★11★ あ、調理法思いついた。
レイラが獲物を連れて戻ってくるまで暇を持て余すのは時間が勿体ない。後片付けがてらジークと一緒に奥の檻へと向かうと、そこには心身に傷を負った子供達が身を寄せあって震えていた。この子達にしてみれば、自分達に手を伸ばしてくる大人は全て敵に見えるのだろう――……が。
「いや待て、何でだ。何でそんなにオレ達への対応と違うもんなの、ねぇ?」
さっきまでの剣呑な気配が霧散して情けない表情を浮かべたジークが、わたしに群がる子供達に話しかけるも、すぐに怯えた視線を向けられて手招こうと上げた手を下ろした。
自分の顔を好ましいと思ったことは今まで一度もないが、こういう時に役立つのは長年の経験上知っている。人は醜く優しいものよりも、美しく残忍なものに吸い寄せられる性質がどこかにあるからだ。勿体ない。
「ふふふ、子供は素直なのよ。美しさの前では特にね。夕方過ぎて髭の目立つ男臭いオッサンは怖いんでしょ」
「ぐ、助けに来たのはオレ達だってのに……全員五体満足で良かったとはいえ、納得いかねぇ」
「ハイハイハイ、顔がうるさい。むさ苦しいのは嫌いよ。手当ての邪魔。ほら、さっさと退いて。皆怪我を見せて頂戴。綺麗に治してあげるから」
デカイ身体で力なく項垂れるジークを端に避け、万人受けする笑みを浮かべながら子供達を整列させる。素直に並ぶ姿に在りし日のアリアを思い出す。
あんなに大きくなるまで手元に置くはずじゃなかったのに、簡単な術で瞳を輝かせるあの子の前でつい良い格好をしてしまった。魔術に嫌気がさして隠遁生活を送っていたわたしを、あの子が師匠と呼ぶから。
「ベイリー殿は子供の面倒を見るのに慣れているのですね」
「んー? 当たり前でしょう。誰がアリアの面倒見たと思ってるのよ。でもそれまでは子供の扱い方なんてちっとも知らなかったわ。何で泣くのか、怒るのか。何が怖いのか、寂しいのか。なーんにもね」
回復魔法をかける背後から声をかけてくるエドモントに答えながらも、おずおずと寄ってくる子供達の傷を癒していく。呪い避けに子供が多いのは純粋に回復力が高くて長持ちするからだ。そこに精神の磨耗は入っていない。この子達を購入する側にしてみれば、保つだけ使えれば良いという発想でしかないのだから。
最初に出逢ったアリアの状況で生きていたのは奇跡でしかない。痛みが失くなればホッとした弱々しい笑みを浮かべる子供達を見て、ジークとギルドの面々、ダントンまでもが表情を和らげた。
こんな稼業でも子供は慈しむ対象だと憶えている彼等は、まともな人格の持ち主なのだろう。きっとレイラも戻ってきたらあちら側についてしまうだろうし、そうなるとイカレているのはわたしと、ここにいないマーロウだけという不本意なことになるだろう――……と。
「あ、そうだ。良いこと思いついちゃった」
「お前さんの言う〝良いこと〟はどっちかっつーと〝良からぬこと〟の方だろ」
「細かいことを指摘するのは野暮ってものよ? でもそうねぇ……あんたにはもう見えないだろうけど、久しぶりに昔の仕事仲間で集まるのも悪くないわ。それにいつまでもアリアに留守番をさせていたら、あの子退屈して何をしでかすか分からないもの。だったら仕事を与えとけば安心じゃない?」
そう子供達に向けていた顔を後ろの面々に向けて微笑めば、一瞬色々な感情を含んだどよめきが上がったものの、奴を喚ぶというヤバさ分かっているのはジークだけなので問題ない。
必要なのは〝子供の呪い避け〟という存在で、商品としてここにこの子達を集めた連中はレイラ達が処分している頃だ。買い取る側は頭数は聞いていたとしても、顔形はまだ知らない。だとしたらマーロウとわたしにとって面白いことが試せる。
さっきまでのアリアをああしたクズ共の退路をジワジワと断ち、あの頭が空っぽなアリアの従姉妹が縋る相手として姿を表して、拷問にかけようかとも思ったが、あれは保留だ。楽すぎる。ここに至るまでに犠牲になった子供達の分も苦痛を与えないと――というのは、流石に建前がすぎるか。
そんな内心の黒い思惑が漏れていたらしく、眉間に皺を刻んだジークが心底嫌そうに「ルーカス……お前さんなんつう悪い顔してやがるんだ」と口にしたが、昔を知られているというのはこういうことなのかと愉快な気分になった。
「あら、失礼ねぇ。とっても良いことを思いついただけだって言ってるじゃない。上手くいけば敵の陣営に潜入だって出来るわよ」
「それは誠かベイリー殿?」
「誠も誠よ。それにはダントン様と奥方様のお手伝いも必要なんだけど。少し頼まれてもらえるかしら?」
「勿論だとも。是非用件を言ってみてくれ」
珍しく食い気味に話に乗ってきたダントンの背後で、ジークとエドモントが渋面になった。まるで悪魔と契約する人間を見るその表情に、あながち間違いでもないかと喉の奥で笑う。
二人を無視してダントンに領地内にある孤児院で、しっかりとしたところへ子供達を預ける許可を取り付けた。他にも二、三お願いをしてその全てに対し良い返事をもらったところで、再び所在なさげにしていた子供達に向き直り、今日最後の慈悲深そうに見える微笑みを浮かべて尋ねた。
「ねぇあんた達。このお爺さんの領地にある孤児院に行って、魔法使いに弟子入りしてみたくない? とはいっても、教えるのはあたしの弟子だけど」
その問いかけをゆっくりと噛み締めるように聞いていた子供達の瞳は、いつかのアリアのように輝いていた。




