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早い春の犬  作者: 臥亜


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9/10

選べる朝

病室は白すぎた。

機械の音が、一定のリズムで鳴っている。

コタロウは、目を閉じている。

昨日より、少し小さく見える。

医者の言葉は、丁寧だった。

「急性の悪化です」

「年齢もあります」

「正直に言えば、長くはありません」

その中で、ひとつだけはっきりしていた。

“今すぐではない”

でも、“遠くもない”。

一時的に落ち着いた。

それだけだ。

父は黙っている。

母は静かに頷いている。

僕だけが、何も理解できない。

午後。

コタロウが目を開ける。

ゆっくり。

「……うるさいな」

機械の音を指している。

僕は笑う。

泣きながら。

「生きてる音だよ」

「そうか」

小さく息を吐く。

「まだ、生きてるか」

その言い方が、妙に穏やかだった。

父と母は席を外す。

医者が「少しなら話しても」と言ったからだ。

僕とコタロウだけになる。

「なあ」

彼が言う。

「選べる時間、もらえたな」

僕は黙る。

それがどういう意味か、分かっている。

「医者、なんて言ってた」

「……正直だった」

「そうか」

うなずく。

驚かない。

「なあ、悠斗」

ゆっくり、僕を見る。

「俺、選べるんだよな」

喉が詰まる。

「何を」

「戻るか」

少し息を整える。

「行くか」

その言葉は、前から分かっていた。

動物が喋れるようになった理由。

誰も知らない。

でも、最近、噂がある。

“役目を終えた動物から、声が消える”

声が消えた動物は、数日後に静かに眠る。

世界は、まだその意味を決めていない。

「戻るって?」

僕は聞く。

「犬に」

静かに。

「声をなくして、ただの犬に戻る」

心臓が跳ねる。

「そんなことできるの?」

「分からない」

少し笑う。

「でもな」

目を細める。

「声を持ったまま行くか、

声を置いていくか」

その違いは、大きい。

声を持ったままいけば、

最後まで“対等”だ。

でも、

声を置いていけば。

「犬のままでいれば」

僕が言う。

「ずっと一緒にいられるの?」

コタロウは首を振る。

「時間は同じだ」

残酷だ。

「ただ」

続ける。

「最後を、どうするか」

機械が鳴る。

一定のリズム。

「俺な」

彼は天井を見る。

「喋れてよかった」

僕を見る。

「お前と、ちゃんと話せた」

僕は涙を拭う。

「もっと話せばよかった」

「十分だ」

間。

「……でもな」

少し迷う。

「最後、犬でいたい気もする」

僕の胸が締めつけられる。

「なんで」

「撫でられるとき」

目を閉じる。

「言葉、邪魔なんだ」

僕は、何も言えない。

コタロウが続ける。

「対等もいい」

「でも」

息が細い。

「最後くらい、甘えてもいいだろ」

涙が止まらない。

「ずるい」

僕は言う。

「最後にそれ言うの、ずるい」

「うん」

笑う。

弱い笑い。

「だから選ばせろ」

僕を見る。

「俺が犬で終わるか」

静かに。

「お前の友達で終わるか」

世界が止まる。

そんな選択、あるか。

僕は、彼の手を握る。

温かい。

まだ温かい。

「……どっちもだよ」

喉が震える。

「友達で、犬だ」

コタロウは目を細める。

「欲張りだな」

「うるさい」

涙でぐしゃぐしゃだ。

「喋ったままでいい」

言葉が崩れる。

「でも」

息を吸う。

「最後は、撫でさせろ」

コタロウの目が、やわらぐ。

長い沈黙。

機械の音。

「……分かった」

小さな声。

「じゃあ」

ゆっくり息を吸う。

「最後まで、喋る」

僕は頷く。

「うん」

「で」

ほんの少し笑う。

「最後は、犬になる」

それが、彼の選択だった。

声を持って、別れを言う。

そして。

声を置いて、甘える。

それが。

彼の、選んだ朝だった。

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