第99話 「ノゥ」
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「私が皆殺しにした。660人全員ね。大変だったんだよ、本当に……気の遠くなるような日々だった」
神父の告白は続く。
自身の、壮絶な復讐の日々―――
「本当に気が遠くなるような日々だった。ようやく皆殺しにしたと思ったが、肝心の白リン弾の入手ルートだけは、まったくわからなかった。それで仕方なく、幹部メンバーを拷問したんだ」
平然と殺人歴を語るルディ。
ドン引きの2人。
「アンタ、さっきからスゴいこと言うよね。さらっと」
「もうこっちもサラっと聞こうぜ。で、拷問してどうした?」
「どうもこうも……拷問したその幹部が言ったんだ。『ノースピーク共和国から脱北した陸軍兵から、横流しされた』とね」
淡々と話すルディだったが、すこし声のトーンが低くなる。
脱北兵……というと、アイツのことに違いない。
「レインショットのことか」
苦々しく吐き捨てるフォックス。
「さすがに気を失いそうになったよ……」
こくりと頷きながら、ルディは続ける。
「それが4年前だ。探しに探し、一昨日ついにレインショットを殺して、私たちの復讐は終わった。ようやくね」
「じゃあ、さっきの女どもがキャーキャー言ってたのって、家族の仇が討てたからだったのかよ」
「そ、そりゃおめでとう。スゲー話なんだけど……つーか、それをアンタひとりでやってのけたのかよ」
なんと言っていいのかわからず、おめでとうとか言うトラ。
だがそんな復讐を、果たしてひとりで出来るものなのか? たとえアイテムを使ったにせよ。
「もちろん私ひとりではない。支援者がいるんだ。さっきの彼女たちを含む、アルベル・スタジアム事件の被害者、そして犠牲者の遺族だよ」
「事件の関係者、18744人が支援団体を作って私を支えてくれた。『神父、どうか仇を討ってください』とね。それは私自身の望みでもあった」
「……それでさっき、電話が鳴りっぱなしとか、メールがメッチャ来てるとか言ってたのか。その支援者からだな? そ、そりゃそうか。祝電殺到だな」
「それじゃ昨日で……いや、おとといか。レインショットを殺して、全員の悲願を達成したってわけ?」
「そうだ……今日の吉報を、みんなに聞かせてやりたかった。この12年の間に、18744人中、311人が死んだ」
「ある者は老衰で、ある者は事件の後遺症で、ある者は自らの手で自らを。ある者は私とともにテログループのアジトに乗りこみ、反撃に合い……無念だよ」
……ほとんど狂気のストーリー。
さすがのトラとフォックスにも茶化せない。
たまらず話題を変えた。
「そ、それはそれは……で、次に……ええと、なにを聞きゃいいんだろ?」
「シーカとアンタは、どういう関係なんだ?」
よりによって、シーカの話。
※ ※
「関係と言われてもね。つい先日、彼がここに訪ねてきたんだ。 “ 探索 ” というんだったか? フォックス君の籠手にもできるだろう? 「○○はどこだ」式の探し物を」
「ああ」
「彼がそれを使って、 " 穢卑面 " と " 咲き銛 " に会いに来たんだ。その宿主が、たまたま私だっただけだよ」
やはり淡々と答えるルディ。
どうやら、シーカはいまだにアイテム探しを続けているらしい。
まあ、どうせ煙羅煙羅の指示だろうが。
……ちょい待ち。
トラとフォックスの頭上に、疑問符が浮かぶ。
「ちょい待ち……エヒメ?」
「サキモリ……さっきから聞きたかったんだけど、そのアイテムか?」
2人で首をかしげる。
「おっと、言い忘れたね。私の呪いの名前だよ。この仮面が “ 穢卑面 ” 。胸甲が “ 咲き銛 ” だ」
右手で仮面を、左手で胸甲を指さすルディ。
彼が初めて見せる、ひょうきんなポーズ。
「それでわかったぜ。シーカが、俺たちの居場所を探索したんだな?」
こほんこほんと煙を吐くトラ。
「なんでアタシ達を探したんだ?」
すぱすぱと煙を吐くフォックス。
いつの間にか、灰皿に5本も吸い殻が出来ていた。吸いすぎだ。
「いや、別に理由はない。たまたま君たちの話になって、成り行きでだ。君たちは軍艦の上にいて―――その軍艦を穢卑面で見ていたら、レインショットが見つかったんだ。さすがに驚いたよ」
顛末を語るルディ。
一方、フォックスとトラの眉間にシワが寄る。
「えー……はい???」
「いま、なんて言った? 見たってなんだよ?」
「ああそうか、それも説明しないとね。穢卑面の能力は『遠視』だ」
自らの仮面を指さすルディ。
「どんなに離れた場所でも……たとえば密閉空間だろうが地球の反対側だろうが、深海の底だろうと “ 見る ” ことができるんだ。千里眼と言えばわかりやすいかな。自分のうしろ姿でも見える」
「……無敵じゃん」
「具体的に見るってのは? ……いや、今はいいや。それで?」
「テログループを皆殺しにする過程で、白リン弾の入手元がレインショットだとは分かった。だが、どこにいるのかさっぱりわからなかった」
「4年間……ずっと足取りを追っても見つからなかった。それを偶然やってきたシーカくんが、たまたま君たちを探索したことで見つかったんだ。皮肉なものだよ」
上手い話もあるものだ。
出来すぎた話とも言えるが。
「見つけたときビックリしたろ?」
「アタシならショック死するかも」
「心臓が止まるかと思ったさ。ただちに “ 軍艦かしはら ” の着港地点の町に、飛行機の予約を取らせた。その日の便に空きがあって幸運だったよ」
「言うまでもなく、向かう飛行機の中でも " かしはら " の監視を続けていた。ところが予想もしないことが起こった。マリィ君だ。彼女が軍艦にやってきて……あとは知っての通りだよ」
「…………」
マリィの名前が出たことで、フォックスの顔色が変わる。どこか悲し気な……オーナーの表情に気づいたトラが、あわてて続きを催促した。
「よ、よう。それよか、シーカが連れてたロボットは? やっぱ “ 煙羅煙羅 ” か?」
ちょっと無理のある話題の変えかただ。
まあ、トラにしては上出来のほうだろう。
「ああ。煙羅煙羅の話は、説明が長くなるのだがね……」
ルディは少し考えこみ……ぽつぽつと語り始めた。
※ ※
「飛行機に間に合わないと大変だからね。私は急いで空港に出かけようとしたんだ。ところがそのタイミングで、シーカ君がパニックを起こしてね。何事かと思ったら、煙羅煙羅が外れたと大騒ぎさ。あれには参ったよ」
本当に参った、と言わんばかりのルディ。
さぞかし大変だったのだろう。たしかにシーカがテンパったら、なにを言ってるか聞き取るのは不可能に近い。
「どんな感じだったのかな」
「は、は、は、外れた、とかそんな感じじゃないスか?」
「おおむね、そんな感じだった。とにかく私はレインショットのことで、それどころじゃなかったんでね。ゆっくり聞いている時間もなかったので、仕方ないから一緒に連れてきたんだ。もちろん煙羅煙羅もだ」
シーカが港に来たのは、あまりにバカげた理由だったようだ。
いや、それよりも重要な疑問がある。
それを尋ねたのはフォックス。
「煙羅煙羅は、なんで外れたんだ?」
「どうやらニニコくんが、煙羅煙羅のネジを食べたそうだね。ネジがないから取れちゃったらしい」
肩をすくめて答えるルディ。
ため息をつく2人……予想した通りだった。
「やっぱりか。くだらね」
「んな簡単にアイテムって変形すんのかよ」
自分たちの人生をメチャクチャにした呪い。
それが、こんなしょうもない理由で脱着したと聞かされては、たまったもんじゃない。
しかし、ルディの興味は別のところへ。
「さっきから気になっていたんだが、アイテムというのは、鎧のことかね? ユニークな表現だな」
唇をとがらせるトラ。
「つっても、他になんて呼びゃいいのよ。ウェポンとか?」
ぼりぼりと髪をかき上げ、フォックスがルディを見上げた。
「それより、そろそろ聞かせてくれ。なんでアタシ達を助けてくれたわけ? あんたの目的は? もう復讐は終わったんだろ?」
1秒、5秒……沈黙が続く。
ようやくルディが答えを返した。
「鎧……君たちの言葉を借りれば、アイテムか。13個すべてを集めたい」
「はあ?」
「はあ?」
予想もしなかった回答。
2人が顔を見合わせる。
つぶやくように、フォックスが口を開いた。
「……なんで?」
「私の願いではない。この穢卑面と、咲き銛の願いだ。アイテムたちは、ひとつの鎧に戻りたいそうでね」
「……だからなに? それを叶えてやる理由は?」
おだやかな口調のルディ。
だんだん口調がキツくなるフォックス。
黙って聞いているトラの表情も、険しくなってきた。
回答を続けるルディ―――
「私が復讐をなしえたのはアイテムのおかげだ。だから今度は、私がアイテムのために生きる。それだけだ」
「アタシ達にアイテム探しを手伝えってこと?」
「平たく言えばそうだ。力を貸してほしい。君とシーカくんの “ 探索 ” があれば、たやすいことだろう?」
「……アンタの活動資金は、その支援者だかが負担してんだろ? 納得するのか?」
金の話まで持ち出すフォックス。
ものっすごい、気が乗りませんアピール。
しかし―――
「もちろんだ。復讐が成った暁には、咲き銛の願いに従う。それが支援者18744人の合意だからね。もちろんアイテム探しを手伝ってくれるだろう?」
問題ないですけどアピールをするルディ。
「…………」
考えこむフォックス。
しばらく、うーんとうつむき、そして、
「悪いけど、断るね」
断っちゃった。




