103,bigotry
自分の家の敷地内だというのに歩くこと10リンちょっと。
季節は長い春なので暖かい日差しは日傘が必要ないくらいの柔らかさだ。でもやっぱり日傘はしているらしい。
今日1日離れないことを条件としたからか、まだ工房についてすらいない段階でもずっと自分を抱っこしたままのエナにはジェニーが日傘を差し、お婆様にはラクリアが差している。
エリーは自分で日傘を持っているようだが、男性陣2名は差していない。
この辺は生前の世界でも男性が日傘を差しているのをあまりみたことないので違和感はない。
まぁエナが自分を抱っこしているので視界が高いためエリーは日傘に隠れて見えないけど。日傘ももちろん魔力がないので見えない。見えたらきっとフリフリの可愛い日傘だろう。
ちなみに今着ている服は見学用に誂えられた各種にレースがふんだんに使われた純白のゴシックロリータなドレスだ。
色はエナがやっぱり、リリーには白が似合うわぁ、と納得したように言っていたからだが、お婆様やエリーからもいつも通りお褒めの言葉を頂いている。
テオはいつも通りに一時停止して再起動した時には甘い言葉をいっぱい吐き出していたのでエリーがいつも通りに一撃を入れていた。
クティも魔力で描いた日傘を差し、燦燦と照りつける太陽が憤怒の形相をしている。
太陽からはとげとげが幾本も伸び、筋肉が盛り上がった足が4本ついて太陽の周りを回っている。
しかもその足には網タイツががががが。
なんだろう……。あれがクティの太陽像なのだろうか。
どこからどうみてもあの太陽は変態だ。
日傘で降り注ぐ放射線やら太陽フレアやらから身を守りつつ、まるで巨大な何かに挑戦している挑戦者の顔したクティが太陽の下に描かれたゴールテープに向かって進んでいく。
そのゴールテープのちょうど下には高そうなローブを着込んだ4人の男性が並んで直立不動の体勢を維持している。
普通に話しても声が届くほどの距離まで近寄ると4人は一斉に両手を45度の角度で曲げ、体の前で重ねて頭を垂れる。
まるで生前の4千年の歴史のお国の挨拶みたいな感じだ。
「ようこそいらっしゃいました」
「楽にしてくれて構いません。それよりエリオット殿はまたですか?」
「はい……。確かにお伝えしたのですが……。申し訳ありません……」
「いえ、いいんです。あの方がそういう方だというのはわかっていますから。あなた達に責任はありません。
むしろ今日はよろしく頼みます」
「ありがたきお言葉。
では今日は予定通りにお坊ちゃまとお嬢様方にわかりやすい説明と実演をお見せする、ということでよろしいでしょうか」
「えぇ、忙しいところ申し訳ないけどお願いね」
「とんでもない。我らはクリストフ家に仕える魔道具職人です。主のご子息ご息女に我らの腕をお見せできるのは大変喜ばしいことです。
魔術の素養は遺伝しませんが、素晴らしい魔道具を作り出すために必要なセンスはクレアティル様のお子であるお3人様ならば必ずや遺伝していると確信しております」
「将来どうなるかはわからないけれど、魔道具を実際に作っている工房を見学するのは良い経験になるはずよ」
工房前で待っていた4人のうち1人が代表で今回の工房見学のまとめ役であるエナに挨拶などをする。
やはりクリストフ家お抱えの魔道具職人なのでこちらは雇い主の家族で、あちらは従業員といった腰の低さだ。
それでも自分達の腕に自信を持っているのは十分に伺える。
この4人で全員ではないようだけど、別に見学するだけなら全員が出てこなくても問題はないだろう。
職人は変わり者が多いというのが定番だし、例え雇い主の家族が見学に来てもいても自分の作業に没頭しているとかありそうだ。
ゴールテープを切り太陽を地面に叩き落したクティが次に描いたのは偏屈そうな老人が水晶に手を翳して爆発させて、残り少なくなった髪を小さくアフロにしているコミカルなものだった。
アフロ老人が2度目の爆発を繰り出した時だった。
バタン、と扉を蹴破るかのように開いた音が聞こえ、神経質そうなメガネの男性が姿を現した。
神経質そうな顔の横には特徴的な先の尖った長い耳が見える。エルフではなく長耳族だ。
そういえば長耳族は初めて見たかもしれない。
使用人にはいなかったが、オーベントにもたくさん住んでいるそうなので偶々だろうか。
「え、エリオットさん!? 今エリアーナ様方が来ているんですよ!?」
「そんなことは知っている。それがどう……し……」
代表してエナに挨拶を交わしていた職人が出てきた男――エリオットにかなりきつい口調で注意しているが、当の本人はうざそうに一瞥したかと思うと、こちらを見て言葉が続かなくなってしまった。
一体どうしたのかと全員の視線が集中している中で、エリオットの目が驚愕に見開いたかと思うとその瞳には不思議な魔力の流れが見えた。
それは今まで見たことのない流れで、一部が術式のようであり、だが決してそれは術式ではなかった。
似ているが決して相容れることはない、そんな確固たる確信がその流れを見た瞬間にはっきりとわかり……エリオットがぼそり、と一言小さく呟いた。
「なんという色だ……」
「え、エリオットさん……? また何か見えたんですか?」
「何が見えたのかしら?」
「アンネーラ様、エリオット殿は魔眼持ちでいらっしゃいます」
「あらあら、そうなの」
エリオットの小さな呟きにお婆様が不思議そうに尋ねるとエナがすぐさまその答えを返す。
なるほど。あの奇妙な流れは魔眼だからなのか。
自分の魔眼は自分では見れないので魔眼を見たのはこれが初めてだ。
でも魔眼といっても色々ある。エリオットの魔眼は一体どういう魔眼なのだろうか。
「エリオットさんの魔眼は人の色を見ることができるんですよ。
それで得意な魔術がわかるんですよ。でも魔術の素養がなくても見えてしまうので……」
「では何色が見えたのでしょう?」
未だ呆然としているエリオットに再びその場の全員の視線が集まるが彼は答えない。いや茫然自失といった感じなので答えられないのだろう。
「なんという美しさだ。全てを塗りつぶしてしまいかねないほどの純白。だが全てを透かし全てを包み込んでしまうかのような透明度。
これほどの美しさを私は見たことはない……」
集まった視線に答えたようには見えないが期せずしてお婆様の質問の回答がまた呟くような小声で、打ち震えるように掠れながらも紡がれる。
だがそこで呟きは終わらず今度は聞こえないほどの小声でぶつぶつといい始めたかと思うと、その場で忙しなく、ぐるぐると歩き始めてしまう。
そのエリオットを見た魔道具職人の4人は驚愕の表情をしている。一体何なのだろうか。
誰か説明をお願いしたい。
「マスケリオル、エリオット殿はどうしたのですか?」
「え、エリアーナ様しばし! しばしお待ちを!」
驚愕から必死の形相に変わったマスケリオルと呼ばれた代表の職人は大げさな手振りでエナを遮り、自身も期待と不安の入り混じった複雑な表情でぶつぶつ呟いて歩き回るエリオットを見つめる。
「純白! 包み込むように白く! 輝く! そうか、白銀を薄く使えば……!
マスケリオル! いくぞ!」
「はい!」
未だ全員の視線を集めているエリオットが突然立ち止まり、目をカッと見開いたかと思うと突然叫び声をあげる。
あげた叫び声の勢いそのままに蹴破りそうな勢いで開いたドアらしきところへと猛然と駆けて行ってしまった。
案内役をするはずのマスケリオルも一緒に。
【職人って変わった人が多いって本当なんだね】
「エナがポカーン、としてるのなんて久しぶりにみたね~」
「アンネーラと我々以外は全員が、というのが正しいがな」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
嵐のようにやってきて嵐のようにして案内役の代表を連れ去っていってしまったエリオットはクリストフ家の抱える魔道具職人の中でも1番腕の立つ人物らしい。
魔術の腕もクレアと同等の第2級であり、国に召し抱えられるのを嫌がり3度の飯より魔道具が大好きな彼は潤沢な資金と自由な魔道具製作が行えるクリストフ家を頼った。
彼自身クリストフ家ほどとは行かないまでもそれなりに裕福ではあったが、彼は魔道具製作以外に関してはダメ人間だった。
だが自身のダメ人間ぶりをよく理解しているのは彼自身であったため、自由に魔道具製作だけができるクリストフ家に仕えることにしたのだ。
基本的に魔道具職人達は高給取りだが、そのためには製作した魔道具を売らなければいけない。
販売ルートは魔道具職人の互助組織などを通じて委託販売できるが、それすらもダメ人間のエリオットは面倒くさがった。
結果的に一生遊んで暮らせるだけの才能を持っていながら、普通の魔術師以下の生活を余儀なくされかけたことから彼には珍しく行動に移したのだった。
クリストフ家との契約は基本的に依頼する魔道具を作成するだけ。
それ以外は全て自由であり、身の回りの世話は使用人が行ってくれる。
まさにエリオットにとって天国と言える生活がそこにあった。
「――というのがエリオット殿なのよ……」
「まぁ職人は難物が多いものだ。まだ案内人は3人残っているのだし、別に構わんだろう」
「ローの言う通りね。見学するだけなのですし、特に問題ありませんわ」
「そうだよ、早く魔道具作りを見てみたいよ、エナ!」
「リリーも早くみたいよね~」
「みたぁ~い」
「そうね……。エリオット殿のことは置いておきましょう。
ではアガット。案内をお願いできるかしら」
「は、はい! で、ではマスケリオルに代わりましてわたくしアガットが案内役をさせていただきます!」
エリオットと一緒に引っ込んでしまったマスケリオルの次にこの工房で偉い人がアガットなのだろう。
いきなり大役が回ってきてガチガチになってしまった可哀想な人だったけど、やっと魔道具工房見学が始まった。
職人っていうのはマイペースな人が多いという典型ですね。
雇い主の家族の見学でもそれを放り出して研究にいってしまうのがクリストフ家のお抱え魔道具職人だったりします。
彼らは皆3度の飯より魔道具を作るのが好きなんです。
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