第98話 「ゴースト」
言い争いから40分。
一団は、やっと教会の入り口までやってきた。
「ここだ、ちょっと待っていてくれ」
ルディが、ポケットからカードを取り出した。
裏口……古びた教会には、およそ似合わない電子ロックで扉が施錠されている。カードを差しこみ、キーロックを解除した。
ガチャ、ギィイ。
「こっちだ、入ってくれ」
開いたドアの向こうは、礼拝堂。
決して広くはないが、天井まで彫刻がほどこされた、なかなか格式の高そうな教会だ。
ルディが女たちに命じる。
「君たち、私は彼らに話がある。レインショットの最期のことは、また教えてあげよう。さあ明日も早いのだろう? 休みたまえ」
いっせいに巻き起こる不満の声。
「えー、つまんない」
「絶対ですよ、神父さま」
「明日ってなんか予定あったっけ?」
「結婚式2本入ってたじゃん。ホラあの……どこの式場だっけ」
「ほれ。県庁の隣のとこ。明日5時起きだわ」
「げー、そりゃ早よ寝るわ。神父さま、失礼しまーす」
ぱたぱたと去っていくシスター軍団。
やっと静かになった。
「やれやれ、若い娘にはかなわんよ……さて待たせたね、トラくん、フォックスくん。適当に座ってくれたまえ」
適当にと言われて、祭壇の前の長椅子に目をやる2人。
「おいルディ。一番前の椅子、ぶっ壊れてるぞ。ていうか穴だらけじゃん、床も……」
無残に破壊された長椅子。
その周辺には、機関銃で撃たれたような穴が無数に空いていた。
「もしかして、その……咲き銛だったか? そいつでブッ壊したんじゃないよな?」
「……」
なにも答えないルディ。
2人の言う通り。
シーカと会話していたときに、レインショットを見つけた興奮のあまり、思わず破壊してしまった長椅子だ。
(第53話 「デストロイヤ」より)
「……」
なにも答えないルディ。
「え? なんで黙ってんの?」
もっぺん聞くフォックス。
「忘れていた。確かここに……あった。吸うかね?」
ルディがサイドデスクから、タバコと灰皿を持ってきてくれた。
「あっ、タバコ! いいの!? いや、長椅子は?」
「めっちゃ吸いたかったんだよ、ありがてえ。あの、長椅子……まあいいや」
ごまかされる2人。
バラバラになった長椅子のことはどこへやら、別の椅子に腰かける。
ボッ。
" 焼き籠手 " の人差し指に灯る、ちいさな火。
炎に、煙草を咥えた2人の顔が近づく。
チリチリチリ……
火がついた。
ふたたび離れる男女の顔。
「スゥウウウ……フゥウウウウウ……うめえ」
「スパスパスパ、ハー。うまい」
「どうかね? 修道院の子供が隠し持ってたのを没収したんだが、捨てなくてよかった」
「フー……ああ、ようやく一息ついたぜ。礼を言うのが遅くなっちまったな。助けてくれてありがとう、ルディ」
「ありがとう。俺たち死刑になるとこだったんだな。今になって実感わいてきたよ。ちょっと待って、このタバコきつい。クラッとする」
お礼を言うフォックス。
タバコに酔うトラ。
「やれやれ、若い者にはかなわんね。シーカくんといい……いや、彼と比べたらまだマシか」
10本の蝋燭が灯された祭壇の前。
ルディが手を伸ばし、一本の蝋燭の胴に、愛おしそうに触れる。
「見ていてくれたかい。終わったよ、イザベッラ」
その声はあまりに小さく、トラ達には聞こえなかったはずだ。
イザベッラ?
10本の蝋燭には、それぞれ違う名前が彫ってある。
葬礼のための蝋燭。
いちばん手前の蝋燭に彫られた名は、イザベッラ・ゴースト。
イザベッラ・ゴースト。
ブライアン・ゴースト。
ダニエル・ゴースト。
レイナ・ゴースト。
マリアンヌ・ゴースト。
ロバート・ゴースト。
エレオノール・ゴースト。
ジョージ・ゴースト。
ナタリー・ゴースト。
アンヌ・ゴースト。
…………ゴースト?
これはルディの、家族の名前だろうか。
ゴースト神父……
感傷にひたるルディに、トラは無神経に話しかける。
「今さらなんだけどさあ。さっきの修道女どもはなんだったんだ? ちょっと感じ悪すぎじゃねえ?」
まだ根に持ってる。
「彼女たちは正真正銘、この教会のシスターだよ。無礼は、私が代わって謝る」
数秒の沈黙ののち、ルディがつぶやくように答えた。
「なにぶん今夜は、私にとっても彼女たちにとっても、記念すべき日なのでね。舞い上がっていたのは許してやってほしい」
「ふーん、まあそれならいいや。けどアイツら、なにもかも知ってたよな。アイテムのことも、レインショットのことも。あいつらも含めて、アンタたちは何者なんだ?」
納得いかないって顔をしてはいるけど、しぶしぶ納得するトラ。
じっとルディを見上げる。
ふたたび、沈黙。
重々しく、ルディが口を開く。
「ステファニー……彼女たちのなかに、金髪の娘がいただろう?」
顔を見合わせる2人。
「いたっけ?」
「いましたよ、あの巨乳の……」
「ああ、お前をアホっつった女か」
「全員言ってやがったんスけど!」
漫才でも始めそうな2人を無視し、ルディが続ける。
「彼女は……腎臓がひとつしかないのだ。片方は『アルベル・スタジアム事件』で失った。内臓破裂、よく助かったものだよ」
トラの眉がひきつる。
「いや、なんの話? アル……なに事件だって?」
フォックスの、あきれた顔。
「お前なあ、軍艦で話したろ。レインショットが、白リン弾をテログループに横流ししてさあ」
◇
【アルベル・スタジアム事件】
1844人の犠牲者を出したテロ事件……だったはず。
第56話 「ミーティング」を参照されたし。
◇
フォックスは続ける。
「そのテログループが、野球のスタジアムで白リン弾を発破したんだよ。観衆の数万人が、押し合いへし合いになって数百人が死んだって……え? さっきの女、もしかして被害者なの?」
ルディへの質問だった。
だがトラが割って入る。
「ハクリンダンって、なんでしたっけ?」
それも駆逐艦のなかで説明したはずだ。
イラだつフォックスが、乱暴にタバコの火を灰皿でもみ消した。
「うるせえな、もう! 白リン弾ってのはアレだ。あの……煙幕をはる爆弾だよ! 煙をこう、ドバーッっとまき散らすんだ。忍者の使うヤツみたく!」
トラが、ポンとひざを叩く。
「ああ、思い出しました! なんでしたっけ。殺傷力は無いけど、すげー煙を出すとかいう……」
「ふざけるな!!」
ルディの絶叫が礼拝堂にとどろく―――
「殺傷力がないだと!? 君には想像力というものが無いのかね! 燐を燃やす爆弾だぞ、何千℃の熱だと思っている! 直撃すれば命はない、おそるべき兵器だ!!」
2人に掴みかからんばかりにまくし立てるルディ。
ドクロの仮面の下で、ハーハーと興奮した呼吸が激しくなる。ぶるぶると震える全身―――
「……」
「……すいません」
固まるフォックス。ビビった。
謝るトラ。めっちゃビビった。
まだ息を荒げているルディ。
と―――
「い、いや……興奮してすまない」
ゆっくりと2人から離れる。
静かに、静かに呼吸を整えながら祭壇を見上げた。
「興奮してすまない……」
『大丈夫ですか、神父さま』
ルディを気づかう咲き銛。
「ああ、平気だ……ありがとう咲き銛。無理もない……あの惨状を目にしたことがない者には、想像もつくまい」
怒られて硬直していたトラの表情が変わる。
「……目にしたって……どういう意味だ? あんたはそのスタジアムにいたのかよ」
ルディの押し殺すような声―――
「ああ、そうだ。私も、私の家族も、あの日アルベル・スタジアムにいた……」
「ワールドベースボールの試合だ。ディアーハンターズと、シュリンプ・ストライプスの試合に……私は家族と観戦に行った」
「7回の表に……突然、客席に仕掛けられていた白リン弾13発が爆発したんだ。あとは……パニックだよ。一面なにも見えなくなり、まるで真っ白な闇のなかだ」
「逃げまどう観客たちが折り重なり、ある者は3階席から落ち、ある者は人間の壁とコンクリートの壁に挟まれ、ステフ……ステファニーは……」
「さっき言った……金髪の修道女だ。ステフは……想像できるかね。当時9歳の彼女のうえに、数10人の大人が圧しかかったのだ。一緒に下敷きになった彼女の弟は助からなかった。7歳だったそうだ」
握りしめた神父の拳が震える。
トラとフォックスの驚いた声―――
「……いや、いやいや! ちょい待ち」
「ちょっと待ってくれ。じゃあアンタ、それでレインショットを殺したのか? 復讐だったの!? あのシスターの!?」
「……あの子たちだけじゃない。私もそうだ。私もアルベル・スタジアム事件で、家族を失った。あの事件で奪われた命は1844人。あの日から私たちの……いや、犠牲者遺族たちの復讐が始まった。12年前のあの日から……」
「い、いや……ぜんぜん話が見えてこねえ。じゃあアンタが港に来たのは、なんだったんだ? レインショットを殺すためだったってことか?」
「ていうか、それ以前に話がおかしいだろ! あの港にレインショットがいるって、なんでわかったんだ?」
やいやい言う2人。
話が錯綜してきた。ルディが2人をなだめる。
「待ってくれ、話が錯綜してきたぞ。いや、私が混乱させてしまったのだな。すまない」
丁寧にわびるルディ。
少し考えこみ……2人の質問に答え始めた。
「なにから言えばいいのか……まず時系列で話そう。いまも言ったが、私も彼女たちもアルベル・スタジアム事件の被害者遺族だ。実際にテロを起こした組織を “ 赤の暦 ” という。王政打倒をモットーにしていた極左ゲリラだ」
「……していた?」
「なんで過去形?」
「私が皆殺しにした。660人全員ね。大変だったんだよ、本当に……気の遠くなるような日々だった」
「アンタ、さっきからスゴいこと言うよね。さらっと」
すごい話になってきた。
グロい話にならなきゃいいが。




