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チャッカマン・オフロード  作者: 古川アモロ
第13章「身も蓋もないバイブルを焼き捨てる夜へ」
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第98話 「ゴースト」



 言い争いから40分。

 一団は、やっと教会の入り口までやってきた。


「ここだ、ちょっと待っていてくれ」 

 ルディが、ポケットからカードを取り出した。


 裏口……古びた教会には、およそ似合わない電子ロックで扉が施錠(せじょう)されている。カードを差しこみ、キーロックを解除した。

 ガチャ、ギィイ。


「こっちだ、入ってくれ」


 開いたドアの向こうは、礼拝堂。

 決して広くはないが、天井まで彫刻がほどこされた、なかなか格式の高そうな教会だ。


 ルディが女たちに命じる。

「君たち、私は彼らに話がある。レインショットの最期のことは、また教えてあげよう。さあ明日も早いのだろう? 休みたまえ」

 

 いっせいに巻き起こる不満の声。


「えー、つまんない」

「絶対ですよ、神父さま」

「明日ってなんか予定あったっけ?」

「結婚式2本入ってたじゃん。ホラあの……どこの式場だっけ」

「ほれ。県庁の隣のとこ。明日5時起きだわ」

「げー、そりゃ早よ寝るわ。神父さま、失礼しまーす」


 ぱたぱたと去っていくシスター軍団。

 やっと静かになった。




「やれやれ、若い娘にはかなわんよ……さて待たせたね、トラくん、フォックスくん。適当に座ってくれたまえ」


 適当にと言われて、祭壇(さいだん)の前の長椅子(ながイス)に目をやる2人。


「おいルディ。一番前の椅子、ぶっ壊れてるぞ。ていうか穴だらけじゃん、床も……」

 無残に破壊された長椅子。

 その周辺には、機関銃で撃たれたような穴が無数に空いていた。


「もしかして、その……()(もり)だったか? そいつでブッ壊したんじゃないよな?」



「……」

 なにも答えないルディ。


 2人の言う通り。

 シーカと会話していたときに、レインショットを見つけた興奮のあまり、思わず破壊してしまった長椅子だ。

 (第53話 「デストロイヤ」より)


「……」

 なにも答えないルディ。

 


「え? なんで黙ってんの?」

 もっぺん聞くフォックス。


「忘れていた。確かここに……あった。吸うかね?」

 ルディがサイドデスクから、タバコと灰皿を持ってきてくれた。


「あっ、タバコ! いいの!? いや、長椅子は?」

「めっちゃ吸いたかったんだよ、ありがてえ。あの、長椅子……まあいいや」


 ごまかされる2人。

 バラバラになった長椅子のことはどこへやら、別の椅子に腰かける。



 ボッ。

 

 " 焼き籠手 " の人差し指に(とも)る、ちいさな火。


 炎に、煙草を(くわ)えた2人の顔が近づく。

 チリチリチリ……

 火がついた。

 ふたたび離れる男女の顔。


「スゥウウウ……フゥウウウウウ……うめえ」

「スパスパスパ、ハー。うまい」

 


挿絵(By みてみん)



「どうかね? 修道院の子供が隠し持ってたのを没収(ぼっしゅう)したんだが、捨てなくてよかった」

 

「フー……ああ、ようやく一息(ひといき)ついたぜ。礼を言うのが遅くなっちまったな。助けてくれてありがとう、ルディ」

「ありがとう。俺たち死刑になるとこだったんだな。今になって実感わいてきたよ。ちょっと待って、このタバコきつい。クラッとする」

 お礼を言うフォックス。

 タバコに()うトラ。



「やれやれ、若い者にはかなわんね。シーカくんといい……いや、彼と比べたらまだマシか」

 10本の蝋燭(ろうそく)が灯された祭壇の前。

 ルディが手を伸ばし、一本の蝋燭の(どう)に、(いと)おしそうに触れる。


「見ていてくれたかい。終わったよ、イザベッラ」

 その声はあまりに小さく、トラ達には聞こえなかったはずだ。



挿絵(By みてみん)



 イザベッラ?

 10本の蝋燭には、それぞれ違う名前が彫ってある。

 葬礼(そうれい)のための蝋燭。

 いちばん手前の蝋燭に彫られた名は、イザベッラ・ゴースト。

 

 イザベッラ・ゴースト。

  ブライアン・ゴースト。

  ダニエル・ゴースト。

  レイナ・ゴースト。

    マリアンヌ・ゴースト。

     ロバート・ゴースト。

     エレオノール・ゴースト。

      ジョージ・ゴースト。

      ナタリー・ゴースト。

      アンヌ・ゴースト。 



 …………ゴースト? 


 これはルディの、家族の名前だろうか。

 ゴースト神父……


 

 感傷(かんしょう)にひたるルディに、トラは無神経に話しかける。


「今さらなんだけどさあ。さっきの修道女どもはなんだったんだ? ちょっと感じ悪すぎじゃねえ?」

 まだ根に持ってる。

 

「彼女たちは正真正銘、この教会のシスターだよ。無礼(ぶれい)は、私が代わって謝る」

 数秒の沈黙ののち、ルディがつぶやくように答えた。

「なにぶん今夜は、私にとっても彼女たちにとっても、記念すべき日なのでね。舞い上がっていたのは許してやってほしい」


「ふーん、まあそれならいいや。けどアイツら、なにもかも知ってたよな。アイテムのことも、レインショットのことも。あいつらも含めて、アンタたち(・・・・・)は何者なんだ?」

 納得いかないって顔をしてはいるけど、しぶしぶ納得するトラ。

 じっとルディを見上げる。


 ふたたび、沈黙。

 重々(おもおも)しく、ルディが口を開く。

「ステファニー……彼女たちのなかに、金髪の娘がいただろう?」



 顔を見合わせる2人。

「いたっけ?」

「いましたよ、あの巨乳の……」


「ああ、お前をアホっつった女か」

「全員言ってやがったんスけど!」


 漫才でも始めそうな2人を無視し、ルディが続ける。


「彼女は……腎臓(じんぞう)がひとつしかないのだ。片方は『アルベル・スタジアム事件』で失った。内臓破裂、よく助かったものだよ」



 トラの(まゆ)がひきつる。

「いや、なんの話? アル……なに事件だって?」


 フォックスの、あきれた顔。

「お前なあ、軍艦で話したろ。レインショットが、白リン弾(・・・・)をテログループに横流ししてさあ」


   



【アルベル・スタジアム事件】


 1844人の犠牲者を出したテロ事件……だったはず。 

 第56話 「ミーティング」を参照されたし。


   



 フォックスは続ける。


「そのテログループが、野球のスタジアムで白リン弾を発破したんだよ。観衆の数万人が、押し合いへし合いになって数百人が死んだって……え? さっきの女、もしかして被害者なの?」


 ルディへの質問だった。

 だがトラが割って入る。


ハクリンダン(・・・・・・)って、なんでしたっけ?」

 

 それも駆逐艦のなかで説明したはずだ。

 イラだつフォックスが、乱暴にタバコの火を灰皿でもみ消した。


「うるせえな、もう! 白リン弾ってのはアレだ。あの……煙幕(えんまく)をはる爆弾だよ! 煙をこう、ドバーッっとまき散らすんだ。忍者の使うヤツみたく!」


 トラが、ポンとひざを叩く。

「ああ、思い出しました! なんでしたっけ。殺傷力は無いけど、すげー煙を出すとかいう……」


  

  「ふざけるな!!」


 ルディの絶叫が礼拝堂にとどろく―――


「殺傷力がないだと!? 君には想像力というものが無いのかね! (リン)を燃やす爆弾だぞ、何千℃の熱だと思っている! 直撃すれば命はない、おそるべき兵器だ!!」


 2人に(つか)みかからんばかりにまくし立てるルディ。

 ドクロの仮面の下で、ハーハーと興奮した呼吸が激しくなる。ぶるぶると震える全身―――



「……」

「……すいません」

 固まるフォックス。ビビった。

 謝るトラ。めっちゃビビった。


 まだ息を荒げているルディ。

 と―――


「い、いや……興奮してすまない」

 ゆっくりと2人から離れる。

 静かに、静かに呼吸を整えながら祭壇を見上げた。

「興奮してすまない……」


『大丈夫ですか、神父さま』

 ルディを気づかう()(もり)


「ああ、平気だ……ありがとう咲き銛。無理もない……あの惨状を目にしたことがない(・・)者には、想像もつくまい」



 怒られて硬直していたトラの表情が変わる。 

「……目にしたって……どういう意味だ? あんたはそのスタジアムにいたのかよ」



 ルディの押し殺すような声―――

「ああ、そうだ。私も、私の家族も、あの日アルベル・スタジアムにいた……」


「ワールドベースボールの試合だ。ディアーハンターズと、シュリンプ・ストライプスの試合に……私は家族と観戦に行った」


「7回の表に……突然、客席に仕掛けられていた白リン弾13発が爆発したんだ。あとは……パニックだよ。一面なにも見えなくなり、まるで真っ白な闇(・・・・・)のなかだ」


「逃げまどう観客たちが折り重なり、ある者は3階席から落ち、ある者は人間の壁とコンクリートの壁に挟まれ、ステフ……ステファニーは……」


「さっき言った……金髪の修道女だ。ステフは……想像できるかね。当時9歳の彼女のうえに、数10人の大人が()しかかったのだ。一緒に下敷(したじ)きになった彼女の弟は助からなかった。7歳だったそうだ」




挿絵(By みてみん)



挿絵(By みてみん)




 握りしめた神父の(こぶし)が震える。


 トラとフォックスの驚いた声―――


「……いや、いやいや! ちょい待ち」

「ちょっと待ってくれ。じゃあアンタ、それでレインショットを殺したのか? 復讐だったの!? あのシスターの!?」



「……あの子たちだけじゃない。私もそうだ。私もアルベル・スタジアム事件で、家族を失った。あの事件で奪われた命は1844人。あの日から私たちの……いや、犠牲者遺族たちの復讐が始まった。12年前のあの日から……」



「い、いや……ぜんぜん話が見えてこねえ。じゃあアンタが港に来たのは、なんだったんだ? レインショットを殺すためだったってことか?」

「ていうか、それ以前に話がおかしいだろ! あの港にレインショットがいるって、なんでわかったんだ?」

 

 やいやい言う2人。

 話が錯綜(さくそう)してきた。ルディが2人をなだめる。


「待ってくれ、話が錯綜してきたぞ。いや、私が混乱させてしまったのだな。すまない」

 丁寧(ていねい)にわびるルディ。

 少し考えこみ……2人の質問に答え始めた。


「なにから言えばいいのか……まず時系列で話そう。いまも言ったが、私も彼女たちもアルベル・スタジアム事件の被害者遺族だ。実際にテロを起こした組織を “ 赤の(こよみ) ” という。王政打倒をモットーにしていた(・・・・)極左ゲリラだ」


「……していた?」

「なんで過去形?」



「私が皆殺しにした。660人全員ね。大変だったんだよ、本当に……気の遠くなるような日々だった」


「アンタ、さっきからスゴいこと言うよね。さらっと」


 すごい話になってきた。

 グロい話にならなきゃいいが。



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終身刑の魔女より

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いま書いてるやつよ。





イタいぜ!



チャッカマン




マンガ版 チャッカマン・オフロード
 

 
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アニメーション制作:ちはや れいめい様



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