*6* 雪かきは修行の一環ですけど?
この季節の朝は一歩外に出ようとドアを開けたら、真っ白な雪の壁に阻まれるのがお約束である。冬の朝の大仕事。その名も〝雪かき〟だ。
基本的に汚城の中から直接行きたい場所に飛べる師匠という手段があっても、ドアの向こう側に雪が積もっていると、そのうち破られてしまう。そうならないためにも定期的に必要なのは分かっているんだけど、基本重労働ですぐに積もるから達成感が翌日にはなくなる。目に見える成果がある分落胆も大きいんだよね。
最初は寒さに震えて、途中から汗をかいて、バテて汗が冷えて、下手をしたら風邪をひく従来の雪かきの時代は終わった。何故ならば今年から新しい雪かき手段を得たからだ。その名も――。
「いけ、クオーツ! 火炎放射だ! 白い悪魔共を根絶やしにしてやれ!」
「ギャウ、ギャーーーーフウゥッ!!!」
仰け反ったクオーツが次の瞬間吐き出した炎が、一直線に道と大量の水蒸気を作る。こうかはぜつだいだ! とか思っていたら、二階の窓から顔を出した師匠に「あんた達、その適当で危ない雪かき止めなさい!」とお叱りを受けた。
「だって師匠、これが一番楽なんですもん~」
「ギャーウーウー」
クオーツと一緒に窓を見上げて抗議の声を上げる。師匠から「楽でも下手したら火傷するわよ」と返ってきた言葉に、たくさん装着している護符を見せつけてニヤリとして見せたら、呆れた顔で「そういうことじゃないわよ」と言われた。
「でも師匠の護符のおかげで熱風も水蒸気も平気ですよ~!」
「ギャウギャーーーウ!」
そう懲りずにクオーツと二階の窓に向かって悪足掻きしたら、その瞬間窓辺から師匠の姿が消えて。気がつくと目の前にロングコート姿の師匠が立っていた。その手にはちゃんとこの間贈った手袋をしてくれている。
「このお馬鹿二匹。特にアリアは何のためにデッキブラシを持ってるの。作業効率は大事だけど、あんたは一応魔術師の弟子でしょうが。ちょっとはそれっぽく雪を退かしてみなさい。年明けから弛んでるわよ」
「えぇ~……クオーツがいるのにわざわざ面倒な方法を取らなくても」
「ギャウー……ギャウゥ、ギャウ!」
雪かきをさっさと終わらせて自室でダンスの教本を読みたい私は、頑なに拒否の姿勢を貫こうとし、それを分かってくれているクオーツも同調する姿勢を見せてくれたのだ、が――。
「何なのあんた達、不満を言う時の顔がそっくりじゃない。でもそうね……それなら上手く出来たらご褒美を用意してあげる。それならどう?」
「やります!」
「ギャウ、ウー!」
掌グルリの感想に苦笑する師匠の腕にクオーツを預け、ひとまず残った両側の雪を見つめて思案する。とはいえ、私には現状魔力で籠を編むしか能力がない。さてどうやって師匠がお気に召す面白雪かきが出来るだろうかと周囲を見回し、ふと汚城の壁に視線がいく。
冬の寒さで蔦が枯れて剥き出しになった石組はいかにも堅固そうだ。そう思った途端にこれしかないと確信した。
「挑戦者アリア、いきます!」
気合いの意味も込めてデッキブラシを振りかざし、一番近くにあった雪山を指す。頭の中で今見た汚城の壁を思い描き、それを座標に落とし込んでいく。すると不揃いで凸凹だった雪山に角が出来、大きな煉瓦状に姿を変えた。まずは一つ目!
背後で師匠の「あら、面白いじゃない」という声が聞こえた。掴みは良好そう。それから気を良くして二つ目、三つ目と調子に乗って術式に落とし込んでいくこと小一時間。段々と最初の頃に比べて一個辺りの大きさがマチマチになり、やがて煉瓦状から角が落ちて丸石っぽくなった頃に、ふわりと鼻先を甘い香りが撫でて。
魔力を使いすぎてヘロヘロになった状態で後ろを振り向くと、そこにすでに師匠とクオーツの姿はなく。まさかと思って見上げた二階の窓辺には、マフィンに齧り付きながらこちらを見下ろすクオーツが座っていた。
私と目が合った途端に〝あ、まずい〟とでもいうように、スーッとカーテンの影に隠れるレッドドラゴン。くっ、裏切り者め。でも仕様がないか。本来ならこの季節のドラゴンは冬眠中だ。生物学上は大きな爬虫類だもんね。
野生を忘れて起きているだけクオーツは偉い。雪かきにそんな生物を付き合わせた私が悪いんだ。
腹を立てるほどの魔力も気力もない私がその場に膝をついてへたり込んだら、嫌がらせみたいに空からまた白いものが降り始め、憎しみを込めて見上げようとしたその時、地面の白に黒い影が落ちてきた。
疑問と共に見上げた先には、ドラゴンに似た特徴を持つワイバーンが一頭飛んでおり。逆行になっているその背中から「新年早々、何をして雪の中に放り出されるような折檻を受けているんだ、君は」と。心底呆れたような、小馬鹿にした声が降ってきて。
顔も出さずに来客に気付いたらしい師匠が結界の解除をしたらしく、隔てる力場のなくなったワイバーンは、ゆっくりと私の目の前にその巨体を着地させた。そうして背中から降り立った相手は、私を見るや眉を顰めて口を開く。
「今日は君と君の師匠に用があって来たのだが……日を改めた方が良いか?」
口調だけは情けをかけている風でいながら、その実全然そう思っていなさそうな声音に「クオーツ、師匠に今来たお客には水だけで良いですって言っといて~!」と伝言することしか出来なかった。




