第96話 「ベリーグッドナイト」
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ドドドドドド……
トレーラーは一路、大型道を東へ向かう。
コンテナに詰めこまれたトラ、フォックス、そしてルディ。
その内部は……すごい。
コンテナの中は、まるで小さな教会だ。一番奥に備えられた祭壇の前に、長椅子が並ぶ。
その祭壇には蝋燭が10本。
ルディは手を組み、なにやらぶつぶつと祈りを捧げていた。ゆらゆらと揺らめく炎と、天井に設置された明かりが、煌々と鉄の部屋を照らす。
くりかえすが、ここはトレーラーの中である。
マジで何なのだろうか、この……移動式教会は?
で、トラとフォックス。
2人が長椅子に並んで座る。
「ねえねえ、オーナー。うふふ」
「……」
フォックスに肩を寄せるトラ。
逃げるフォックス。
「オーナーってば。うふふ」
寄るトラ。
「……」
端っこに追いつめられるフォックス。
やっと口を開いた。
「……なに?」
トラが照れながら、ささやく。
「なんか……結婚式みたいですね」
神父が祈りをささげる祭壇の前に、男女。
たしかに結婚式のようだ。
だがフォックスは、目も合わせずにつぶやく。
「葬式みたいだ」
トラは意にも介さない。
「オーナー、これで安心してできますね。俺たち、その……いつします?」
もじもじ。
照れながら、さっきの続きについて切り出す。
こういうとこピュアな、かわいいトラ。
ああ、楽しみだな。
どんなスゴいことになるんだろう。
うふふ。
果てなく広がる、卑猥な妄想。
そっとフォックスの肩に手をまわす。
直後、トラの顔面にフォックスの籠手が叩きこまれた。
ドガ!
「ぶげッ!」
ボゴッ、バキャ!!
タコ殴り……立て続けに繰り出される、パンチパンチパンチ。
「ブッ死ね!!!」
「ぎゃ……やめ……なぜ……!」
馬乗りになってトラを殴るフォックス。ボッコボコにされていく。やがてトラは意識を失った。
ルディはお祈りを中断し、フォックスを引きはがそうと試みた。
「やめたまえ! こ、こら。やめろ、やめないか!」
全然やめないフォックス。
「死にさらせ!」
ボグッ、ドガッ!
「……」
気を失うトラ―――
「よさないか!」
ついにルディが、フォックスを羽交い絞めにした。
ようやく処刑は終わる。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「気が済んだかね、フォックスくん」
「はぁ、はぁ……ああ」
汗をぬぐうフォックス。
さんざん殴って、ようやく気が済んだらしい。
トラは無残に、床に横たわる。
死んだのか?
「トラくん、死んだんじゃあるまいね」
「知るか! アタシも寝る!」
ぷんすか怒るフォックス。
そのまま長椅子にごろんと寝転がった。
「ああ、そうしたまえ。着いたら起こしてあげるから」
ふたたび祭壇に向かうルディ。
「おやすみ、私は祈りを続けるよ」
「……なあ」
「まだなにか?」
「このトレーラーなんなんだ? 教会みてえ」
「みたいじゃなくて教会だよ。僻地や災害地に派遣するためのね。移動用の教会だ」
「シーカは、あんたの連れなのか? ニニコ……妹が一緒にいるんだ」
「安心したまえ。シーカ君が、警察の捜査の及ばない場所に匿っているはずだ」
「……アタシ達、どこに向かってんだコレ」
「いいから寝たまえ」
「……ていうかこのトレーラー、誰が運転してんだ……?」
「寝たまえ」
そう言ってルディはふたたび背を向け、祈りをささげはじめた。
その後ろ姿を見ながら、フォックスの意識はだんだん薄れていった。
おやすみフォックス。
おやすみトラ。
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どのくらい時間がたったのか―――
ギィイイイイイイイイイイィ!!
トレーラーは、ブレーキ音を軋ませて停止した。グラリと荷台の2人に慣性がかかる。
床に転がっていたトラが、停止の勢いでズズズと前方にすべり、ゴチンと頭を椅子の脚にぶつけた。
「ゴチン! アッ、痛た! ……うーん、スヤ……」
起きない。
やれやれとルディが、トラをやさしく揺する。
「着いたよ、起きたまえ」
「うー……ん」
ようやく、むくりと上体を起こすトラ。その顔面は……かわいそうに、ボコボコではないか。
「ん……あれ? ここは?」
「起きたかね?」
「ぎゃあ―――!!」
起き抜けに、30センチくらいの近距離でルディのガイコツ面。思わず叫ぶ。
「ギャアアアアア、化け物! あ、ああ……アンタか。悪い……」
さすがに気まずいトラ。
謝る。
「……いや、気にしていない。起きたまえ」
完全に気にしているルディ。
今度は、長椅子で眠るフォックスに近づく。
「フンガー、グー」
高イビキのフォックス。
「起きたまえ。着いたよ、フォックスくん。起きたまえ!」
コンテナに響くルディの声。
フォックスがじわじわと目を開き……やっぱり悲鳴をあげた。
「う……ん……うわっ、化け物!」
長椅子から飛び起きる。
いきなり目の前にドクロの仮面。
驚かないはずがない。
「お、おお………アンタか、ゴメン」
頭をさすりながら起き上がるフォックス。
謝る。
「……いや、気にしていない。起きたまえ」
完全に気にしているルディ。
と―――
ガシャン、キイイイイ……
荷台の扉が、外から開かれた。
左右に開いた扉の向こうから……
パ――――――ン!
パ――――――ン!!
パンパ――――――ン!!
「おかえりなさいませー!」
「おめでとうございます、神父さま!!」
「お疲れ様です!」
大歓声。
待ち受けていた6人の修道女が、いっせいにクラッカーを鳴らす。
紙吹雪を浴びるルディ。
ひっくり返るトラとフォックス。
なにこれ?




