101,saddle
クリストフ家の魔道具工房の見学が翌日に迫った日のこと。
エナは今日も忙しそうに騎士団や使用人達に指示を出し最終確認を行っている。
とはいっても今も自分の傍にいてずっと現地にいるというわけではない。工房見学の安全確認は優先事項ではあるが、それはソレらしい。
「エナは本当に過保護というか……テオやエリーにはそれほどでもないのにリリーにはなぜか酷いな」
「リリーが可愛いのはわかるけど、束縛はいけないなー。私はリリーは自由に生きるべきだと思うんだよ!」
【まぁ確かに少し煩わしいと思うこともあるけど……私のことを心配してくれているわけだから……】
「まぁ本人がそういうのであれば私は構わないが……」
「リリーは優しいからなー。でもあんまり酷くなりすぎるようならこうだよこう!」
ちっこいさまが右手の人差し指をピンと高く掲げると背後の魔力が蠢き瞬時にレキ君を形作り……爆発した。
「……おまえ……」
「……わふ……」
【……クティ……それはだめだよ……】
「てへぺろ」
爆発四散した魔力製のレキ君は四肢の先だけが残ってちょっと何か噴出すという生々しい描写まで残している。さすがクティというべきか非常にリアルに描かれている。
これにはさすがのレキ君も情けない声をあげて縮こまってしまった。
爆発させた当の本人さまは自身の頭をこつん、と叩いて舌を出して小さくウインクして非常に可愛らしい。
なので許す。例え魔力のレキ君とはいえ爆発四散させてもクティなら許すしかない。
【許すよ、クティ! 可愛すぎるよ、クティ!】
「リリーこそ可愛いよ! 最高だよ、リリー!」
「……バカップルめっ」
「……わふぅん」
レキ君のお腹の上をごろごろ転げ回りつつ、クティを掲げて楽しい時間を過ごした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「そこを締めて完成よ」
「はい、エリアーナ様。これでよろしいですか?」
「えぇと……。そうね。馬とは少し違うみたいだけど、問題ないみたいね。
今度のは以前のような失敗をしないために可変型にしたのだから大丈夫のはずよ。
……急激な成長でも起こらない限りは……」
「エリアーナさん、終わったかしら?」
「あ、はい、アンネーラ様。無事終わりました」
「それはよかったわぁ。さぁリリーちゃん」
「はぁい」
最近また少し大きくなって大型の4足獣の成体クラスよりも大きくなっているレキ君には今、鞍がつけられている。
そう、鞍だ。
以前の鞍はレキ君の急激な成長の前に敗北を喫し、その後鞍が完成するごとにレキ君はそれを嘲笑うかのように勝利し続けた。
何度目になるかわからない職人達の挑戦により完成したこの鞍は、レキ君の成長に合わせてある程度形を変えることが出来る可変型。
職人達の意地と根性により完成した逸品だ。
「れきくん、『ふせ』」
「わぅ」
レキ君が自分の命令により瞬時に伏せの体勢を取るが、装着された鞍は特に邪魔はしていない。
レキ君の素早い動作にも完全に対応している。作った職人達の腕の程が伺えるという物だ。
ちなみにレキ君に装着されている鞍は装着が済んだあとにしばらくしてから見えるようになった。服と同系統なのだろうか。
だが装着から見えるようになるまでに大分時間がかかったことから服とはちょっと違うのだろう。
たぶんレキ君にとってあれは鎧。騎士団の人達が鎧をつけるときもあんな感じになるのだろうか。今度つけるところを見てみたい。
「はい、リリー」
「ありあとーえにゃー」
エナに軽々と持ち上げられてレキ君の鞍に乗せてもらう。
最近の滑舌の成長具合はレキ君の成長速度並にすごいと思う。もう一部の発音以外は割と完璧に言えたりするほどだ。
やはり実際に喋ることが重要なのだと思う。
まぁそれでもまだまだなところもある。
ちょっと可愛い幼児らしい感じになってしまうのは仕方ないというものだ。
実際周りの皆が黄色い歓声をあげてしまうくらい可愛いらしいのも仕方ないだろう。うん。仕方ない。
よく専属の4人も必死で声を我慢しているのを見かける。そういう時はにっこり微笑んで止めを刺すのが最近の常だ。
でもクティはやはりクティというべきか、空中で3次元的に器用に転げまわっている。もちろん声は我慢するわけもなく、奇声にも似たすごい叫びで自分の可愛さについて叫びながらも饒舌にまくし立てている。
本当に色々と器用なちっこいさまだ。
転げ回り、叫びまくりながらもこちらの周りに魔力の花で花吹雪を散らし続けている。本当に器用だ。
サニー先生なんていつものことなので呆れるどころかスルーを決め込んでいる。
「リリー、乗り心地はどうかしら? レキが走り出すと魔道具が自動で起動するようになっていて風の衝撃やなんかを和らげてくれるのよ」
「おぉ~」
さすがはクリストフ家の抱える職人さんだ。乗り心地は抜群でお尻との接地面はふかふかで多少の衝撃程度なら吸収してしまいそうだ。
ただでさえレキ君は自分を気遣って動くことができるので衝撃や揺れも少ないのにこれでもっと減るとか、最早跨るタイプの柔らかい椅子となんら代わりないんじゃないだろうか。
しかも走る時にどうしても発生してしまう強い風の衝撃を魔道具で軽減してくれるという。これならレキ君が全力で走っても大丈夫なんじゃないだろうか。
今までレキ君の全力は体験したことがないので是非とも体験したい。
きっとアレクコースターよりも迫力あるものになるだろう。楽しみだ。
鞍なので鐙もありこれも長さの調節が出来る。でも自分の足の長さではまったく届かないので代わりに専用の鐙代わりの足置き場があったりする。
もちろんこれもある程度調節可能の優れものだ。
その他にも轡がない代わりに鞍自体にバランスを取れるゴムに似た紐がついている。離すと元の場所まで自動で戻るタイプで絡まる心配もない。
色々と普通の鞍よりも使い勝手のよい仕様だが、使うのは基本的に自分なので安全装置が必須だ。
ベルトみたいな物で腰をしっかりと固定するようにして転落を防止するものまでついている。
今までは常に専属かお婆様がいつでも受け止められる位置に居たのだが、これでより安全になったというわけだ。
まぁ安全装置がついても彼女達は今までのようにいつでも手を出せる位置をキープし続けるだろうけど。
ちなみにレキ君への指示自体は声でするので轡での制御は必要ない。
「れきくん、『すすめ』」
「わんっ」
いつも通りに進むレキ君からは一切の衝撃や揺れが感じられない。
いつも通りならば伏せから立ち上がった時などの上下振動があるのに、まったくそれを感じられないということは鞍が良い仕事をしているのだ。本当に素晴らしい技術だ。
「れきくん、『かけあし』」
「わんっ!」
とことことゆっくり歩いていたレキ君が、自分の命令に従って駆け始める。
始めはゆっくりと、だが徐々にスピードを上げていく。
もちろんレキ君には鎖が繋がっているので直線で走ることはできない。
円形の行動範囲内を走る為、曲がる時の荷重移動なんかで少しGがきつくなるのが起動した魔道具により緩和されている。
この辺にも効果がある魔道具らしい。実に素晴らしい。一体何個の魔道具をこの鞍に使っているのだろうか。
普段なら耐えられないような速度になっても魔道具のおかげで問題もない。
「れきくん、『あるけ』」
存分にレキ君の速さを堪能したので速度を緩めてもらおうと思ったのだが、どうもこの速さでは自分の声がレキ君に届いていないようだ。
だが声が届かないなら魔力文字を使うまで。
瞬時に形成された魔力文字はレキ君の視界を奪わないように考慮して配置され、それを確認したレキ君が速度を落とす。
魔力文字があるからいいけど声での命令が出来ないのは問題があるんじゃないだろうか。
まぁ実際自分以外がレキ君にライドオンするのはあまりないからいいんだが、その辺も改善しておくべきだろう。
「えにゃー」
「どうだった、リリー?」
「んとにぇ~、れきくんがはやいと、きこえにゃくにゃるの~」
「なるほど……。これは問題ね。すぐ解決させないと……。でもレキもちゃんと止まってくれて偉いわ。
さすが、リリーのペットね」
「れきくん、えらい~」
「わふぅん」
ほんの少しの魔力を込めてレキ君の頭や喉を撫で撫でしてあげると気持ちよさそうに目を細める。
レキ君は成長と共に顔も大分大きくなってしまったので頭と喉を一緒に撫でようと思うと手がぎりぎりだ。
なので抱きつくようになってしまうのは仕方ない。
この程度ならちっこいさまの嫉妬メーターも少し溜まるだけで済むのでまだ大丈夫。
嫉妬メーターの変動に気をつけつつレキ君のもふもふを堪能する。
大きくなってもレキ君はレキ君だ。
この素晴らしい毛並みは変わらないどころか、より一層強力なもふもふレベルを有するようになったくらいだ。実に素晴らしい。
レキ君は本当に素晴らしいの塊だ。
ビクンビクンさせるほどの魔力は込めていないのでレキ君も消耗することもなく楽しい時間はもう少し続いた。
やはりクリストフ家の職人という人種はすごい。
その日のうちに魔道具が追加され自分の声が高速移動中でもレキ君に届くようになったらしい。
てっきり数日はかかると思っていただけにびっくりだった。
侮りがたしクリストフ家お抱え職人。
もうすでに狼? っていうレベルのレキ君です。
じゃれつかれただけで引き千切ってしまいそうなくらいの巨大さですが、レキ君はそんな間抜けなことはしません。




