外伝16,少しだけ昔のお話です。
本編にまだ出てきていないような、世界設定が出てきます。
幼い少女の視点なので頭を空っぽにすることをお奨めします。
紳士な方達はとても紳士なのです。
そうでない方達はそうでない方達なのです。
まだ私が幼かった頃、クリストフ家は小規模貴族の家でした。
小規模貴族とはいっても代々古くから継がれて来た由緒正しき貴族の家柄ではありました。
そんなクリストフ家に生を受け、私は何不自由なく育ちました。
家庭教師として大好きな従兄のハフネックお兄様が就いて下さいましたし、お父様もお母様もとても優しく、噂に聞く強欲な貴族達とはまったく違いました。
お父様とお母様はクリストフ家が運営するたくさんの孤児院のことで毎日忙しそうにしています。
ですが私に惜しみない愛情を毎日注いでくださいますし、本当の兄のようにとてもとても優しいハフネックお兄様もいらっしゃいますので毎日がとても幸せなものでした。
そんなある日、幸せというものは簡単に壊されるということを学びました。
元々クリストフ家は小規模貴族です。
代々継がれて来た由緒正しき貴族であってもお金がなければ立ち行きません。
特にクリストフ家は孤児院をたくさん運営しているのでお金は必要なのです。
毎年王国からの助成金と貴族へ割り振られる給金でなんとかやってきてはいたのですが、どうやら助成金が今年から大幅に減額されるということでした。
忙しかったお父様とお母様はなんとか孤児院を維持しようと金策に励みましたが、結果は芳しくありませんでした。
ハフネックお兄様もお勤めになっている騎士団から働きかけていましたが、こちらも結果はよくありませんでした。
お父様とお母様、ハフネックお兄様は決してこの減額の本当の理由を仰ってくださいませんでした。
まだ私が小さな子供だったから、という理由もありますが他にも大きな理由がありました。
私は他の子供とは大きく違っていた部分があるからです。
でも……そんな私だからこそ、みんなのお手伝いが出来ることがあるのです。
それに……私は減額の本当の理由を知っていたのでその理由を利用することを思いついていたのです。
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知ってしまったのは偶然で、お喋りなメイド達が話しているのを聞いてしまったのです。
クリストフ家にある、王国首都内に唯一存在する大迷宮が封じられて早幾年、その維持のために出されていた大金が不必要として断じられたのが理由です。
その維持費は確かに維持費としては使われてはいませんでした。
ですが、たくさんの孤児院を運営するための資金として使われていたのです。
上への計上もきちんと行われていたのは後に知ることになりますが、きちんと報告していようとしていまいと糾弾した方達には関係なかったようです。
それにその当時の私にはあまり関係ありませんでしたから。もう起こってしまったことですし。
逆転の秘策もあったことですし、特に気にすることもなかったのです。
迷宮には必ず最奥に巨大な魔片――魔石が存在します。
その魔石は迷宮が大きくなればなるほど、巨大になり、質が向上し、大金を生みます。
ほんの少しだけの蔵書量ではありますが、クリストフ家には書庫がありますのでそこで読んた本の中に書いてありました。
私はハフネックお兄様にもお墨付きを頂いた、他の子供とは少々違う部分でもってこの封じられた迷宮を攻略し、魔石を手に入れることを思いついたのです。
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封じられているだけあって迷宮の入り口は完全に閉ざされていました。
でも私には関係ありません。
クリストフ家がなぜ代々この迷宮の監視者として存在し、他の誰かに代わることがなかったのかはその封じられた手法が原因です。
800年ほど前に封じられたこの迷宮はクリストフ家の血を媒介とした封印手段が取られているそうです。
ですので、クリストフ家の純血統である私はこの封印を解除できるのです。
800年も封印されていた為、魔物が溢れることもなくその為にもう監視者は必要ではないとして助成金が打ち切られたわけですが、そのことはもう私の頭から消えていました。
あるのは迷宮を攻略し、魔石を手に入れてお金を作ること。
子供の浅知恵以下の後先考えない考えです。
ですが、私は800年の封印をいとも容易く解いてしまいました。
幸いなのかどうかはわかりませんが、糾弾者達の言うように魔物が溢れてくるようなことはありませんでした。
少ない書物とお喋りなメイドや使用人達に密かに教えてもらっていた探索者の必需品なども事前に準備は完了していたのでさっそく迷宮に潜ってみることにしました。
これほどまでに簡単に準備が出来たのもお父様やお母様やハフネックお兄様が金策に忙しくしておられたのが原因です。
緊急事態ですので仕方ありません。
構ってあげられないことを何度も謝られておりましたし、私としても準備がしやすかったので問題ありません。
あ、もちろん私が入った後再封印はしました。内側でも封印できるようでしたので。
魔物が溢れてクリストフ家が大変なことになったら嫌ですから。
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私はまだ子供ですが、こう見えてもハフネックお兄様から護身術を習っているのです。
ちょっとやそっとの魔物程度では怯みませんし、対処もできます。
ハフネックお兄様からちゃんと男の方が強引にお誘いしてきた時の対処法や、誘拐されそうになったときには大きな声を上げる事とか色々教わっているのです。
ですので私に怖いものなどないのです。
迷宮は800年も放置されていたのに中は埃も積もっておらず、灯りも灯っていました。
そのまま通路を進むと少し大きな部屋があり、その中には毛むくじゃらの私の身長の5倍はありそうな大きな方がいらっしゃいました。
天井に頭がつきそうで動きづらそうです。
手も4本ありましたので、きっとお料理が楽そうです。
いつも厨房のフリーダのところに遊びに行くと忙しそうにしている時に手がもっとあったらいいのにって言っていましたから。
毛むくじゃらの方は私を見つけると目を輝かせて走ってきました。
800年も誰にも会えなかったのですから仕方ないでしょうけど、紳士の嗜みを忘れてはいけません。
まずは一礼して名乗り、更に一礼。
肩を揺らさず、背を伸ばして瞳はまっすぐに。
優雅にゆっくりと歩みは一定に。
小首を傾げて人差し指を顎にちょこん、と当ててハフネックお兄様に教えていただいたことを思い出しましたが、毛むくじゃらの方はそのような嗜みは無視してしまわれるワイルドな方のようです。
残念です。それではハフネックお兄様に教わった対処法をしなければいけません。
大きく振られた反動で急激に迫ってくる――私の体ほどもある――大きな2つの拳にそっと手を添えて軌道をずらします。
この時に力の流れに逆らわないように、スカートの裾が翻らないようにするのがポイントです。
毛むくじゃらの方が思い描いた軌道とは違った方向に拳が誘導されてしまったため、バランスを少し崩しました。
でも倒れません。良い体幹をしていらっしゃるようです。
鍛えている盛り上がった筋肉はとても美しいと思います。
ですが、足は2本しかないのです。バランスを崩した状態で足を払われれば尻餅をついてしまうのは道理なのです。
軽く優雅にスカートを摘み、毛むくじゃらの方の踵を少しだけ蹴って差し上げると案の定尻餅をつきました。
巨体に似合った大きな音がして少し土煙が舞い上がりました。
その土煙が晴れないうちにハフネックお兄様の言いつけどおりに頚椎をへし折りました。
ちょっと力を入れて首を曲げてあげるだけの簡単なお仕事です。
ハフネックお兄様には決して人種相手に使ってはいけない力だと厳命されていましたが、この方は人種にはどうみても見えませんでしたし構いませんよね。
光の粒子となって消えた毛むくじゃらの方の後には大きな魔片が残りました。
ですが私が欲しいのは魔片ではありません。あくまでも魔石でなければいけません。
魔片は放置しておくと迷宮に吸収されてしまいますので、叩き潰しておくことにしました。
小さな音を立てて粉々に砕け散った魔片はとても綺麗です。
なぜか私の体に少しだけ力がわいてくる不思議な感覚がありましたが、先を急がなければいけませんので無視させていただきました。
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迷宮は800年封じられていただけあって、とてもとても深いところでした。
100階を過ぎた辺りで数えるのをやめてしまったのですが、階層を移動するごとに待っていてくださる方達はどんどん紳士な方達が増えていきます。
やはり紳士な方ですととても楽です。
まずは一礼して名乗り、優雅に、ですが相手を引き立てるように軽く目を瞑って一礼をします。
次の瞬間には紳士達は掻き消えるようにその場を離れてしまうのですが、私に近づく前に全て首が曲がってはいけない方向に移動してしまいますので、あまり関係ありません。
魔術を見たこともない速さで見せていただける時もありますが、やはり首や手や足や胴が曲がってしまうのであまり意味がありません。
あ、もちろん私が曲げています。決して人種には使ってはいけないのですよ?
迷宮内での食事は魔物が残してくださる素材と呼ばれる食料となる物を食べます。
見た目は悪いのですが、これがとても美味しいのです。
ですので食料に困ることはありません。
たまに火の魔道具で炙っているお肉の匂いに釣られて紳士ではない方達が集まってきてくださいますが、食料が増えるだけです。
もう少し慎みと謙虚さを持ったほうがよろしいかと思います。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
もう何日目になるかわかりませんが、一際大きい扉にたどり着きました。
一定階層毎にこのような扉はありましたが、中にいらっしゃる方はとても元気な方達です。
すぐに元気ではなくなってしまうのが残念ですが、私も急いでいますので仕方ありません。
今目の前にある扉は今まで開けてきた扉よりも遥かに大きなものです。
ですが私は書物にあったようにこれまで通りのやり方で開けるのです。
だってとってに手が届きませんもの。
とても大きな音と共に壁ごと外れた扉が拉げたまま中に飛んでいきます。
中にいらっしゃる元気な方達は皆様とても面白そうなお顔をなさったあと紳士になって名乗ってくれます。
今回も例に漏れず名乗ってくださった紳士な方は、とてもとても大きな方でした。
書物にあった竜と呼ばれる方だと思います。
ご本人もそう仰っていましたので。
原初の神竜、と。
竜の方と少しお話しましたら、どうやらここが最奥だとわかりました。
ここまで来た目的をお話して魔石を譲っていただけないかお願いしてみましたが、竜の方はしばらく大きな声で笑った後、他の紳士な方達と同様の行動を取りました。
少しスカートの裾が破けてしまったのがとても悲しいですが、竜の方の両手足と長大な尾、6枚の羽を全て潰して差し上げましたところ、元気がなくなってしまいました。
竜の方は最後にただ一言世界は広い、とだけ私にはよくわからないことを仰っていましたが、魔石を譲ってくださいました。
私は動かなくなった竜の方に謝辞を述べ、心込めて一礼したあとその場を後にしました。
屋敷に戻った時には、お父様達にとても叱られましたが魔石を見せるともっと叱られてしまいました。
でもその後で優しく抱きしめられました。
私の小さな冒険はこれで幕を閉じました。
私が迷宮から出た瞬間に消滅してしまったクリストフ家の迷宮跡地を視察しにきた騎士団の方達が数日間は慌しく敷地内を検分していました。
検分が終わってすぐにクリストフ家は貴族でもとても位の高いなんとかという地位を賜りました。
まだハフネックお兄様に習っていないところだったので、私には少し難しかったのです。
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高い地位を得たクリストフ家は財政難から抜け出すことが出来ました。
運営していた孤児院も数を増やしています。
私はというと、迷宮に潜るのがとても好きになりました。
魔片を砕くと力が少しずつ漲るのがとても楽しいのです。あの魔石のような大きな魔片を砕いたら、どのくらい楽しいのでしょう。
とてもわくわくしてしまいます。
残念なことに私が最初に攻略したクリストフ家の大迷宮については内緒にすることになってしまいましたが、お父様達の言いつけなのできちんと守らなければいけないのです。
今日も私は迷宮に潜ります。
私、アンネーラ・ラ・クリストフの冒険はまだまだ終わらないのです。
本当に少しだけ昔のお話なのですよ?
紳士な方達は基本的に紳士なんです。
それ以外の方達は紳士じゃないんです。
ハフネックお兄様から習っている護身術には頚椎を一撃でへし折ったり、手や足を二度と回復できないレベルで粉砕したりする技術がありますが無害です。
超高速で行使される魔術への対抗手段などで魔術自体を力技で消滅させる方法や、やはり詠唱が終わる前に口を封じる方法など様々なものがありますが無害です。
原初の神竜は非常に紳士な方ですが――無害です。
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