124,1日メイドの神輿行脚
1日メイドの朝は早い。
まず眠気が覚めて自然と覚醒するまで柔らかいベッドの上をごろごろする。
穏やかなまどろみのBGMは我らの凛々しくも優しい第2の母のハミングだ。
ベッドの上で惰眠を貪り尽くして覚醒すれば1日メイドの専属メイドと乳母による付きっ切りの朝のお仕事だ。
これがとても大変だ。
なんせ1日メイドは目が見えない。
付きっ切りなのも頷けるというもの。
だがそんなことでは1日メイドはへこたれない。
朝の大事なお仕事を終える――まだこの段階では1日メイドは心持だけ1日メイドなので服は普段着である――と、隠しティーチャーことサーニーン先生による授業が始まる。
だが1日メイド以外には見えないのが玉に瑕だ。
端から見たら虚空を眺める薄幸の美幼女の完成だ。
そんな薄幸の美幼女こと1日メイドの朝の授業が終われば食事タイムだ。
1日メイドはゆっくりと時間をかけて付きっ切りで面倒を見てもらいながら食事を摂る。
これも重労働だ。
食事は基本健康志向の薄味万歳アタック。最早修行僧も真っ青レベルだ。
でも毎日のことなんで最早慣れた。1日メイドはへこたれない。
続いて1日メイドは兄や姉の訓練を見学する。
1日メイドの立派なお仕事だ。
1日メイドが彼らの訓練を見学するだけで彼らのやる気はそれはそれはうなぎのぼりで滝をのぼって竜になってしまう勢いだ。
実際に彼らの才能ならば滝登りくらい本当にやってしまいかねないほどの変貌を遂げるのではないだろうか。1日メイドは彼らの将来が楽しみだが、同じ血が流れている自分は成長が遅いのがちょっと気になる。でも1日メイドはへこたれない。
金の卵達に声援を送る仕事を終えた1日メイドは猛獣の調教に移る。
猛獣とはこのリズヴァルト大陸では絶滅危惧種に勝手に認定しているアイツの事だ。
謎の白衣教師ことサニー先生の情報にもちょっとないくらい急成長しちゃって、おまえ何食ったらそんなでかくなんだよちょっと分けろよ、と最近本気で思い始めたアイツだ。
アイツの食事をたまに盗み食いしてやろうと画策するも、食事中のアイツは本能の塊になってしまっているのでなかなか手が出せない。でも1日メイドはへこたれない。
遊んで欲しくてお勉強もそこそこに、猫なで声で――狼なのに――擦り寄ってきて吹っ飛ばされそうになるのを、1日メイドの専属達に助けられながら相手をしてやる。
勉強の時間とは打って変わってその巨体が霞むほどのスピードを見せるこの狼君は、巨体に見合う凄まじい体力を持って1日メイドと遊び倒そうとする。
だが1日メイドはへこたれない。
体の成長は遅くても体力だけはそんじょそこらの幼女とは違うのだよ、幼女とは。
飽きるまで付き合ってあげれば体力負けするのはあちらの方なのだ。
最後は大体狼君を軽くノックアウトして彼の調教は終わる。
体力勝負に持ち込まれたらこれが1番なのだ。1日メイドはへこたれない。
猛獣をノックアウトすれば遂にやってくるのは愛しのあの人。
1日メイドの視界は最早お花畑である。
さくっとメイド服に身を包めば最早自分を止められるものなどいやしない。聞こえる黄色い歓声をバックにいざ出陣だ。
愛しの妖精種。
世界の隣の森の最高の魔術師。
魔術を作らせたら右に出るものなし。
ドヤ顔帝王。
基本やられ役。
ディフェンス――魔力による絵画――に定評のあるちっこいさま。
等など、様々な異名を持つすごいお人なのだ。
そんな彼女はやはり謎の白衣先生こと、サニー先生同様他の人からは見えない。
痛い子扱いされたくない1日メイドはへこたれない。
もうすぐ3歳になるので木のお人形をゲットして1人遊びを習得し、端から見ればおままごとをしている可愛い幼女を演じることなど赤子の手を捻るようなものなのだ。
だが1日メイドは手を捻られると痛いのを知っているのでしないのだ。
1日メイドはへこたれない!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
【あ~ん】
「あぁ~ん」
妖精種は基本人種が食べるような物は食べない。
空気中の魔力や仙人が食べるような霞のような物で栄養を確保してしまう。
なのでこういうあーんぱくうふふあはは、は基本必要ないのだがそこはクティと自分という親密な間柄なので関係ない。
ちなみに何を食べさせているかと言うと、魔術で隠蔽して隠し持ってきた今日の朝食の果物だ。
基本薄味の食事なので幼児の味覚には残念極まりないのだが、この果物などのソレ単体で完結している素材は非常に嬉しい。
その日々の食事の大本命とも言うべき物を食事の必要性のない彼女に食べさせてあげる。
これは詰まるところホストに貢物をする女性の心理……いやちょっと違うかな。
自分の大事なものを断ち、神に祈りを捧げるというあの願掛け的なものだろうか。いやちょっとちがうな。
そう……これは自らの日々の楽しみを分かち合うことによる共有心理。
あなたと私は一心同体、的な!
大分近くなったようで遠くなったような気がする……。
「はむっ」
【にへへ~】
しゃりしゃり、と快音を立てて果物を頬張るクティを見ているだけで幸せになるので、ホストでも願掛けでも何でもいいような気がしてくる。
周りには当然の如く張り巡らされた緻密な魔術の構成が一片の無駄もなく完璧に配置されている。
その中で行われているのが1日メイドになった自分ことリリアンヌによるクティへの奉仕活動だ。
幻惑、幻想、幻術、防音、空間固定、擬臭、擬音etc。
その数2桁を超えてさらに足の指でも足りないほどの魔術を1度に使用している。
専属達をもふったときよりも更に気合をいれた取り組みようにサニー先生が、クティ用に持ってきた果物をしゃりしゃり言わせながらも呆れている。
それはサニー先生のじゃなくてクティのなんだけど、まぁ今回は見逃してあげましょう。
でも次やったらクティ製の隠蔽魔術で断絶空間作って閉じ込めて、擬臭魔術でトテモカグワシイカホリを送り込みますよ。
「りりぃ~ん、もっと~」
【はい、あ~ん】
「あぁ~ん」
鈴を転がしたようなという例えがぴったりの声に盛大に蜂蜜をぶちまけて、その上からさらに生クリームをこれでもかとトッピングして、ついでに白玉団子も5つほど乗せちゃうくらいの心意気の声に応える様に果物を差し出す。
「はむっ……ちゅっちゅむちゅーん」
「ひゃあ~ん」
「でへへ~、リリーの指まで嘗め尽くしちゃうぞぉ~げへへへ~」
甘ったるい声で親父化している最愛の君に指をしゃぶられながらも、あまあまどろどろの2人だけの空間には魔力の本を取り出してスルーを決め込みながらしゃりしゃり言ってる妖精さんが静かに浮かんでいるのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「きゃああああああああああああああ!
今日も!? 今日もなのね、リリー!」
「ふおっ」
「へぶらいごッ」
最後の1つのはずの果物をあーん、させて口に入った所でその絶叫はレキ君ルームを駆け巡るようにしてあまあま空間を貫通していった。
その余波は凄まじくびっくりして果物が喉を直撃したちっこいさまがアフロ・アジア語族セム語派の言語を思わず口走ってしまったほどだ。
そして駆け寄ってくる気配。
慌てず騒がず事前の予定通りの順に魔術を解除し、その間に体裁を整える。
「やぁ~ん、もうほんとに可愛すぎるわ! リリーはやっぱり天使のようなメイドさんね!」
「ぁぅ、ねーね、おきゃぁりなしゃぁい」
「ただいま、私のメイドさん」
普段のエリーよりも4倍くらいテンション高めのお姉さまが頬をすりすりしてくる。
まぁハグからのすりすりは日常だけどちょっと魔力の発露がしてるのがテンション高めの判断だろう。
魔力の流れ的にも尻尾があったらブンブン振っていそうな感じだ。
エリーだと動物的にはなんだろう……やっぱり犬かな。
いやいやツンデレ具合から猫か……?
いやいや……。
「そうだ、リリー! 私いいこと思いついちゃったの! だからちょっと待っててね!」
「ぁい?」
やる気満々といった具合のエリーが土煙を上げそうなくらいの速度で遠ざかっていくのを、小首を傾げて見送るしかなかった。
普段の訓練の成果だねぇ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ど、どうかしら……?」
上目遣いをさせたらこの人の右に出るものはいないんじゃないだろうか。
うるっと瞳を魔力ごと潤ませたその庇護欲を掻き立てずにはいられない眼差し。
両手を胸の前で組んで神に祈りを捧げるかのような真摯な姿勢も拍車をかける。
彼女――我らがお姉さまから差し出されたのは恐らくスカートだろうか。
生地の肌触り的には今着ているメイドさん衣装のスカートと同じもの。
でも長さが違う。
今着ているメイドさん衣装は当然クリストフ家で支給されているサイズではありえないものなので自分専用の特注品ではあるけれど、基本的にはサイズ以外同じ物だ。そう頼んだのだから間違いない。
まぁ内部に空調管理の魔道具が仕込んであるのはご愛嬌だろう。
意外とこのメイドさん衣装はきっちりしているから着慣れていないと大変なのだ。
閑話休題。
渡されたスカートは丈がなんだか短いように感じるのだ。
クリストフ家支給のメイド服のスカートは踝丈のロングスカート。
もちろん自分用のスカートもソレだ。
だが渡されたものはどう見繕っても、まだまだ成長途中の短い子供足の自分の膝丈くらいしかない。
そして不意に手渡されたもう1つ。
これは非常に薄い生地だ。指で摘めば指の肌の感触を感じるくらいに薄い。
そこそこ長めで端っこの方にはレースっぽい感触と紐がついていて更に調節できるような器具らしきものがついている?
見えないので詳しくはわからない。
でも自分の手元をじっと見ているちっこいさまの興奮具合からしてキケンな代物であるのはいうまでもないだろう。
「ねーね、にゃにこれ?」
「こ、これはね……あの、その……と、とにかくすごく似合うと思うの! だから着てみましょう? ね? リリーお願い!」
懇願するように必死なマイシスターにちょっと困惑しながらも「ん、んぅ」と頷けば、不安でいっぱいだった表情はまぼろび、現れたるは満天の星空さえも霞むほどの静謐な笑顔だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「きゃあああああああああ!!」
「ふおおおぉぉぉぉぉ!!」
「……ぇー」
大興奮の黄色い絶叫がレキ君ルームに木霊し、部屋の主であるレキ君がお昼寝から覚めて寝惚け眼で辺りを見回している。
「やっぱり! やっぱり! やっぱりよー!」
「すげー! エリーすげー! っぱねぇ! よっエリー大明神!」
いやんいやん、と首をブンブン振り回しその瞳の魔力は爛々と今までに見た事もないような輝きを見せているのが我らがお姉さま。学園ではお姫様って言われてるらしいですよ。
背景に魔力でちくわを数十本そそり立たせてこちらも負けじと大興奮の荒い鼻息を噴射しているのが我らがちっこいさま。この人自分の最愛の人なんですよ……信じられないだろう?
そんな大興奮の2人の元と言いますか、なんていいますか、自分は渡された例のものを着てみたわけですよ。
もちろん1人じゃ危ういのでエリーに手伝ってもらいました。
着せている段階でちょっと危うかったエリーですが、着終わって少し離れて全体像を確認したときからずっとあの調子です。
クティに到ってはテオのように一時停止してから再起動してからのこの興奮具合だ。
まぁ……ちょっとわからないでもないのが悔しいところ。
「やっぱりやっぱりやっぱりぃー! リリーはミニスカートとガーターベルトがすっごくすっごくすごくすごく似合うわ!
もう私いちころすぎて心臓がドキドキしっぱなしだわーッ!」
普段まったく見た事のないようなお姉さまの大興奮っぷりはさておいて、例のあのスカートはそう、ミニスカート。
予想の膝丈よりちょっと短くてカボチャパンツだったら丸出しの海草ちゃんになっていたほどだ。
紐パンでよかったね、おねーしゃま。
そしてガーターベルト。
以前ニージャが履いて来たので存在は確認されていたのだが……まさか自分サイズのを特注してくるとは思わなかった。
普通は紐パンの下に着用しておトイレの時なんかに全部脱がなくていいようにするのだが、今回は自分が脱がされるのが嫌だったのでガーターonおパンツになっている。
まぁその辺は見えない位置なのでいいとして。
このガーターさん。
ミニスカートと自分の下半身のサイズなんかを完璧に熟知しているかのような……いや完璧に熟知しているのだろう、長さで絶妙な絶対領域を作り出している。
その絶対領域に大興奮なのがこの御二方なのである。
いやうん。
自分も見る側だったら大賛成していただろう。
実際見られる側になるとちょっと引くわー。
引いちゃうわー。
でも大興奮で魔力がすこぶる活性化しているお姉さまと完全に親父化してしまったクティには言えるわけがない。
そんな大興奮の坩堝はお婆様やエナや専属を巻き込み……。
専属はもちろん全員集合。
いつも詰めている騎士から団長であるお爺様にも連絡がいったようですぐに駆けつけたお爺様も巻き込み……。
終いには、レキ君に騎乗したガーターミニスカ1日メイドは屋敷の中を練り歩く羽目になったりした。
ちなみに、今日だけで興奮して倒れる使用人達で救護室がいっぱいになったそうだ。
ちょっと引くわー。
ちょっと引くわー。
でも想像して見てください。
麗しき幼女が
メイドさんで
ミニスカで
その上ガーターベルト。
耐えられませんよね、そりゃぁ……。
盛大に引くわー。




