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蝉鳴村殺人事件  作者: 奥田光治
第一部 訪村編
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『葛原論文』 事件の考察~2

2 被害者を社内で串刺しにした理由について

 改めて書くまでもない事であるが、人を殺害するだけであるならば、他にも多種多様な方法が存在する。にもかかわらず、被害者を槍で壁に張り付けにするという残忍かつ極めて複雑な殺害方法が採用された理由とは一体何なのだろうか。

 このような特殊な犯行状況の場合、理由として考えられる可能性としては、いささか推理小説的な思考にはなるが何らかの「見立て」だったというものがある。しかし、だとしてもこれが一体何の見立てだったというのだろうか。本論文冒頭の蝉鳴村の伝承を読んでもらえればわかるように、この村に伝わる伝承そのものは確かに不気味そのものではあるものの、その中に「誰かが槍で串刺しにされて磔になった」というような内容のものは存在しない。つまり、見立ての元となる話が存在しないのである。私も今回村を訪れてそのような伝承がないかいくつか文献を調べたりしたが、結論から言えば該当しそうな伝承の類は全く確認できなかった。従って、「見立て」説は却下せざるを得ないと言わねばならないのが実情である。

 そもそもこの槍はかなりの重量があり、これで人体を貫こうと思えばかなりの力が必要となるという事実が裁判で問題になったという事はすでに述べた通りである。このため肩を壊していた加藤氏のみならず、老人や子供、または女性といった人間では、とてもではないが被害者を刺し貫く事は不可能であろう。そこから少なくとも、被害者を槍で突き貫けるのが屈強な男性である事はほぼ確実である。

 また、解剖の結果、この槍が犯行後に遺体から抜かれたり、あるいは別の傷口の上から刺し込まれたりした痕跡は確認できなかったとされている。つまり、被害者が別の殺害方法で殺害された事を誤魔化すために後から槍を突き刺したという推理は的外れであるという事で、被害者が槍で突き刺された事による一撃でその命を落としている事だけは確実である。

 その上で冷静に考えてみると、私にはこの犯行形態自体が不自然に思えてならない。被害者は社の奥の壁に槍で磔にされて殺されていたわけだが、そうなると犯行時の状況としては、被害者は社の奥の方に立っていて、その後から槍を持って社に入ってきた犯人が奥にいた被害者に槍を突き出して殺害し、そのままの勢いで被害者の背中から突き出た槍を社の奥の壁に刺し込んで被害者を磔にしたという事になる。状況から考えてこれ以外の位置関係は考えにくい。凶器の槍が長いため殺害の際に被害者と犯人は一定程度距離が離れていなければならなかったはずだが、その状況下で被害者が社の入口付近にいたのなら被害者は確実に社の外へ逃げていたはずだからである。

 だがそうなると、この「被害者が社の奥にいて、犯人が社の入口付近から槍を突き出した」という状況がどうすれば生じるかが問題となる。ここでポイントなるのが、犯人がそもそもどのタイミングで社の壁に飾られていた槍を手に取る事ができたのかという疑問である。すでに述べたように槍は壁のそれなりに高い位置に飾られていて、何度も言うようにかなりの重量があった。少なくとも社内に誰かいる状況で相手に気付かれないように槍を入手するのは不可能で、実際にやろうと思えば最低でも数十秒の時間が必要になるのは確実である。もし、社内に被害者がいる状況でそんな事をすれば間違いなく気付かれ、槍を手に取る前に社の外に逃亡されておしまいであろう。となれば、槍は犯行前……つまり被害者が社に入るより前の段階で犯人が入手していたと考える他ない。

 それを前提条件とした上で改めて犯行時の状況を推察してみる。諸々の条件から「被害者が犯人よりも先に社内に入った」「被害者が社に入った時点で、犯人がすでに槍を入手していた」事は確実である。そこから考えられる犯行時の被害者と犯人の状況としては以下のようなものがあるだろう。


A、何らかの事情で被害者が自発的に社の中に入り、それを見た犯人がその後から槍を持って社に入った。

B、被害者が社外で槍を持った犯人の襲撃を受け、咄嗟に社の中へ逃げ込んだところ、犯人がそれを追いかけて社の中に入った。

C、被害者が社外で槍を持った犯人の襲撃を受け、犯人に槍を突き付けられながら、犯人の指示で強制的に社の中に入った。


 さらに不可解なのは、被害者が真正面から槍を突き刺されて殺害されているというこの状況そのものである。通常、自身目がけて槍が突きつけられている状況になれば、突きつけられた側は少しでも逃げようとするはずである。確かに犯行時、被害者は逃げ場のない社の奥に追い詰められていたわけだが、だったとしても人間の本能として槍を避けるために左右に逃げたり、あるいは反射的に背中を見せたりするのが普通の反応のはずで、当然そうなれば槍は背中側か、あるいは体の左右どちらかの半身部分に突き刺さるはずである。しかし、実際の被害者は真正面から槍が刺さっているわけで、これはもう正面から槍が向かってくるのが見えているにもかかわらず、被害者が逃げる事も避ける事もしないままほぼ無抵抗で槍に貫かれたとしか考えられないのである。

 一体なぜそのような異常な状況が発生してしまったのだろうか。正直、恥ずかしい話ではあるが現段階ではこの問題について予想できる可能性が全くもって思いつかない。あれだけの長さの槍である以上、殺害直前まで隠しておく事はほぼ不可能に近く、少なくとも殺される直前に、被害者は自分に突きつけられる槍を確実に見ていたはずである。そして、どれだけ親しい人間が相手でも、さすがに真正面から槍を突き付けられている状況では、人間である以上、条件反射的に体を避けようとするはずなのにその痕跡がないというのである。こんな事は論文で書くような事ではないが、それこそ人知を超えた何かが被害者の動きを止め、その間に犯人が槍を突き刺したとしか思えない状況なのであるが、果たしてこの謎の状況に論理的な説明をつける事などできるのだろうか。今後、考察を可能とする新たな情報が出てくるのを期待する次第である。

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