90,エピローグ
2の月に入ると共にお引越しが始まった。
とはいっても、実際に何をするのかと問われれば基本的に部屋を移動するだけだったりする。
必要な物はすでに運び込んであるらしく、なくてはならないようなものもあまりない。
「さあさあ、リリーちゃん。ここが新しいお部屋ですよ~」
「もうリリーも大分大きくなったものね……。前のベビールームでは何かと狭いものね。
今日からここがあなたの新しい部屋よ」
「しょかなぁ」
「そうですよ~。ここは前の部屋よりもっと広いですからね~。たくさん遊べますよ~。
ローが凝り過ぎてお誕生日には間に合わなかったけれど、今日からリリーちゃんのお部屋なのよ」
「リリーの大好きな本も前の部屋よりもいっぱい集めてあるからね。楽しみにしていて」
「あい~」
お婆様とエナが2人で色々と教えてくれるけど、残念ながら部屋の調度品や新しいふかふか度の増したベッドや前の部屋に置いてあった本棚の4倍になったらしい本棚は見えない。
それでも自分の為に全て新たに用意されたのは確か。嬉しくないわけではない。
ベビーベッドだったのが普通の……といっていいのか微妙なところだが、お婆様とエナが座ったベッドの位置から考えても相当でかい――物語の王様とかが使っていそうな巨大なベッドになっている。
さすがに天蓋付きというわけではなく、ベッドに移動する前から見えていた照明がしっかり見えている。
本棚も4倍の大きさになり、さらにその中には空きがないくらい本が収められているそうだ。
部屋に備え付けられているバスルームのようなところにはベビーバスの代わりに自分専用のバスタブが設置されているらしい。
これもまた見えないので実際に使ってみないとよくわからないだろう。といってもまだまだ洗ってもらう立場なので1人で使うということはまずないだろけど。
「今日から私とエリアーナさんで1巡り毎に交換で一緒に寝てあげますからねぇ~」
「本当はアンネーラ様はご自分の部屋でお眠りになってほしいのですけど……」
「あら、それはもう話し合ったでしょう? 譲る気はありませんわ」
「えぇ……。もう十分分かりましたので……」
何やらエナががっくりと項垂れている。
お婆様……何かやったのだろうか……。エナの呆れたような疲れたような表情がなんともいえない。
「ん……。ばーば、しっこ」
「あらあら、はいはい。ミラ、すぐに用意を」
「畏まりました」
「アンネーラ様。リリーをこちらへ」
「大丈夫ですわ。私だって何度もさせているのよ?」
「わかりました」
「大奥様、エリアーナ様。準備が整いました」
ミラが準備したのは当然あの超高性能魔道具――オマル君だ。
アヒルの顔の部分がついてるはずが何故か龍のような頭がついている変なオマルだが、強力な消臭消音能力を保有している驚異的なオマル君だ。
龍のような頭なのは何度も使ううちに触りまくってなんとなくわかった。
「はい、リリーちゃん。がんばってーがんばって~」
「リリー、がんばるのよ~。はい、力んで~」
「頑張ってください、お嬢様」
「あふ~」
3人に応援されながら小さい方の用を足す。
もう……羞恥心なんてどこかに飛んでいったよ。人間慣れるものだよ、うん。
「おあたよ~」
「はい、よくできました。よいしょ」
「失礼します、お嬢様」
エナに持ち上げられて少し浮かされたところをすぐにミラが軽く拭く。
そのままいつものように柔らかい絨毯の上に敷かれたこれまた心地よい感触のシートの上に寝かされて処理される。
おまたを綺麗にしてもらってから、下着は自分で履く。
最近まで履かせてもらっていたがやっと自分で履いてもいいようになった。
所謂カボチャパンツと呼ばれるドロワーズを両足を通すところまではやってもらいそのまま引き上げて腰の紐を引っ張る。
まだ結ぶのは難しいのでここからはエナの出番だ。
自分で履くとはいっても引っ張りあげて紐を引っ張るだけだ。
まぁこれでもずいぶん成長したといえる。
もうオムツも履いてないし、下着も多少なりとも自分で履いてるんだ。
成長っていったら成長だ!
成長しているんだよ……。これでも!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
新しい部屋になっても基本的に自分に変化はあまりない。
見えるのはせいぜい新たに設置されていた時計と環境コントロール用のエアコンのような魔道具から吐き出される微量な魔力と照明のみだ。もちろんそれらは魔道具なので全て術式群であり、エアコンから吐き出されている魔力は常に変動しているためか詳しく解析するのはちょっと難しい。
元々の部屋も歩き回ってある程度把握していたとはいえ、結局は手探りだったのでよくわかっていないも同然だ。
部屋が新しくなってもやることは同じ。
エナとミラが付き添いながら歩き回って多少把握したが、前の部屋の3倍くらいの広さなだけで変わりないように思える。
やはり壁紙やら調度品が見えなければ部屋なんて基本的に同じにしか感じられないのだ。
なので早々に飽きてしまったのでお婆様の膝の上で朗読タイムに移る。
だがお婆様の楽しげな声で歌うように囁かれる朗読は2割以下の比重で、残りは隠蔽魔術の展開の方に回している。
朗読してもらうのは一種の隠れ蓑のようなものだ。
お婆様の朗読はエリーが帰ってくるまで続き、中等部に進学したテオが帰ってくるまではエリーが朗読を、テオが帰ってきてからはテオに交代で朗読は続いていく。
この世界での2の月は学園の始まりの時期でもある。
生前の母国では学校の始まりの時期は4月だったので少し字面では違和感があるが、すでに外は春のような暖かい陽気になっていたりするのでむしろ納得できるような気もする。
オーベントには4季があるが冬の期間が非常に短い。
春の期間が半年近くもあり、非常にすごしやすい国だ。
夏は2月で秋が3月と少し長い。冬はもっとも短く2月ないくらいだ。
これも大体の期間であり、その年によりけりなのは自然を相手にしているので当然だ。
外に出ることも多くなった今なら春が長いこの国は大歓迎でもある。
屋敷の探検は意味がないので春の暖かい陽気のうちに今度は庭の方を探検してみたい。
色々と構想を練りながらあとはどうやってエナを説得するかを考える。
攻略すべき対象は難敵だけれど楽しくもある。
レキ君に乗って気持ちいい天気の下、風を切って駆ける光景を思い浮かべながらお婆様と一緒にふかふかのベッドで眠りについた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
新しい部屋に引越してから数日が経過し、あまり変わっていない環境とはいえ落ち着いて過ごしてみれば少し感覚的にも違うことに気づき……それにもあっという間に慣れた。
クティ達は未だ帰ってこない。
レキ君と一緒にだらだら暇をもてあましながら過ごす日々はなんともつまらない。
エナを説得するのにはまだ時間がかかり、屋敷内ではだめなの? という言葉しか返ってこない。
思っていたよりもエナは難関のようだ。
まぁ屋敷内での冒険でもかなり渋っていたものな……。
それでもこの暇な時をなんとかしたいので色々あの手この手でエナを落としにかかっている。……成果は見られないけど。
今日もエナの説得ミッションプランを立てながらお婆様に抱かれていたと思ったら気づいたらそこにいた。
見覚えのある風景。
自身の体も見覚えがある。慣れ親しんだ30年を過ごしたあの姿。
「久しぶりだなぁ……」
真っ白なただ真っ白な空間に浮かぶたくさんの床達。
見上げればたくさんの生前の母国語で書かれた懐かしい文字群。
「またここに来てしまったのか」
呟いた自分の声は木霊することも反響することもましてや、広大な空間に吸い込まれるようなこともなく至って普通に流れて……消えた。
5章終了です。
お引越しは当初は誕生日に行う予定でした。
でもなんだかんだで間に合いませんでした。
でもリリーにとってはそんなに変わりません。
走り回ったりしませんのであまりスペースもいりません。
レキ君ルームで運動しているので朗読してもらうためと寝るスペースがあれば十分だったりするのですが、そこはクリストフ家。
お婆様の部屋にもなるので広いです。
6章の前にいつものように外伝を挟みます。
まだまだ続きますよ~。
気に入っていただけたら評価をして頂けると嬉しいです。
ご意見ご感想お待ちしております。




