97,induction
毎日少しずつ使える魔術の量が増えていく。
だがそれは魔術師ならば誰でも使えるような最低ランクの魔術ばかりだ。
その最低ランクの魔術も数が多い為なかなか終わらない。魔術の授業より、他の専門的な授業の方が比率が高いのも原因だろう。
低ランクの魔術にも今やっている授業の内容は重要らしい。
生活で使うような魔術に宮廷の礼儀作法の何が必要なのかちょっと詳しくお願いしたいところだが、サニー先生の顔を立てて聞かないでおこう。
きっと自分が思うより深い考えがあるんだろう。魔術を教えるという任務より、自身の知識を受け継ぐ後継者を育成する方が大事という思惑が透けているけどその辺は突っ込んじゃいけない。
研究所所長という地位を放ってまで自分に授業することが楽しい、とクティの誘導尋問で口を滑らせたこともあったがその辺も突っ込んではいけない。
何はともあれサニー先生に自分は必要とされ、自分もサニー先生を必要としている。winwinの関係なのだから問題ない。
もちろんクティとは一身同体なので、これはもう言うまでもないと思う。
「リリー……。来月の4の月にテオが迷宮見学をするらしいの」
「めーきゅ?」
「うん、迷宮っていうのは魔物の母って言われてる魔物でね。魔物を生み出すのよ。
お父様がお仕事で何度も迷宮で魔物討伐しているのは知ってるけど、お父様は強いもの……。
一緒に訓練してるからテオが強いのは知ってるし、学校の人達や護衛の人達とも一緒に行くのは知ってるけどやっぱり心配だわ」
「ねーね、げんきだしえ。にーにはつおいよ!」
「うん……。でも私は知ってるの……。エナの大事な人が迷宮の浅い層で死んじゃった事があるって……」
「ねーね……」
最近大分滑舌がマシになってきた気がするが、それとは別に小さな声で自分以外には誰にも聞こえないように呟くエリーの表情には不安の色が濃い。
最近少し寝不足気味で体調も良くはないようだ。魔力の流れ的にもそろそろ表面に何かしらの信号が出てくるだろう。
訓練の賜物なのか体力がずいぶんついているのと、普段のエリーの心配をかけまいとしている健気な気遣いにより傍目からは分かりづらいが魔力に偽装は難しい。
普段エリーはテオに対してあまり遠慮がないが、決して仲が悪いわけではない。それどころかかなり仲は良いと思う。
遠慮がないのは相手の事をよく知っているから。
自身の兄としてエリーはテオのことをきちんと尊敬している。ただ内心の照れ隠しもあり、そういう行動になってしまっているだけのような気もする。
まだ8歳なのにツンデレとか将来有望すぎて泣けてくるけど、それはテオ限定のようだ。
学校ではテオが王子様ならエリーはお姫様らしく、おしとやかな立ち居振る舞いと細かい気配りでまとめ役もしている。
この世界の子供は結構早熟だ。
10歳で働き始める子供もそれなりにいるのだから当然といえば当然なのかもしれない。
クリストフ家のような貴族の家で10歳からというのはありえないけれど、学校で身近にいる人はそうではないらしくエリーもしっかりそういうことは理解している。
むしろ理解しすぎている節がある。彼女は8歳とは思えないほど聡明だ。
学校では常に成績上位者に名を連ねるくらい成績も優秀だし、年相応にとはいえ騎士団の訓練にも毎日参加している。
才媛という言葉がぴったりなエリーだが、だからこそ心配なのだろう。
「ねーね、だいじょぶだよぉ」
「リリー……」
座っているエリーの顔を包み込むようにぎゅっと抱きしめてあげると、エリーも抱きしめ返してくれる。
背中に回ったちょっとだけ震えていた手もすぐに収まり、手を離したときには普段どおりの優しくて笑顔の眩しい可愛いお姉さまがそこにいた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
4の月に入り、エリーの心配を他所に元気に迷宮見学に出発したテオ。
お土産期待しててね、と言って頬にキスして出かけていった彼だが無事無傷で帰って来た。
「それでね! コボルトが右から殴りかかってきたのを捌いて返す刀で一撃さ!
他のみんなは大慌てで逃げて斬り返すなんて出来てなかったけど、僕はそんなことないからね!
リリーの騎士になるために毎日訓練してるんだから当然だよ!」
「もう、危ないことはしてないでしょうね」
「してないよ。ちゃんと冷静にやれたし、後ろには護衛の騎士の人がちゃんといたし。その人にもさすがアレクサンドル隊長の子だって褒められたし!
それでこれがその時の魔片だよ。リリーにお土産!
僕が初めて僕の手だけで倒した魔物から出たんだよ」
渡されたのは数cmあるかどうかという小さな魔力の塊。
迷宮と呼ばれる魔物の中で溢れてくる魔物でしか取れない希少鉱石だ。
希少とはいうけれど迷宮内部の魔物なら倒せば必ず落とす物だ。
「よかったわねぇ、リリー。初めて自分の手だけで討伐した魔物から出た魔片は幸運のお守りになるって呼ばれてるのよ」
「あぁ! ずるいよ、エリー! 僕が言おうと思ったのにー!」
「ふふん、テオばっかりにいい格好はさせないんだからね!」
「むぅ……」
自分の手には数cmの小さな魔片でもそれなりに大きく、淀みがほとんどないその魔力の塊はすごく綺麗だ。
初討伐の魔片は普通は自分で持っておく物なのに、それをプレゼントしてくれるテオは当然といった感じだ。
「にーに、ありあとー」
「あぁ、リリー……なんて可愛いんだ……。僕のプレゼントでそんな天使のような、ううん。天使以上の笑顔をお返しにくれるなんて!
僕は幸せ者だよ! 大好きだよ、リリー……」
幸運のお守りを両手で大事に包み込んで、にっこりと極上スマイルでお礼を言うとテオの顔の魔力の流れが一気に紅潮を示し、蕩け出す。
おまけに抱きしめて耳元で小さく呟くものだから、ちょっとゾクッとしてしまった。
テオはよく見なくても美形で将来有望なイケメン候補君だ。
例え血の繋がった兄とはいえそんなイケメン君に耳元で愛を囁かれるとちょっと困る。
普段はもっと直接的に言ってくるので流せるのだがこういうのは……その……困る。
だってテオの後ろのちっこい様が般若の形相で魔力で描いたハンカチを引き千切らんばかりに噛み付いて、ムキーッとしているのだから。
まだ嫉妬メーターは振り切れていないけど、今回のテオの行動はかなり危険だ。
「にーに」
「あ、ごめんね。苦しかった?」
「んーん。だいじょぶ」
「まったくテオはいつになったら手加減を覚えるの?」
「あ、え、う……。で、でも今回はちゃんと出来てたと思ったんだけどなぁ……」
「だめよ。リリーは柔らかくてぷにぷにでもちもちでぷるんぷるんなんだから、もっと優しく! もっと大事に! もっとよ! ていうか、はい離れる!」
「う、うぅ……ごめん」
「にーに、ねーね。へーきだよ」
「ほんとう? 苦しくなかった? すぐに私に言うのよ? テオなんて1発で倒しちゃうんだから!」
「そうだよ、リリー。すぐに言うんだよ? 僕だってリリーが大事なんだからね。でもエリーに告げ口はしないでね。怒ると怖いんだもの……」
「テオ、何か言った?」
「な、なんでないよ!?」
相変わらずの2人だが、エリーも元に戻ったし万々歳だろう。
テオが離れてエリーに怒られたからちっこい様の溜飲も少し下がったようだし、こっちの方も一安心だ。
「まったくテオは勢い任せに何くっちゃべってんだか! リリーは私のなのに!」
「いや、リリーは誰の物でもないだろう」
【私としてはクティのものでもいいかなー】
「リリー! 私もリリーの物がいい! ううん、リリーじゃなきゃやだー!」
【クティ!】
「リリー!」
「ところでその魔片に今まで覚えた魔術を封じられるのはもう話したな?
魔道具でも作ってみるか?」
エリーのちっちゃなぽにょぽにょに頭を預けるように抱きしめられながら、クティが頬に突撃してきたので優しく受け止めてあげてすりすりしてあげていると、サニー先生が聞き逃せないことを言ってきた。
【いいんですか!?】
「あぁ、だがまだ10級の大したことのない魔術ばかりだからな。兄君の初討伐の魔片だ。封じ込めるなら厳選すべきだろう」
「じゃあじゃあ魔道具を作るなら工房を見学した方がいいよねー」
「あぁそういえば敷地内に工房があるんだったな」
【らしいですね】
「散歩ついでに行ってみよう!」
【探検じゃないし、見学くらいなら大丈夫かな? そうだテオとエリーと一緒に行けば!】
「名案だよ、リリー! さすが私のリリーだよ!」
【さっそく説得しなきゃね!】
屋敷の外の探検は厳しいけど、工房の見学なら大丈夫じゃないだろうか。
工房見学ならエナ達も一緒に行くだろうし、そこにテオやエリーも混ぜれば……むしろテオやエリーが主導で行くように誘導すれば……。
心の中で悪どい笑みを浮かべて計画を立て始める。
完璧に制御された表情には浮かぶことはなかったけれど、兄姉を誘導するための綿密な計画はあっという間に組みあがっていく。
「にーに、ねーね。あにょね――」
組みあがったプランはさっそく実行されることになる。
そこには上目遣いで瞳をちょっとだけうるうるさせた彼らの可愛い可愛い天使がいて――
ほどなくして兄姉はエナとお婆様にキラキラの瞳を向けて説得に向かうのだった。
普段テオに厳しいエリーもやっぱりテオの妹なのです。
お兄ちゃんを心配する優しい子なのです。
でも照れ隠しに強烈な一撃をお見舞いします。
そして自身の武器を躊躇せず使用するリリー。
あっさりと操られる兄姉の後ろで心の中で悪い笑顔を浮かべるリリーなのでした。
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