第二十四章 過去の記憶~通話記録
……これは、今回の事件とは関係ない話。だが、知っておかねばならぬ過去の記憶……
『……私に加藤柳太郎の国選弁護を担当してほしいと?』
『お願いできますでしょうか、三田先生。私がまだ新米検事だった頃の指導係だった先生なら託せます』
『そうは言うがね、ヤメ検(退職後に弁護士になった検察官の事)で弁護士になったばかりでろくな実績もない私にどこまでできるかわからんぞ。それに、国選弁護は金にならない。個人経営の事務所にとってこの仕事は負担にしかならん。それは君もよくわかっているだろう』
『ですが、無罪になれば三田先生の名誉になります』
『それを検察官の君が言ってもいいのかね? いや、かつての上司とはいえ、弁護士の私にこんな電話をしていること自体、検察に対する背信行為とみなされても仕方がないぞ』
『加藤を起訴したのは岐阜地検。私は今、横浜地検の所属ですので、直接的な背信行為にはならないかと』
『そんなものは建前だ。検察という組織全体からすれば大問題だろう』
『覚悟の上です。私はただ、あの村の思惑通りに事が進むのが我慢ならないだけです』
『……君が以前言っていた故郷の村の事かね。確か、巫女をしていたとか言っていたか』
『私は、これ以上村の犠牲者を出したくないだけです』
『……まぁ、いい。君の見立ては?』
『資料を読みましたが、門外漢の私が見ても、岐阜地検はかなり無理をして起訴をしています。世論や村の圧力から起訴しないわけにはいかなかったんでしょう。ですが、だからこそ勝機があります。三田先生の腕ならば、無罪に持っていく事は充分可能だと思います』
『言ってくれるね。それは私を信用してくれるという事でいいのかな?』
『それもありますが、加藤柳太郎が無罪である事も確信しています。とにかく、私は直接表に出る事ができないので、ヤメ検の三田先生に頼むしかないんです』
『……わかった。他ならぬ優秀な教え子の頼みだ。どこまでできるかはわからんが、やってみる事にしよう』
『感謝します。それと……』
『わかっている。君の名前は絶対に表に出さない。もちろん被告人にもだ。あくまで私個人の意思で国選弁護を受けたという形にしよう。無論、君からの情報提供も一切不要だ。受ける以上、弁護の全責任は私が持つ』
『ありがとうございます』
『礼は不要だ。言っておくが、調べてみてその加藤という男がやったと判断すれば、私は容赦なく無罪ではなく減刑のための弁護をする。元検事として、真犯人を無罪にする手伝いはしたくないからな。無論、本当に無罪かどうかの調査に全力は尽くすがね』
『それで充分です』
『ではな。君も元気にやりたまえよ、大島君』
『先生もお元気で』
一九九九年九月×日 電話通話記録より抜粋




