体調悪くて
美幸はカーテンを開けて陽の光を部屋の中へ取り込んだ。カラスの鳴き声にごみ収集の時間が間もなくであることを告げていた。
朝食の準備をしようとキッチンへ足を向けた時、スマホがテーブルの上で振動している音が聞こえた。
「……春?」
画面に表示された名前を見て妙な胸騒ぎがした。慌てて通話ボタンを押すと、か細い声が聞こえてきた。
「みーちゃん……ごめん……体調悪くて……ちょっと……薬とかなくて……」
その声だけで春の容態が尋常でないことが分かった。
「春! ちょっと待ってて! すぐ行くから!」
美幸は即座に着替え、最小限の荷物だけを掴んで家を飛び出した。
春の棲んでいるアパートへ向かう間も、彼女の悲痛な声が頭の中で繰り返される。もしかしたらという考えが浮かぶ。思い出したのだろうか?
それは駄目だ!
絶対に!
もし……春が思い出してしまったら……
どうすればいいのだろうか……
美幸は春の部屋の玄関前に立ち、勢いよくチャイムを鳴らした。
「春、大丈夫!?」
応答はない。再びチャイムを押した。肩に圧し掛かってくる悪寒が全身を震わせる。
「春、開けて! 私! 美幸だよ! 春!」
しばらくして、ドアの向こうから物音がしてようやくドアが軋みを立てて開いた。そこには、髪が乱れて頬を赤く染め、ぐったりと衰弱した表情の春がいた。
「……みーちゃん……おはよ」
その姿を見た瞬間、美幸はすぐに春の額に手を当てた。
「のんきにおはようって云ってる場合じゃないでしょ! やっぱり……すごい熱。とにかく部屋に入るね」
美幸は春の肩を支えながら部屋の中へ入った。春はふらつきながらも何とかベッドに腰を下ろし、何度も深く息を吐いた。
「何か食べた?」
「……水なら飲んだよ……」
「何か食べれそう?」
「ううん、今は無理そう……」
美幸はバックからペットボトルを取り出して春に手渡した。
「解熱剤とか買ってくるね。ちょっと待ってて」
春は力なく頷き、美幸はすぐに部屋を出て行った。
美幸は足早に近くの薬局へ向かった。解熱剤やスポーツドリンク、消化に良さそうな食品を買いそろえる間も、頭の中は春のことばかりだった。
もしかして、昨日あの様子、少し思い出しかけているのか?
心の奥で、嫌な予感が膨らんでいく。
思い出して欲しくない。
あんな経験は忘れてしまっていた方がいいのだから。
はやる気持ちを抑えることができず、苛立ちが積み重なっていく。
美幸は急ぎ足で春のアパートへ戻って行った。




