*3* 弟子としては先輩ですよ?
目の前で繰り広げられる優しい光景に集中していたいし、彼女が憶えているか分からないけど当時のお礼も伝えたい。だけどこの間にも私とオルフェウス様をここに縛る座標が、容赦なくゆるゆるとほどけていく気配を感じる。
圧倒的に時間がない。ここに居座るだけの命が足りないのだ。どうしようもないことではある。何とかさんと彼女と違って私とオルフェウス様は人間だからね。
「はー……感動の兄妹の再会に水を差すのは嫌なんだけどさ、もうあんまりゆっくりしてる時間はないから簡潔に訊くね。この子がオルフェウス様が探してた大事なもので間違いない?」
当の二人にバレないうちに勝手に溢れた涙を乱暴に拭い、鼻をすすってそう尋ねると、腕の中に妹さんを捕まえたままのオルフェウス様が「僕のと言うよりは両親の……だが」と、何となく拗らせた発言をした。
そんな兄の発言に腕の中で戸惑いを隠せない妹ちゃん。そこから察するに、もしかしなくても見た目の年齢よりは物事が分かる精神年齢なのかもしれない。
「この期に及んで下手くそな嘘をつくネ。あれだけ必死の形相で捕まえに走ったくせ二。そう思わないお弟子ちゃン」
「思いますね。凄く思います。だからそういうのはもう良いんで、オルフェウス様が望む報酬はこの子ってことで間違いないですね?」
何とかさんと一緒にたたみかけるようにそう問えば、やや気圧された風に「……ああ」と答えるオルフェウス様。その表情からは最初に出会った頃からずっとあった不機嫌さや冷たさが薄れ、歳相応の気配がある。きっと今まで長年張っていた緊張が緩んだんだろう。
「よし、時間ギリギリだけど報酬が分かって良かった良かった」
「だネ。でもこの子が報酬だとして、君はどうやって支払うつもりなのかナ?」
「んー、ひとまず今すぐどうこうするのは難しいので、当面こっちにオルフェウス様が顕現出来るように、座標をいっぱい引っこ抜いてくるのを手伝います」
「あ、そこは割と現実的なんダ。素材については何となく察しているだろうから、もっと悩むかと思ってたの二」
瞬間、とても面白いものを見つけたと言わんばかりの笑み。成程、こういうところはしっかり師匠の友人だ。意地の悪い問題の答え合わせをしたがっている。だったらしてやろうじゃないか。私はルーカス・ベイリーの一番弟子だもの。
「嫌だなぁ、人のことを何だと思ってるんですか。それに座標を抜ければ良いだけなんですから、素材の質は悪くても良いんでしょう? むしろ悪ければ悪いほど良い。良心の呵責がなくて世の中も綺麗になりますし、良いことづくめです」
「分かってるネー。その通りだヨ。えーお弟子ちゃんってば、もしかしてこっちに近い感ジ? どウ? ルーカスからわたしに師匠換えしなイ?」
「ふふ、残念ですねぇ。私の師匠はあの人だけなのでお断りします。弟子を育てて遊んでみたいなら、そこに独学で宮廷魔導師まで登り詰めた逸材がいますよ。独学ってことは、今からでもご自身の色に染め放題では?」
そう言って視線を話についてこられていない兄妹に向けると、何とかさんは「フラれちゃったカ」と、今度は心底可笑しそうに笑った。けれどその直後に話が飲み込めたらしいオルフェウス様が「向こうに戻ったら、その話を詳しく聞きたい」と言ったので、弟子入り話は一旦保留と思った矢先――。
「ああ、君たちをこちらの座標に繋いでおける時間が切れみたいだネ。術式を安定させて送り返してあげるから、精神が崩壊しない間に帰りなヨ。感動の再会の続きはまた今晩に持ち越しってことデ」
緩く手を振る何とかさんと、オルフェウス様の腕の中でこちらと彼を見比べては、未だに何がおこっているのか戸惑う素振りを見せていた妹ちゃん。二人が徐々に霞んでいく視界と、指先から光の粒となって消えていく座標にまぎれて見えなくなって。次に目蓋を開くとそこは宿屋の一室だった。
「んー……おはようございます、オルフェウス様」
「ああ、おはよう……」
「ほらほらボサッとしてないで、さっさと祖父母の屋敷に案内して下さい。妹さんに会える夜になるまでに安全な寝床が必要なんですよ。弟子としては先輩ですから、道中弟子の心得について教えて差し上げましょうか?」
そうニヤッと挑発的にオルフェウス様に言ってやると、彼はまだ涙跡の残る頬をぎこちなく動かして、不器用に笑ったのだった。




