第95話 「R18」
「トラ……これから、どうしよっか」
「……さあ?」
同日、20時。
ここは……どこだろうか?
ここは、どこかの会社の倉庫。
港からもっとも近い町の、雑居ビルの地下倉庫だ。とてもホコリっぽい。
施錠されていたシャッターを力ずくで押し上げ、侵入したのが30分前。やっとフォックスが目を覚ました。
大量の機材、資材が詰めこまれた倉庫の中。
2人のヒソヒソ声だけが、しぃんと響く。
「なあ……金、いくらある?」
木箱に腰かけるフォックス。
その表情は険しい。
「ん……こんだけっスね。オーナーから預かってる20万だけっスよ」
木箱に腰かけるトラ。
もぞもぞと長靴に指をつっこみ、中を探る。取り出した紙幣20枚を、フォックスに渡した。
「オーナーは? 籠手の中に、たしか」
「……ああ」
神妙な顔で、フォックスが籠手を逆さに振る。
カラン、カラン。
籠手の内側から出てきたのは、宝石が2つ。
ダイヤモンドだ、大きい。
さぞ値の張るものだろう。
だが―――
「換金できそうもねえな。はは、服もねえし」
2人はまだ着替えさえしていない。トラは包帯グルグル巻きだし、フォックスはタオルケットに包まったままだ。
てゆうか、手錠も外せていない。
とくにフォックスの籠手には、ガソリンを満載したボトルが括りつけられている。
トラが何度も何度も、爪がはがれそうになるまで針金を外そうと試みた。だが、素手ではビクともしなかった。
やがてここにも捜査の手がおよぶだろう。
なぜなら―――
「……トラ」
「……はい?」
「指、大丈夫か?」
「あー、痛いデス」
「手錠についてる発信機って、どんくらいの精度なんだろうな?」
「さあ……さすがに地下じゃ、GPSの電波は届いてないでしょうけどね」
「……」
「……ん……」
手錠には、位置情報発信機が取りつけられているのだ。警察に発見されるのは時間の問題だろう。
「ドクロの仮面に、棘だらけのプロテクターつけた野郎が、レインショットを殺したんすよ。ワケわかんねえけど、どう考えても俺らを助けに来たって感じでしたよ。いっしょに来いとか言ってましたし」
「……2つのアイテムに呪われてやがんのか。その、トゲトゲ防具を使ってレインショットを殺したんだっけ? 槍を無数に生やすアイテムか……仮面のほうは?」
「わかんねえス。それよか、あの小っちぇえロボットですよ」
「あれ何だったんだろうな。やっぱ “ 煙羅煙羅 ” か」
「たぶんそうっすよ。なんであんな姿に……アッ!」
「どうした?」
「ニニコだ……! ニニコが、煙羅煙羅のネジを食ったんすよ。もしかしてそれで……!」
「ネジが1本足りねえから、ごっそり外れちまったってか? んなアホな……いや、でもあのロボット、確かに言ってたな。ネジを返せって」
「でしょ? それならシーカが、ニニコだけ攫ってった理由が……ニニコ、どうなっちまったんスかね。探せるッスか?」
「やってみる……籠手よ籠手よ、籠手さん。ニニコとシーカはどこだ?」
ガシャ……
『あっち』
ビシ!
「2人とも一か所にいるな……何もされてなきゃいいが」
「警察、どこまで追ってきてますかね」
「わかんねえ。ごめんなトラ」
「……え?」
「結局、逃走したぶんだけ罪が重くなっただけだ。ニニコを逃がせたのは良かったけど、お前はとばっちり食っただけじゃん」
「なんでオーナーが謝るんスか? いいスよ。っていうか、もう呪いを解くってのも無理ゲーっぽいスから」
「……お前は、アタシに脅されて行動してたんだ。ってことでいいな?」
「よくないっスよ。オーナーだけ死刑で、俺だけ短期刑ですか? 絶対イヤっすね」
「強情はるな」
「やなこった」
「アタシも死刑にならずにすむ方法がある。って言ったらどうする?」
「え?」
「……」
「……」
「……」
「……えー……方法とは?」
「妊娠する」
「すいません。よく聞こえな……」
「孕んでたら、そのあいだは死刑になんねえんだ。産むまで執行を延期される」
「……産んだあとで死刑になるんじゃん」
「それまでに司法取引の材料さがすよ。ちょっとでも可能性があれば……すがりてえ」
「……」
「おかしいな。朝からずっと、死刑になってもいいや、みたいな気分だったのに。いざこんな状況になったら怖くなってきた」
「……」
「震えが止まんねえ」
「……」
「だから、トラ」
「……いやス」
「……なんで?」
「だって」
「……アタシ、汚いからイヤか?」
「俺がもしそんな経緯で出来たガキだったら、親を殺しますよ」
「しよ」
「そ、その目をやめて」
「もうダメ。死にたくない」
「さ、触るのをやめて……」
「怖い」
「お、俺に乗るのをやめて……」
そこにルディ登場。
「ちょっといいかね」
「わぁッ!」
「わあッ!」
ドンガラガッシャ!
とつぜん声をかけられ、2人はひっくり返る。顔面を強打―――
長く短かったラブコメは終わりを告げた。
「痛ててて! ぎゃあ、てめえ!」
鼻を押さえながら、トラが叫ぶ。
そこにいたのは、あのガイコツ仮面。
ずぶぬれの格好で、まるで妖怪のごとく薄暗がりの中に立っている。いつのまに……ボタボタと全身から水を垂らし、パチャ、パチャと近づいてくるドクロ仮面。
「言っただろうトラくん。私のことはルディと呼んでくれ。いや、まず……動かないでくれ。 “ 咲き銛 ” 、彼らの手錠を切ってあげたまえ」
『はい、ルディ神父』
胸甲 “ 咲き銛 ” の、低い低い悪魔の声。
と!
ドズドスドスドズドス!
バキンバキンバキンバキンバキンバキン!!
ジュラジャラジャラ!!
胸甲から槍が5本、目にもとまらぬ速さで飛び出した。
シュバシュバ!
剣をふるうように、トラ、フォックスの拘束を千切り飛ばす! 飛沫―――……鎖のかけらがジャラジャラと床に散らばる。
「あ――――――! 怖ッ!」
「ひゃあ! トゲが伸びた!」
パニック状態。
解放された2人がわたわたと重なり合う。変な意味じゃなく。
「な……なにしに来やがった!」
身構えるトラ。
「なにしに、は無いだろうトラ君。一緒に来ると言ったじゃないか」
しゅるしゅると槍を縮めるルディ。
「それにフォックス君。ひとまずシーカ君とニニコ君に合流したいのだが、一緒に来てくれるね?」
やさしく語りかける。
「……」
答えないフォックス。
「フォックスくん?」
「待って、ほんとに助けてくれんのか? なんで……!? いや、なんでアタシの名前を……じゃない、なんでこの場所が!?」
「……来たまえ、車を待たせてある」
今度はルディがフォックスの質問を無視した。
背を向け、パチャパチャと歩きだす。
ぱちゃ、ぱちゃ。
足跡をぽたぽたと残しながら、出口へ向かうルディ。
「……」
「……」
あとに残されたフォックスとトラが、顔を見合わせる。
「助かる、のか?」
「助かるんですか? これ」
顔を見合わせる。
2秒、3秒―――
「「待って! ルディ~!!」」
追いすがる2人。
ビルの外―――
地上では、トレーラーがエンジン音を響かせていた。
木造のトレーラーハウスを牽引する仕様の、奇妙なトレーラーが……




