔術師ですよ? 魔術師の最高の名誉の1つですよ? 国主催で大パレードが開かれるようなほどの大功績ですよ?」
「くだらん。私の名誉は私が生み出す魔道具の輝きに他ならない。
その他のものなど……いや、違うか」
「そ、そうですよ!」
「うむ。私としたことが失念するとは愚かしい。
まったくもって嘆かわしい事だ」
「やっとわかってくださいましたか」
「あぁ、魔道具の輝きもそうだが……我が天使、リリアンヌ・ラ・クリストフの麗しきご尊顔を拝し、その美しくもたおやかな指に口付けをすることこそガーッ!?」
おお……。
顎をかち上げられ、見事な放物線を描いて宙を舞う第1級魔術師殿。
見てください。見事なアッパーを振りぬいたあの人が我らの乳母様ですよ。
今日何度目かわからないやり取りの末に、ついにエナが切れたのがこの結果だった。
まぁわからないでもない。
何を言っても暖簾に腕押し、糠に釘。
そもそもエリオットの言ってる方が正しかったりするので、エナも強く出れなかったりするのだ。
エリオットが言っていた通りにクリストフ家とエリオットの結んだ契約は様々な雑事を引き受ける代わりに毎月一定数の魔道具を納入すること。
様々な雑事の中には王宮からの召還命令の返答――もちろん拒否――などもあり、今回のような第1級魔術師昇格の件についても当然適応される。
本人が望まないならそれらは全て雑事で片付けられてきたのだ。
代わりの者が代わりにお断りして終わり。
クリストフ家でなければ到底為しえない環境だろう。
だが今回ばかりはさすがに……ということで、エナが説得にあたっていたりする。
結果は見るも無残なものだったけど。
今も担架で運ばれるエリオットを肩を怒らせたエナが睨み据えている。
たぶん自分の指をペロペロの辺りがアウトだったのだろう。
クティが見えていたらエナは毎回クティを宙に飛ばす事になったんではないだろうか。恐ろしや。恐ろしや。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
基本的に工房に篭って出てこないエリオットがなぜ自分の所にまたやってきたか、というと。
この前進呈された獣族なりきりコスプレセットをまた少し作成したので持ってきてくれたのだ。
この獣族なりきりコスプレセット。
第1級魔術――精神感応波特定――を皮切りに上級魔術に属する数多くの魔術が使われたかなりやばいもので、1つ作るのにも結構な時間がかかる。
前述したように第1級魔術は失敗する可能性が高い。
精神感応波特定は失敗しても暴発したりすることがない比較的安全な魔術なため物理的な被害はないが、失敗しようが成功しようが魔力は消費する。莫大に。
自分にとってはニージャの短い至宝ひと撫で分くらいのほどほどの圧縮魔力分でしかないけれど、それは通常の人にとっては魔力がかなり多いとされる者でもなければ無理なほどなのだ。
エリオットの魔力総量は一般的に見て、かなりのものを誇っているので1度や2度程度なら問題なく使える。
でも3度目になると危険領域だ。
何度も言うが、自分換算で圧縮魔力でもほどほどで極短い距離分でしかない。
自分とオーリオールの魔術師達との魔力総量の違いというのがものすごく顕著にわかる。
普段あまり気にする事のないことだけど、大きな魔術を何度も何度も休みなく使える自分は相当有利だ。
しかもイメージ詠唱で瞬間的に複数を同時展開できる。
すでに無双の域にあることは言うまでもないが、これでもまだ攻撃魔術は1つも使えなかったりするのだ。
もちろん用途を少し変更すれば攻撃魔術以上の効果を示すものはたくさんある。
例えば風をより分ける魔術がある。
これは本来、寒風を避けたり、熱風を避けたりする際に使用する。
でも自分が使うと、空気中の酸素などの要素をより分ける事が出来たりする。
要するに何を避けるかの違いでしかないからだ。
つまり……酸素を避けた空間を作る、または酸素の濃い空間を作る事ができる。
これだけで人は死ぬ。
前者は酸素欠乏。後者は酸素中毒。
もちろん、酸素圧等の様々な要因が絡むので簡単にその症状が出るとは限らない。
だが発想とやり方次第ではあるのだ。
特にこの世界――オーリオールの科学知識というものはかなりしょぼい。
前世の小学校の理科以下かもしれない。
例えば、燃焼を助けるには何が必要かと問われれば、風を送り込んでやればいい、という答えは返ってくる。
これは経験則から得られている答えであって、決して酸素という答えではないのだ。
同じようにして人体解剖学や物理法則なんかも経験則からの答えしかない。
世界の隣の森では物理法則に関してはもう少し突っ込んでいるけれど、やはり生前の世界ほどではない。
閑話休題。
エリオットが持ってきてくれた獣族なりきりコスプレセットだが、今回は4種類。
好評だったミミオシリーズとトリハネ系だ。
まだ日にちも浅いので改良が出来ていないがそれでもいいからと強請った結果、かなり頑張って次の日にはこの4つを持ってきてくれた。
エリオットも自分の作った魔道具を強請られてちょっと鋭い表情が少しにやけていた。
まぁもう担架で救護室に運ばれているのでその顔は分からないが。
獣族なりきりコスプレセットは装着すると自動起動するタイプの魔道具なのでやたらとつけられない。
付けたらすぐに起動限界を迎えてしまうのはわかっているからだ。
これはここぞという時に使うためにもらったのだ。
エナもこの間の神輿行脚で危うく救護室からのゾンビアタックに混ざるところだったのだから。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
エリオットから目的のブツをゲットできて意気揚々とレキ君を弄り倒して自分の部屋に戻り、いつも通りにお婆様の朗読を聞きながらサニー先生の授業を受けていると我らがお母様がご帰宅なさった。
最近は頓に忙しく、アレクより見る頻度が少ないお母様。
今日の魔力の流れもあまり良いとはいえない。相当疲れているようだ。
「ただいま、お母様、リリーちゃん」
「おかえりなさい、クレア。今日もずいぶん疲れているわねぇ」
「おかえりなさぁ~い」
「あぁ……リリーちゃんの声が聞けるだけで元気になりそう……」
「大分参っているようですね。エリオット殿の件ですか?」
「……はい……」
どうやらエナの次はクレアにお鉢が回ったようだ。
というか宮廷魔術師をしているクレアならその宮廷から色々とせっつかれているのだろう。可哀想に。
こういうときは出し惜しみせずに労ってあげるのが1番だ。
「おかぁさま~」
「はい、なぁに、リリーちゃん?」
「ちょとあちをむいててください」
「こっちでいいの?」
「あい」
「あらあら、私はこのままでいいのかしら?」
「ばーばはそのままでもいー」
「はい、わかりました」
クレアに自分とは逆の方を向くようにいうと疲れていても楽しそうに従ってくれる。
お婆様も穏やかな笑みをより一層深くして見守ってくれている。
「らくりあ~」
「はい、お嬢様」
「あれとて~」
「はい、お嬢様。……こちらでよろしいですか?」
「んぅ~……そち」
「はい、お嬢様」
「ありがと~」
「勿体無いお言葉です、お嬢様」
ラクリアに必殺アイテム群を取って貰い、吟味して1つを選ぶ。
数が少ないから選ぶのも時間がかからないけれど、やはり好みというのものはある。
恐らくクレアならどれでもドストライクだと思うが、それでもだ。
「おかぁさま、わたしがいったらすぐにふりむいてくだしゃぁい」
「わかったわ。……ふふ、楽しみね」
「ふふ……」
クレアからはすでに魔力の発露が滲み出ている。
お婆様の笑みは魔力の発露があってもおかしくないほどだけど、そういえばお婆様から魔力が発露しているのを見た事がない。
今度機会があったらよく観察してみよう。
そんな事をチラっと思いながらもラクリアに例のブツを持ってもらい、いつでも装着できる体勢にする。
「じゃぁむいて~」
自分の言葉と共にラクリアがそっと例のブツを被せると同時にお尻にも装着の感触。
「あらあらあらあらあらあらあらあら~」
「ふふ……何度も見ても可愛らしいわぁ」
「えぇ……これはすごいわぁ……」
「あかんわー! これはあかんわー! おっちゃんもうあかんわー!
鼻血ダバダバやでー! 鼻血ダバダバ祭りやー!」
装着された例のブツは当然エリオット制作の獣族なりきりコスプレセット――ネコミミオ。何世か、何号か、何型かは忘れたがネコミミオだ。
ちゃっかり少しお尻を突き出してネコパンチポーズまでとって、ピクピクとネコミミが動き、尻尾がふにゃふにゃと複雑に揺れる。
可愛さアピールをふんだんにしてみた結果、お母様がちょっと壊れたけど、とても元気になってくれたのでよしとする。
当然の如くちっこいさまの鼻血がちょっとした量になってしまったけど、サニー先生がしっかりと確保しているのできっとまた元に戻されるだろう。
「にゃんにゃんにゃぁ~ん」
「にゃぁ~ん」
「にゃー」
「にゃにゃにゃにゃにゃーにゃはーん」
母と娘と祖母とちっこいさまの4重奏は魔道具が魔力切れになっても続いたのだった。
にゃーん。
異世界でも共通語ですね。
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