120,初めての共同作業
8の月が終わるとオーベントの短い夏も終わりを迎える。
専属達に実行したプランは順調にその成果をあげ始めているような気がする。
自ら考え積極的に自分の行動の補助を行うようになり始めている。
もちろん最初は色々と問題もあった。
本来そういった行動はお婆様やエナがやっていたことだからだ。
でもいつまでも彼女達にやらせるのもおかしな話だ。自分には専属がいるんだから。
なので徐々にお婆様達にやってもらっていた補助を専属達を自分で直接呼んでゆっくりと移行させてみた。
結果として2巡り経たないうちに3分の1は専属達の仕事になった。
もちろんエナは不満げだ。
お婆様も少し寂しそうにしている。
でもいずれはこうなるものなのだ。遅いか早いかの違いでしかないし、自分が動かしやすい専属を使った方が色々とやりやすい。ごまかしも効くし。
2歳児で親離れしそうな勢いにエナがちょっと必死になったため3分の1で止まってしまったのだが、その分彼女から譲歩を引き出せるだろう。
いつこのカードを切るかも重要だ。遅すぎてもだめだし、早すぎてもだめだ。
タイミングは非常に重要なのだ。
手札を順調に増やす日々が続く中、ひとつ大きな問題が日々頭を悩ませる。
去年の今頃はクティが定期報告から帰ってきてサニー先生と出会い、授業が始まって少しした頃になるのだが、未だクティ達は定期報告へと出発していない。
もしや今年は定期報告がなくなったとか、等と都合のいいことは思わないでもないが何か聞きづらい。
不安ではあるがクティ達が一時的にでもいなくなってしまう日が確定するのは心に大きなストレスを生んでしまうのはもうわかっている。
ただの問題の先送りだということはわかっているが、それが心の平穏を少しでもマシにしてくれるのなら、と聞くに聞けないのだ。
そんな自分の悩みを知ってか知らずか、今日もサニー先生の授業をクティがコミカルに図解しながら進んでいく。
授業が終わるとここ最近クティは空中に浮かんでボーっとすることが多くなった。
でも自分は知っている。アレはクティが基部領域に入っている時の状態だ。
自分が基部領域に入ると似たような状態になる。
起きている状態で入るとボーっと呆けているような状態になり、寝ている状態なら深い眠りに。
外部刺激で覚醒するようなことがない、というだけで外見はあまり差異がない。
ただやはり外部刺激で覚醒できないので、長く基部領域に入っていると問題が起こるのはいうまでもない。
自分の場合は領域内速度を変化させればあまり問題にならないのだが、クティはそういうわけにもいかない。
そういう理由で最近クティとの楽しい戯れタイムが減っている。
クティも基部領域から出てくるとその分を取り戻すかのように濃厚に戯れるのだが、基部領域で何をやっているのかは教えてくれない。
でも彼女が教えないということには理由があるはずだ。
クティはおちゃらけはちゃめちゃ妖精ではあるが、非常に賢く深い。
そんな彼女が自分に秘密にしているということは自分はまだその時期ではないということだ。
だから聞かない。いつかきっと話してくれるだろうから。
自分のクティへの信頼は海より深く、惑星の大気をつき抜けて星々を突破するほど高いのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
9の月に入り、強烈に照りつける日差しも大分収まってきたこの頃。
兄姉の訓練も徐々に屋外へと移行し始めている。
そんな順調に流れる日々で先日、宣言後の最初のご褒美が行われた。
対象はニージャ。
彼女はご褒美の為だけにエナを独自に説得? して他の専属達より1歩多く自分の補助を勝ち取っていたのだ。
一体どうやって説得したのか是非とも教えて欲しかったが、秘密らしい。
片方の口の端だけ上げて器用にニヤリ、と笑うだけで決して教えてくれなかった。
ちょっと癪に障ったのでご褒美は前回よりちょっと強めにやってあげた。
ちなみにニージャはご褒美の為の準備をきちんとしていた。
具体的には専属の仕事になったおトイレへ行く為の時間を活用している。
大きい方なら多少時間がかかっても仕方がないので怪しまれることもない、という判断だ。
まぁあまりにも長いとだめだけれど。
おトイレ……もとい、ご褒美が終わって戻ってくるとふらふらになっているニージャだったのでちょっと……いや相当怪しいとは思うがお婆様もエナもその辺には突っ込まなかった。
なんせニージャだったので。
ニージャからの提案でおトイレの時にご褒美をしてもらうということがあったように、彼女達は自分が魔術で色々出来ていることは気づいていない。
では最初のご褒美の時はどうだったのかというと、彼女達の記憶は曖昧で同じレキ君ルームに居たお婆様やエナから何も言われていないことからも、都合よく解釈しているようだ。
でもふわふわの記憶状態でも覚えている禁断症状が出そうなほどの快楽の渦は、享受している時の対策を考えさせるには十分だったようだ。
彼女達も乙女なのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ニージャからもふもふ成分をたっぷりと補給したので当分は戦える状態になった自分は今日もレキ君と戯れる。
相変わらず空中浮遊してボーっとしているちっこい様を視界にいれつつ、レキ君の遊び相手を務めていると、魔力文字が唐突に出現した。
背景文字として描写された魔力文字は、カッ。
と、同時に見開かれたちっこい様の瞳のあとに彼女の周りに急速に術式群が展開し始めた。
進化した規格外魔眼により瞬時に判明していくその術式群の効果と展開方式。
緻密に練り上げられ、大胆にかっ飛ばされたその術式群はまさに芸術だ。
展開しては消え、消えては展開していく術式が少しずつ蓄積されていく。
その蓄積されたものは一見してまったく意味の異なる術式群の組み合わせに見え、何も生み出さないように見えても蓄積されるに連れてその存在を明確にしていく。
目の前で展開していく術式群は蓄積を始めてからずいぶんと経つ。
その間片時も目を離すことが出来ず、徐々に判明していくその魔術は……一言で言うと通信魔術だった。
「ふむ。何度見ても素晴らしいな」
【先生……これは、通信魔術ですよね?
……でも普通の空間に術式でパスを通す方式ではない、空間自体を越えるような……いや、歪ませる?】
「さすがだな、リリー。
これは私が基礎部分を考え、あいつが構築した魔術。
世界の隣の森との直接通信を可能にする魔術だ」
【世界の隣の森と……?】
いつの間にか隣に浮かんでいたサニー先生から今、目の前で完成しようとしている複雑怪奇で魂を心の底から奮わせるほどの美しさを持つ魔術の説明が入る。
だが世界の隣の森はこのオーリオールとは別の空間にある世界で、妖精女王であるナターシャにしか使えないオーリオールと世界の隣の森を繋ぐ魔術でしか行き来できないと教えられている。
「元々ナターシャが使う空間トンネルの魔術だってクティが作り上げたものだ。
ただ、限定的な魔術仕様というか適性がいるという理由でナターシャしか使えないというだけでな。
特に問題もなかったし、その魔術の特性上不特定多数が使えるような魔術ではならないから改良も施させなかっただけだ」
静かにゆっくりと完成に近づいていく美しき魔術は、その術式構成の一部だけでも既存の魔術を遥かに上回っている。
そんな術式群で構成され、完成しつつある魔術は奇跡的とさえいえるだろう。
【すごい……。現状で7割くらいまでしか解析が追いつかない……さすがクティだよ……】
一瞬で術式の解析が可能ではあるが、それが膨大な数となりさらには組み合わさって初めてわかるようなものであるため解析がものすごく難しいのだ。
まるで広大な海をパズルのピースのように区切り、ばらばらに構築して元に戻すような。
全体を見なければ気づけないような広大な魔術なのだ。
「……いやいや、初見で7割も解析出来ると言うのはおかしいのだがな……」
サニー先生の小さな呟きが終わる前に、膨大な術式群が完成しクティの精霊力が魔術を起動させる……はずだったのだが霧散した。
「「「あ」」」
キラキラと舞い散る雪のように霧散していく術式群を呆然と眺めながら、妖精ズと自分の声が虚しくレキ君ルームに消えていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「構成に間違いはないかなー」
「では失敗した理由はなんだ? 空間を歪ませ、あちらに渡す術式はすでに確定しているだろう」
「いやうん、そうなんだけどさー」
「では座標の問題か? 今回はどこに座標を指定したんだ?」
「今回はテストだからいつも通りなら、誰かしらいる転移室」
「それなら問題はなさそうに思えるが……」
「うーん……」
2人の反省会を聞きながら、自分もあの魔術を思い返していた。
完成段階での解析率は7割に届かない程度。
7割も理解できていない魔術に口を出すのも憚れるので何も言わずにいるが、なんとなく自分には理由が分かったような気がする。
これは所謂ちょっとした盲点なのではないだろうか。
クティの作る魔術は緻密で大胆でちょっと見ただけでは意味不明の難解なものだ。
でも組み合わせてみるとその効果は非常に繊細で丁寧で、そして力強い。
クティが製作した魔術の最初の試行を初めて目撃したが、クティならほぼ1発で成功させるものだとばかり思っていた。
でも実際は失敗。
だが解析した分の術式を見ても特に問題となるものは見当たらない。
先に述べたように全体を見なければ完全には言えないので解析の続きをしているが、気づいた問題点が正解であることが解析率をあげることにより明確になっていく。
しばらくして解析も終わり、やはり気づいた問題点で正解だと確定した。
これは自分だから簡単に気づいたことかもしれない。
自分は魔力の総量を増やすために常に魔力の消費を心がけている。
その過程で魔術に必要な正確な魔力量というものをかなり細かく把握できる。
特に術式単体での消費や、それらを複合して構成される場合の消費などの違いなども完璧に把握できるため術式を見れば消費する魔力量もわかるということだ。
クティの通信魔術は術式群が超膨大な量のためその辺の試算が少し適当だ。
本来はクティも通常の魔術師とは比較にならない魔力……精霊力を持っているため問題にならないのだが、この魔術は所謂金食い虫というか精霊力喰い虫なのだ。
結果として消費する精霊力が足りなくて魔術は失敗に終わったのだ。
「……にゃんですと!?」
「なるほど……。それは盲点だったな」
【クティは精霊力が普通よりも多いから、結果として保持している精霊力よりも消費の多い魔術を作ることがあんまりなかったんだと思う。
だから今回のような膨大な精霊力を消費するタイプのものだと気づけなかった。
特に割と適当に試算している消費量が仇になった形かな】
「言われてみれば……そうかも」
「元々空間を歪ませる魔術は消費が多いはずだったが、適性が組み込まれていたから限定されて消費を抑えていたということか。
それに加えて今回はその他にも複数の効果を追加している。
なるほど、足りなくなるのは道理だな」
「確かにこんな大掛かりな魔術を作ったのはナターシャに作ってあげたの以来だったからなー。そっか~……。
さっすがリリーだよ!」
【えへへ。でもどうするの? 作り直し?】
「ん~外部供給にしよう」
「それが無難だな。今から作り直していては時間が足りん」
【時間……ですか?】
「もう2月近く定期報告を延ばしてるからねぇ~。そろそろナターシャがお冠になっちゃう。
まぁ別に好きなだけ怒らせておけばいいんだけど、サニーがうるさいんだよー」
「いちいち確認に人を寄越すのも大変だからな」
「でも結局延ばしてるじゃん?」
「……まぁなんだかんだであっちに行ってしまうと戻ってくるのが大変だからな」
クティのドヤ顔での指摘にちょっと目を逸らしたサニー先生が少し可愛らしかった。
クティの作っている魔術が通信魔術だとわかったときにはすでに利用法はわかっている。
定期報告をこれで済ませるためだ。
その為に定期報告を何度も延期しているようではあるけれど、口頭じゃないと報告はだめなんだろうかとか色々疑問に思ったけど口には出さない。
結果として離れないで済むのならなんでもいいのだ。
【それで、その外部供給はどうやるの?】
「もちろん……リリーにお願いする!」
「うむ」
【やっぱり】
ちょっとだけ組みなおした魔術が再度時間をかけて展開構築され、自分が切り離した膨大な量の精霊力を糧に起動する。
他人の魔力……精霊力を燃料にするなんて規格外なことを一瞬でやってのけるクティの凄さを改めて実感しつつ、初めての共同作業にとてもドキドキするのだった。
他者の魔力、もしくは精霊力を使った魔術というものは基本的に存在しません。
これがオーリオール、世界の隣の森合わせても始めての他者の魔力、精霊力を使用した魔術になります。
画期的どころかとんでもない奇跡的な術式を簡単に作ってしまうのがクティなのです。
これはつまり、惑星を破壊可能な大規模破壊魔術を人を揃えることにより行使可能にしてしまうということでもあるのです。
やりませんが。
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