115,訓練
長い春の暖かい日差しと空気はすでに照りつけるようなソレへと変化を遂げている。
日傘がなければ自分の肌も日に焼けて真っ黒になっているだろう。
季節はすでに夏も終盤だ。
雲が出ている日など存在しないかのように晴天が続くような暑さの夏のオーベントでは、珍しく今日は雨が降っているようだ。
普段夏の間の訓練は屋内訓練施設で行われる。
夏の季節が短いオーベントでもその直射日光は強烈であり、その下で無防備に訓練などしてはたちまち倒れてしまう。
大の大人でもそうなのだからまだまだ子供であるテオとエリーには危険すぎる。
ましてや彼らはクリストフ家の子供だ。夏の間の危険な外でわざわざ訓練する必要はないのである。
そんないつもの夏の訓練風景に今日は少し違った姿が混じっている。
違った姿といっても大体5日に1回は見かける程度にはその頻度は多い。
小さな2人がそれぞれの獲物を素振りする傍らで同じように素振りしながら準備運動をしている大きな人物。
いつもテオとエリーの兄姉の訓練を監督してくれている騎士団の騎士よりも身長は高く、短く刈り込まれた髪は素振りの早さをものともしない。
顔の造作は我が兄であるテオをそのまま大きくしたような……むしろテオがその縮尺なのだから当然だ。
そう、その人物は我らがお父様――アレクサンドルだ。
オーベント王国の第2騎士団の副隊長を務めている彼は実に多忙だ。
第2騎士団の活動内容が活動内容なだけに仕方ないことではあるが、帰ってこない日もざらにあるくらい忙しい。
第2騎士団は主にオーベントの周辺ダンジョンの魔物討伐隊だ。
たまに遠出することもあるが、基本的には周辺地域での討伐が主になる。
だがオーベント周辺にはダンジョンが数多くある。
ダンジョンでしか入手できない魔片が豊富に取れることはいいことであるが、その反面デメリットももちろん大きい。
ダンジョンは放って置くと魔物が溢れてくる。
溢れてきた魔物はダンジョン内ではしなかった行動をとるようになる。
例えば繁殖。
ダンジョン内では決して自己増殖をしない魔物だが、外に出てしまえばそれらの本能は一気に解禁される。
どういう仕組みかは詳しくはわかっていないらしいが、魔物の母であるダンジョン内ではダンジョンしか生命を生み出せないルールが働いているから、らしい。
これには人種も例外ではなく、ダンジョン内では妊娠などは一切しない。
魔物が跋扈するそんな場所で行為に及ぶ馬鹿がいないこともなかったのでわかったことでもあるが、生命の神秘をも制限してしまうような空間、それがダンジョンだ。
その他にもダンジョン外に出た魔物からは魔片が手に入らなくなる。
これの理由も詳しくはわかっていない。
通説はダンジョン内で死亡した魔物がダンジョンに吸収される過程で吐き出される不純物が魔片である、らしい。
サニー先生も詳しくは知らない。
そんなダンジョンから外に出た魔物は魔片は出さない、勝手に増える、行動はダンジョン内と同じで見敵必殺な好戦型。害でしかない。
放って置くと大変なことになってしまうので発見されたダンジョンは定期的に魔物の討伐が行われる。
その討伐は各所に配置された第2騎士団の面々、冒険者や探索者、傭兵のような荒くれ家業の者達により率先して行われる。
何せダンジョン内で魔物を倒せば魔片は必ず手に入る。
運がよければ各種素材なども手に入ることもある。
さらに運がよければダンジョン内で朽ちた者達が残した遺産が手に入る。
さらにさらに運がよければその遺産がダンジョン内で強化されることがある。
だが、ダンジョン外だとまず最大の収入源である魔片が手に入らない。
ダンジョン外で死亡した魔物はダンジョン内で死んだ時と同じようにすぐに崩れ去るが、その時に魔片以外にもたまに残す素材を残すことがない。
さらにダンジョンの外で縄張りを形成し、住み着くのでたまに餌食にされた者の遺産が手に入ることがあるが、ほとんどの場合期待できない。
ダンジョン外なので当然ダンジョンによる遺産の強化もありえない。
ダンジョン外での魔物とは害でしかないのだ。
そのためダンジョン外に出た魔物は非常に嫌われる。
誰が好き好んでこんな害にしかならないものを狩るのか。
国を超えて活動している冒険者ギルドがなければ積極的に狩られることもなかっただろうほどの酷さだ。
冒険者ギルドはダンジョン外に出た魔物を積極的に狩ることを推奨している。
しかも討伐された魔物に応じて報酬まで支払われている。
魔物の識別は専用の魔道具があるので非常に簡単だ。
これが所謂ギルドカードと呼ばれる身分証名証も兼ねている優れもの。
そんなわけで野に溢れ出た魔物は瞬く間に駆逐されるが、それでも生き残り増殖し、1大コミュニティを形成し滅ぼされた村や街は1つ2つではきかない。
溢れる前に間引きすれば野に出ることもないため、ダンジョンでの魔物の討伐は非常に大事な仕事だ。
ダンジョンはこのオーリオールにおいてもっとも不思議で、もっとも価値があり、もっとも恐ろしい場所なのだ。
そんな場所で日々戦いに身を投じているオーベント王国第2騎士団は王国の守護神として、様々な人達から尊敬と畏敬の視線を集めている。
そんな騎士団の副隊長を務める男が我らがお父様であり、あそこで兄姉と一緒に素振りをしている人物なのだ。
親馬鹿で影は薄いがすごい人なのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「よし、いいぞ、テオドール。そう、もっと踏み込みを強くしろ。そうだ。
よし、次はもっと手首を返して。そう、そうだ」
アレクの指導の声が訓練施設内に木霊する。
それ以外は屋根を叩く雨音と、テオの鋭い素振りの音だけ。
エリーは今指導を受けているテオの見学だ。見るということも大事な訓練の1つだ。
アレクの指導はさすがは副団長というべきもので、実に的確でわかりやすい。
実演を踏まえて動きを見せ、どこが違うかを的確に指摘してくれる。
現在のテオは柄の長い木刀――片手半剣を使っている。
すでに馴染むほど使用され、持った瞬間には見えるようになるほどだ。
それと同じ型の――アレクのサイズに合わせた――木刀を持ったアレクの動きをお手本にテオはゆっくりと素振りを行う。
ゆっくりとだが、空気を裂く鋭い音をさせるその振りはとても10歳の子供の剣技には見えない。
アレクの指導をスポンジが水を吸収するかのようにどんどん吸い込んでいくその様は見ていて気持ちがいい。
アレクも自慢の息子の成長が手に取るようにわかることでとても上機嫌だ。
だが熱が入りそうになる指導でも彼は終始態度を変える事はない。
真摯に、だが注意深く。
その様子は第2騎士団副団長としての威厳を保ちつつ、大事な子供が怪我をしないかはらはらしているとても複雑な2面性を持っている。
もちろん表に出ているのは前者で、後者は魔力の流れだが。
一通りテオの指導が終わると次はエリーだ。
見稽古をエリーからテオに変更し、エリーの指導も行う。
エリーの獲物は篭手と足に装着した脛まであるグリーヴ。
先ほどまでテオが使っていた獲物とはまったく違う傾向の武器だ。
だがそんな畑違いも甚だしい武器をアレクは何の問題もなく使いこなしている。
同じ装備をつけたアレクによる実演指導が始まり、真剣な表情でその光景を見つめるエリー。
流麗な動きで滑るように繰り出される拳打は舞という表現がふさわしいものだ。
打つ、蹴る、掴む、投げる、極める。
対人用、あるいは比較的、的の小さい魔物に対して用いられる攻撃法をまとめた型を一通り見せ、エリーも同様の型を舞っていく。
テオ同様に細かい指導を繰り返し、テオ以上の飲み込みと上達速度を見せるエリーはやはり凄まじい才能の塊のようだ。
そんな驚異的なエリーの姿を見るテオの表情は真剣だ。魔力の流れはとても嬉しそうだけど。
彼もエリーに負けない飲み込みを感じさせるが、才能という点においてはエリーに1歩及ばないかもしれない。
それだけエリーの上達速度は異常の一言だ。
8歳とは思えない鋭い拳打。
完璧に制御された肉体が常人には成しえない動きを可能にしている。
テオの時にも思ったことだが、とてもじゃないが本格的な訓練を始めてまだ1年程度の動きではない。
そんな2人を的確に指導しているアレクも相当なものだが、彼にはまだまだ余裕がある。
現役でダンジョンで強敵を相手にしているのだから当然と言えば当然だ。
そしてそれは父の威厳という最高の栄誉も同時に手に入れることができるものだ。
アレクの指導を真剣な表情で聞く2人からは尊敬の眼差しが常に注がれている。
普段影が薄い彼だが、兄姉からの尊敬は間違いなく勝ち取っているのだ。
ちなみに自分からの尊敬は微妙なところである。
すごいとは思うが、それ以上の存在が身近にいすぎているのが問題なのだろうか。
その存在は現在もデフォルメされた3人を操って凄まじい攻防を繰り広げている。
先ほどまでアレク人形対テオ人形とエリー人形だったのだが、いつの間にかエリーが裏切りテオが劣勢だ。
だが劣勢を悟ったテオ人形が口元をニヤリと歪めると手にした剣を掲げる。
そして現れるは異形の怪物たち。
妙にデフォルメされて非常に可愛いのはご愛嬌だ。
「……テオはダンジョンか何かなのか?」
【どうなんでしょう……この場合、魔王?】
「魔王か……テオは可哀想だな……」
オーリオールに魔王という存在はいない。
魔物を生み出すのはダンジョンだが、それを統率するわけではない。
溢れるとダンジョン外に出ると言ったが、極稀に溢れなくても外に出る場合がある。
魔物は魔物の意思を持って活動しているのだ。
自分の意思で外に出る魔物は非常に賢いが、それが魔王的な存在になることはない。
大抵の場合1匹狼であり、数の暴力によりすぐに駆逐される。
稀に逃げ延び、森の奥深くや火口など人の手が入りづらい場所に生息することがあるが、やはり魔王というほどのものではない。せいぜいが強大な魔物程度である。
ただ創作物には魔王というものは存在している。
何度も討たれるために出てくる可哀想な彼らを読み聞かせられたものだ。
そういう意味合いでなら魔王は存在する。
必ず討たれるという意味で。
アレク人形を押しつぶした可愛い異形たちだったが、覚醒したエリー人形の目からビームで一瞬で打ち滅ぼされてしまった。
とどめの一撃は脇腹への裡門頂肘。
見事に決まった一撃で色々とアレなものを撒き散らして魔王テオ人形は捨て台詞を残して消滅した。
【クティ……。テオはそんなこといわないよ……】
「『そんなに股開くと見えちゃうぞ』って……おまえの作ったエリーの着ていた服はズボンだったろうが」
「てへぺろ」
いつの間にかドレスに着替えたエリー人形が舞う中で一緒になって舌を可愛く出したお妖精さまがいつまでもくるくる回っていた。
リリーたちがいる世界――オーリオールでの魔王は大抵は物語上の架空の存在です。
実在した魔王を知る人物は数少なく、ほとんど機密に近いものです。
アンネーラお婆様がリリーに会った時に言った魔王と勇者とはその機密に当たる本物のの存在の事なのです。
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