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濁った瞳のリリアンヌ  作者: 天界
第一部 第6章 3年目 中編 2歳
121/250

108,private


 このオーリオールと呼ばれる異世界で2度目の人生を開始してから早2年と半年以上が経とうとしている。

 自分の周りには常に誰かいる。

 それはまだ幼児という名に相応しい体であり、さらには濁った瞳という病のせいでもある。

 体は多少平均よりは遅いとしても順調に成長しているので、こっちの方の問題の解決には時間をかけるだけで十分だ。

 だが濁った瞳の治療法はオーリオールにはなく、不治の病とされている。世界の隣の森という異世界の中の異世界に住む妖精族であるクティやサニー先生ですらこの病の治療法は知らない。


 そんな幼児で視覚障害を持つ者を放っておく様な者は我が家にはいない。

 クリストフ家は前代未聞のお金持ちであり、自分には専属メイドが4人もいる。

 白結晶騎士団という自分専用の騎士団すら存在するほどだ。


 そして乳母のエナは母親であるクレアよりも子煩悩であり、過保護の極みといっても過言じゃない。

 祖母であるアンネーラお婆様はエナほどではないけれど、自分のすぐ傍に常にいてくれる。


 皆が皆優しい笑顔と暖かい本当に暖かい想いを向けてくれる中で過ごしてきた。

 最近ではレキ君という可愛いペットも出来た。



 不満などあるはずがない……なんてことはない。



 どんなに暖かい優しい空間であっても、必ずそこには何かしらの不満を抱くのが人間の性というものだろう。



 そう……。自分は不満を抱いている……いや、いた。



 賢明なる諸君らはプライベート空間という言葉をご存知だろうか?

 それは誰にも邪魔されることなく自由を満喫できる空間であり、一時の安らぎさえ得られる場所だろう。


 ある人はそれを追い求め、ある人は最後の最後まで手に入れることができなかった。


 だが、自分は知っている。

 意外と身近にその恋焦がれるプライベート空間というものは存在していることを。



「リリー、終わったらちゃんと大きな声で言うのよ?」


「はぁ~い」


「寂しくなったらすぐに言うのよ? すぐそこにいるからね?」


「だいじょぶ~」


「や、やっぱりまだ早いんじゃないでしょうか、アンネーラ様……」


「エリアーナさん。リリーちゃんも1人で出来ると何度も言っていますし、ドアを開けたままでなら何度もしてきたじゃない」


「そ、そうですけど……。ドアを開けたままでもいいんじゃないでしょうか?」


「リリーちゃんが出来るというのですから、任せてみましょう?」


「……リリー……。怖くなったらすぐに言うのよ?」


「だいじょぶだよぉ~」


「さぁさぁエリアーナさん。いつまでも居たらリリーちゃんが出来ないわ」


「は、はい……」



 エナがそれはそれは名残惜しそうにドアを閉める。

 パタンという小さな音共に、自分は今誰も居ない完全な個室を手に入れたのだ。


 そして弛緩するように体の力を抜き、ちょっと溜まっていたものを放出する。


 音はしない。

 匂いもしない。


 漂っているのは柑橘系の爽やかな香りだけ。



 足をぷらぷらさせつつも最後の一滴まで出し切ると横にある魔道具を起動させる。


 『前』『弱』『起動』。


 何度も練習したその動作は淀みなく一瞬で実行される。

 次の瞬間には敏感なところに弱めの力で温めのお湯が噴出され、すぐに綺麗になった。


 『温風』『中』『起動』。


 続け様に起動させた魔道具で濡れた部分をすぐに乾燥させる。



「はふぅ……」



 懐かしいこの感じ。

 生前の世界でも何度もお世話になったことがある。



 そう……これはウォシュレット。

 お湯で洗浄して温風で乾かしてくれるというトイレットペーパーいらずのナイスガイだ。

 しかもオマルにも使っていた魔道具を使っているので、排水時の音も匂いも気にならない。

 ウォシュレットに温風乾燥付きの物を見たことがなかったけど、大をして乾燥させたら匂いが飛んでくるからじゃないだろうか。対策があるのかどうか知らないけど。


 だがこの消臭効果付きの魔道具があればそんなものは気にする必要すらないのだ。

 がっつり温風でお湯を乾燥させることができる。

 素敵過ぎるぜ、ナイスガイ!



 だがそれだけではないのだ。ないのだよ!


 扉を閉めてしまえばここは自分だけしかいない。

 いつも常に傍に居るエナやお婆様ですら、存在できないプライベート空間。

 クティも遠慮してくれている。

 当然常識人のサニー先生は言わずもがなだ。


 オマルで未知の性癖を開花寸前まで行ってしまったクティだが、なんとか踏みとどまって一線を越えることはなかった。本当によかった。



 トイレという個室は完全に密閉されたプライベート空間であり、己の羞恥を曝け出す場所だ。

 ちょっと前までオマルで用を足していたヤツが何言ってんだと想うだろうが、それはソレ。


 今現在は何度も何度も練習という名の外堀を埋める作業を費やし、その成果が実った段階だ。

 努力が報われたのだ。嬉しくないわけがない。



 そして誰にだって1人になりたいときはあるだろう?

 まぁ自分の場合は基部領域に行けばいいんだけど、それはやっぱりソレなわけだよ。


 ついに手に入れることができた1人になれる場所。

 例えそれが下の場所だったとしても何も問題ない。


 何度でも言おう。香るのは柑橘系の爽やかな香り。

 アンモニア臭もせず、顔を背けるようなあの匂いもしない。


 ここはトイレというには広いし、素晴らしく爽やかな空間なのだ。

 ビバ、クリストフ家のトイレ。



「リリー、そろそろ終わったかしら?」



 控えめなノックと共にかけられる声はハラハラ感が否めない。

 やっと手に入れたプライベート空間といっても別に熱望していたわけでもない。

 ちょっとだけ浸ってみただけなのですぐにお返事を返すとエナがドアを開けて入ってくる。

 諸々の事情で鍵はかけていないのだ。


 短いプライベートな時間だったけど、ちょっと楽しかったのでよしとしよう。


 ふわふわのアレで念の為拭いて貰い、カボチャなおぱんつを引き上げる。

 手も洗い、温風の魔道具で乾かしてからふわふわのタオルで拭いてもらう。もちろんおまたを拭いて貰ったふわふわのアレとは違うものだ。


 今日はカボチャに刺繍されているのはサルバルア種を模した可愛い狼だ。レキ君をイメージしているんだろうか。


 動きやすいゆったりめのワンピースですぐにレキ君モドキは見えなくなってしまったけど、このワンピースもふんわりしていて着心地はすごくいい。



 まぁ着心地の悪い服なんて一切なかったけどね。

 せいぜい最初の頃のドレスが少々窮屈な程度だったかな。サイズが合わないんじゃなくて着慣れていなかったってだけだけどね。



「はい、よく出来ました。リリー、偉いわ」


「あい!」


「ふふ……。リリーちゃんはもうオマルも卒業しちゃうのねぇ……。本当におりこうさんねぇ」



 お婆様に撫で撫でしてもらい手を繋いですぐ隣のレキ君ルームへ歩いていく。

 レキ君と遊んでいて催したので、ついでだからと外堀の埋まり具合を確認してみたのだ。



 結果は物の見事なほどのオマル卒業という輝かしい称号。


 順調に成長している自分が少し誇らしい。

 1人でというにはまだちょっと足りないけど、ウォシュレットのおかげで単独でトイレをすることも出来るのだ。



「リリ~、どうだった~」


【ばっちりだよ!】


「さっすが~。リリーもこれで大人の仲間入りだねぇ~。くぅぅー! 成長が眩しいぜぇ!」


【えへへ~。ウォシュレットのおかげだねー】


「こびりついた汚物をお湯で洗浄せねば、カシオの葉が何枚あっても足りんからな」



 すいすいーっと空中を滑ってくるクティが頭の上の着地すると、その後をゆっくり飛んできたサニー先生が補足する。

 カシオの葉とはトイレットペーパー代わりになっているふわふわの葉っぱだ。

 紙が貴重なこの世界ではトイレットペーパーなんて当然存在しない。でも代わりの物は当然あるのだ。


 このカシオの葉はふわふわでとても肌に優しく、消臭効果もあるという優れ物だ。

 その上どこにでも生えるタイプの植物で手軽に入手できることから貧富の差なく誰もが使っているものだ。


 ちなみにウォシュレットは魔道具で結構お高めの物らしいのでお金がある人しか使っていない。

 下水道は小さな村でも割とポピュラーなそうなので設置するだけなら出来るが維持が難しいのだ。

 なんせ回数制限のある魔道具だから。



 とにもかくにもオマルを無事卒業できた今日、自分は晴れて赤ちゃんを卒業できたと胸を張って言えるだろう。



 自分は赤ちゃんではない!

 幼女である!



 と、あまり代わり映えしないような気がするがきっと気のせいな……そんな春の麗らかな日の出来事だった。




ひとりでできるもん!


無事? 赤ちゃん卒業です。

これからは立派な幼女です。

トイレを多少他人の手を借りても、ひとりで出来るようになったら卒業なのです。

オマルではまだまだだめなのです。


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