高桑さんは北条さんのお眼鏡にかなったようだ
さて、上杉さんの妊娠の確率が高くなったこともあって、俺達は上杉さんの友達で家事見習いの高桑美奈子さんと急遽会うことになった。
とはいえ、80年代にはスマホどころかガラケーやPHSといった手軽な個人が所持できる連絡手段はまだ普及しておらず、ポケベルはあるが数字が送れるだけの最低限の機能しかない時代だ。
だから、実際に会うには時間がかかるかと思っていたが、家事見習いで基本的には自宅にいる事が多いからか、高桑美奈子さんと会う話は早く進んで翌日には会えることになった。
現状、すなわち80年代の日本では男性が仕事をして女性は専業主婦として家事や育児、教育をするのが一般的だと思われているし、それ故に高卒や短大卒からの花嫁修業中の家事見習いとか家事手伝いと呼ばれる立場の女性は決して少なくはない。
そのために華道や茶道・書道・着付けに日本舞踊や香道といったものに加えて、琴や三味線といった和楽器演奏や、和裁や洋裁などの裁縫なども、もてはやされていたりする。
まあこういったことは日本の家の様式がアメリカナイズされていくことで、和室や床の間が消えていくとともに消滅していったりするが。
30年もすると家事見習いとか家事手伝いはニートだとか、ハウスキーパー的な専門的職業のように思われたりするわけだけどな。
とはいえ男女雇用機会均等法が昭和60年(1985年)に制定され、翌年の昭和61年(1986年)に施行されたとはいえ、社会的な思想はそう簡単に変わるもんじゃない。
統計的にはバブルが崩壊した後の、平成7年(1995年)頃には共働き世帯と専業世帯がほぼ同数になり、平成9年(1997年)には女性の四年制大学への進学率が短大を上回り、わずかに専業主婦世帯を共働き世帯が上回った。
と言ってもまだまだコンビニ、大型スーパー、ホームセンターなんかがまだ少なかった時代だから、個人商店や米屋・肉屋・魚屋・八百屋などで自営で商売してる家庭も多く、ボルトや印刷などの製造業での自営も多かった。
旦那がそういった個人事業主である家庭の主婦は共働きが普通だが、そういった家庭までは考慮されていないので、むしろ昔のほうが共働きは多かったとも言える。
そして、平成17年(2005年)頃まではほぼ同数のまま推移していたが、平成17年(2005年)の育児休業法改正以降に、共働き世帯が一気に増え、とどめになったのは 平成20年(2008年)のリーマンショックたらしい。
リーマンショックでは日本でも、株価が大暴落して、昭和58年(1983年)以来、25年ぶりの安値を記録した。
その結果、派遣切りや雇い止めが発生し、年末年始に年越し派遣村が開催されるに至ったし共働きが激増したんだよな。
まあ、ゲーム業界は平成14年(2002年)ごろにはパソコンのMMORPGがだいぶ普及し、平成20年(2008年)にはガラケーでできるゲームがだいぶ増え、平成22年(2010年)ごろから普及しはじめたスマートフォンの存在が更にそれを加速させた。
ソシャゲ市場は、371億(2009年)→1,400億(2010年)→2,570億(2011年)→3,429億(2012年)と加速度的に膨れ上がったからな。
まあ、最終的にはコンシューマゲームは携帯ゲームと据え置きゲームをハード的に統合させた陣天堂の一人勝ちとなり、逆にスマホの性能が上がりすぎた上にえげつない課金システムが敬遠されてソシャゲは頭打ちになっていったりもするんだが。
まあ、それはともかく俺的には日本が破滅的な状況になるのをなんとか回避したいがために色々やってはきたが、リーマンショックのようなアメリカが原因の世界的な金融危機にまで対策できるかというとそれは難しいとは思う。
まあ、俺は俺にできる範囲でやれることをやるだけなんだけどな。
で、予定通り、上杉さんと北条さんが立ち会って、まずはエントランスホールの応接セットで待ち合わせをした後で、地下一階の応接個室で最初は対応することになった。
ちなみにエントランスには落ち着いた感じのジャズミュージックがかかってるな。
そして、上杉さんが駅まで迎えに行って、俺達の寮の前にあるホテルライクな車寄せに車を止めて、女性を連れてきたようだった。
「ふわあ、すごい。
まるで高級なホテルみたいなエントランスね」
上杉さんにそう言っている小柄な女性が多分高桑さんだろう。
「言っておくが、中はもっとすごいぞ」
そんなこと話していた二人がエントランスホールに入ってきたので応接セットから俺たちは立ち上がる。
「はじめまして高桑さん」
俺がそう挨拶すると北条さんが続いて挨拶をする。
「ようこそ、私は北条です。
彼、前田さんの言わば秘書兼正妻的な立場の者と考えていただければ幸いです」
「あ、よ、よろしくお願いします」
そういっておどおどと挨拶をする高桑さんのフォローをするように、上杉さんが言う。
「まあまあ、そんなに緊張しなくても大丈夫だ。
ここは人も通るしゲストルームへ移動しよう」
というわけで地下一階の応接個室に俺達は移動する
ここはゲストルームも兼ねていて、キッチンやバスルームに、シングルベッド2台もある。
基本的には居住者の来客がマンション内に泊まれるようにベッドやトイレ、浴室まで備えた応接兼簡易宿泊施設だな。
自宅に客間と客用布団を用意し、いつでも来客が泊まれる状態にしておくことは簡単なことではないし、セキュリティの問題もあるから、自室に呼ぶのは難しいがゲストルームがあれば、遠方からでも気軽に来客を招くことができるというわけだ。
まあ、ホテルと違いゲストルームの場合は、歯ブラシやコップ、カミソリにシャンプーやリンス、ドライヤーといったアメニティは備えられていないのでそのあたりは自分で準備しないといけない。
また、ベッドシーツやタオルの利用にも、別途料金がかかる。
まあそれでもこの近くのホテルに泊まるよりは安いが。
本来的にはマンションのゲストルームは、眺望が良い高層階にあることが多いんだが、この建物はかなり特殊なんで地下にあったりするけどな。
というわけで地下一階の応接個室に俺達4人は移動した。
テーブルにはティーカップや茶請けが用意されているな。
そして開口一番北条さんが言う。
「さて、今回お越しいただいた件についてはもうご存知かと思います。
高桑さんには上杉さんが妊娠期間や産後のある程度の期間、こちらの前田さんの夜のお相手をお願いしたいと思っています。
この人は重度の仕事中毒なので、ようやく女性に興味を持ったようで安心していたところですので」
「いや、北条さんの言い方はちょっとひどい気がするんだけど?」
俺がそう言うと上杉さんが呆れたように言った。
「何だ、お前にはその自覚がなかったのか?
もっとも北条だって、お金や儲けにしか興味がない女だと思っていたし、お前たちは実にお似合いだと思うぞ」
「それはひどい言い草ですわね。
それはともかく、プライベートな状況での車での送迎やハウスキーパー的な役割も担っていただければと思っていますがいかがでしょうか」
北条さんがそう言うと高桑さんがおどおどと答える。
「あ、は、はい。
そのあたりは茜ちゃんから聞いてるので大丈夫です。
ただ、私はお料理ができないのですが……」
「それについてですが、料理は私達ができますし、何であれば料理人は別に雇えば問題ありません。
掃除や洗濯、ベッドメイキング、将来的には子どもたちの幼稚園や学校などへの送迎、金銭の管理なども加わる予定ですが大丈夫でしょうか?」
「あ、はい、それは大丈夫です」
「必要であれば食材以外の買い出しもできますか?」
「あ、はい、それも大丈夫だと思います」
「ならば十分です。
この建物での住み込みになりますが寮費含めて、1か月あたりのお給料は50万円、お休みは週に1日といったところかと思いますがいかがですか?
無論、働きによっては昇給もします」
「え、あ、はい。
それだけいただけるならこちらとしては十分です」
住み込みとはいえハウスキーパーと愛人を兼任するような立場だと50万円が高いのか安いのかよくわからないが、北条さん的には高くはないという判断なんだろうな。
住み込みで家政婦を雇う場合、料金相場は1日12時間の勤務で17000~35000円程度らしい。
なので、1日20000円の日給で24日利用した場合、1か月480,000円ほどはかかるしな。
こんな感じで話はトントン拍子に進んだ。
ぶっちゃけ北条さんや上杉さんは高桑さんにそんなに多くは求めてない気もする。
日本の専業主婦って何でもできないといけないけど、そもそも西洋のハウスキーパーは料理・育児・掃除などは分担するものらしいし、日本の専業主婦は大変すぎな気がするんだよな。




