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冬の涙、春の恋  作者: 赤良狐 詠
道徳(共鳴の羽・支配の影)

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少しだけ恐い(前篇)

 太陽があまりにも長い時間居座っているせいなのか、春の季節は別れの言葉を言うまでもなく夏日が続き始めた。


 汗だくになったユニフォームから着替えた制服は、すぐに汗が染みて皮膚に張り付いていた。タオルで汗を拭き取りながら、仲良く横並びをした三人は日に焼けて少し肌黒くなっていた。


 部活動を終えた彼女たちは校門を通り過ぎて町へ向かっている。校門を出てすぐにアスファルトから立ち上る陽炎が視界を揺らしていた。汗ばんだ制服の襟元を恥ずかしげもなく引っ張りながら、斜陽に照らされる街並みを歩き始めた。


「シャワー室でもあれば良くない? 汗臭いまま外出るなんてありえない!」


 藤田香蓮が二人に聞こえるように少し大きな声を出した。髪はスポーツに適した邪魔にならないショートで、三人の中では一番の細身な彼女はしかめっ面になっている。


「お金ある学校なんかはそういうのあるんじゃないかな? こんな田舎の学校なんかはそんなもの作るお金ないでしょ」


 岸本美咲は呆れた顔でそう口にした。癖のついた髪を無造作にそのままにしていて、春が羨望するほど自然体のまま誰とでも気兼ねなく接する人物だった。

 香蓮は美咲の話を聞いてなるほどという顔になって頷いた。


「ホント、なんで春がこんなに早く終わっちゃうの? ありえないよ! ねえ、春ちゃん!」


「そうだよね。本当にいつの間にか春が終わってたね。毎年春が短くなっている気がするね」


「確かにめっちゃ春が短いかもっ! てかさ、春ちゃんが春のこと語るのちょっと面白いかも」


「確かにそうかも!」


「もうからかわないでよー」


 部活中は束ねていた髪を下ろしていた春の髪は、汗で少しべたついて濡れていた。二人も同じように汗のせいでべたついていたが、それを気にしている様子はなかった。

 しかし、匂いには敏感に反応する。制汗スプレーの香りが呼吸する度、汗の匂いが他の二人を不快にさせないかを気にしていた。

 口元に手を当てながら香蓮の目がニヤケながら二人を見つめた。


「そういえばさ、伊藤先生が来てから見学多くなったよね?」


「そうだねぇ、伊藤先生カッコいいし、優しいし、他の部でも人気出たんじゃない?」


 二人といると伊藤先生の話をすることが多くなっている。二人から聞く印象は、容姿と授業や普段の会話での立ち振る舞いが良いという話ばかりだ。


 二人以外の友達と話している時でも、伊藤先生の話は出てくるが、ほとんどみんなの評価はすこぶる良い。

 若い先生で、授業も分かりやすいの分かる。しかし、カッコよさと言った部分に関してはどうでもいいと感じていた。


「あー、きっと先生の彼女になれたら、最高に幸せだよねー」


 香蓮の夢見心地な妄想が始まり、美咲はがっくりと項垂れた。


「またその話するの? もういいよー。伊藤先生の話する度に、毎回言ってんじゃない? 飽きた」


「美咲、酷くない? 妄想くらい良いじゃん! さぁ、今日も私の妄想に付き合ってもらうよー」


「はいはい、春ちゃんごめんね。また今日も始まったわ」


「うん、大丈夫だよ。香蓮ちゃんの話はいつも面白く聞いているから」


「春ちゃんは良い子だねぇ。美咲とは大違い」


「うっさいボケ、早くしろよ」


「はいはい、伊藤先生との待ち合わせ、平日は無理なの。だって部活で時間があんまりないし、土日くらい。他の先生や学校の生徒に見つからないように隠れて会う。それが最高なの! 二人だけの秘密! あー! 付き合いたい!」


「うるさい」


 美咲の突っ込みの所で、商店街まで着いたので、春は二人に手を振った。


「じゃあ、わたしここで」


「うん、また明日ね春ちゃん!」


「お疲れ春ちゃん、また妄想聞いてねぇ!」


「バイバイ」


 二人が離れていくのを少し見送ってから、春はスーパーへ向かった。夕飯の買い出しを終わらせて家路に向かう。

 その途中、少し考えてみた。伊藤先生の魅力とは何なのだろう。他のみんなのようにその魅力が分からない。


 圧し掛かる買い物かごの重みを感じながら、手を強く握る。みんなの注目が伊藤先生に集まっていることに悔しいという気持ちが沸き起こる。


 注目されるのは自分だけ。特別なのは自分なのだ。それをほんの一か月くらいの間で、誰と話しても伊藤先生の話ばかりだ。憤りのない焦りのような感情が沸々と全身へ広がっていく。そして、悔しいと思う自分に腹が立ち、少しだけ恐くなった。

 自分からみんなが離れてしまったら、どうしようと……。


「馬鹿みたい……」


 おもむろに心の声を小さく吐き出して、買い物袋を反対の手に移した。


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