第93話 「ミリオン シーガル」
大振動に、ルディが振り返った。
赤い煙の向こうから、ズシンズシンと轟音を上げてトラが近づいてくる。
「シーカァ! ニニコから離れやがれ……って。2人ともいねえじゃねえか! 誰だてめえは!」
ものすごい表情……
「てめえ、ニニコどこにやった! シーカは!?」
息を荒げて吠えたてる。
なんと質問の多い男か。
手錠を引きちぎりそうな迫力。
しかし―――ようやく相手のアイテムに気がついたらしい。
また叫ぶ。
「聞いてんのかテメ……ぎゃあ! なんなんだよ、その仮面と……アメフトの防具は! アイテムじゃねえか! オーナー、ちょっと来て!」
補足しておこう。
アメフトとは、アメリカン・フットボールのことである。
「オーナー! オーナー!?」
フォックスを呼ぶトラ。
フォックスは?
気を失って倒れたままだ。
「オーナーって! なにしてんのよ! も、も、も、もういい! てめゴラァ!?」
ドクロ仮面は―――
「待ってくれ、トラくん」
「こ……あぁ!?」
固まる。
な、なんでオレの名前知ってんだ?
どっかで会ったことあったっけ?
いや、こんな変なやつ見たことない。
アイテムが、2つ―――
「いっしょに来てもらいたい。私のことは、ルディと呼んでくれたまえ」
手を差し出すルディ。
以下、彼をルディと記載する。
ルディが差し出した手を、トラは―――
「ハッ……」
バシン!
払いのけた。
「ふざけんなってんだ、ニニコどこやった? ああ?」
歯をむいて睨みつける。
瞬間!
ビュバッ!
トラの喉元に槍が伸びる。
寸止め―――
『殺しますよ、トラ……』
地獄から轟くような、胸甲の声。そのトゲの1本が、ぎゅんと伸びてきた。
チク、とトラの首に数ミリ食いこむ。
「よせっ、 “ 咲き銛 ” !」
『いいえ、ルディ神父。あなたの差し出した手を、彼は打ち払いました。多少、痛い目にあってもらいます』
「やめろと言ってるんだ!」
ケンカを始めるルディと……胸甲 “ 咲き銛 ” 。
だが。
「ふざ、げんなよ」
ズシン!
ずぶ……ずぶ、ずぶ。
「なにを゛、わけのわがんね゛えごと、言っでやがる」
……信じがたい行動。
槍がめりこむのもお構いなし……ズシンとトラはにじり寄る。
ずぶ、とノドに押しこまれる槍。
「トラくん!? よせッ! 咲き銛、槍をもどせ!!」
『……はい。ルディ神父』
しゅるんと槍が縮む。
「ゲホっゴホッ! はぁ、はぁ、はア……」
「トラくん、一緒に来てくれ。君にとっても、いま考えるべきは逃走だろう?」
咳こみながらも、ルディを睨みつけるトラ。そして慎重に辺りを見まわす。
レインショットの右半分の傍に、フォックスは横たわっている。
悲鳴。
打撃音。
煙羅煙羅ロボットが飛びまわる風切り音―――
考える。
考える。
なにも思いつかない。
考えてる場合じゃない。
「……い゛っじょに行きゃ、い゛いんだな?」
「ああ。わたしは君たちの力になれる」
「……ニ゛ニゴは?」
「心配ない、無事だとも。見たまえ、車が来た」
見たまえ、とルディ神父が指さす方向から……
ビッビー。
クラクション―――荒々しいエンジン音を上げて、煙の向こうから護送車がこちらに向かってくる。猛スピードで。
運転しているのはシーカだ。こいつ運転できたのか。護送車の助手席にニニコがいるのが見える。
「チィ……オ˝ーナ゛ー! よ゛っごらじょ」
手錠のかかった両手で、気絶したフォックスを担ぎ上げるトラ。
「お゛い゛おい。シーガのやつ、突っこんで来るんじゃねえだろうな゛」
3人めがけて、スピードを緩めることなく護送バスが走ってくる。
ブオオオオオ……
キュギュッ!
いや、至近距離で左にそれた。ギリッギリ!
「うおおおおおおお!!」
ドゴォ!!
通過するバスの側面に、長靴を蹴りこむトラ。
「うりゃ! あっぶねえ゛! にゃろ……」
フォックスを抱きかかえたまま、走るバスの側面に水平に貼りついている。なんという腹筋―――長靴の重さで、護送車はギィと傾いた。
同じく……ドスドスドス!!
「おっと。止まってくれればいいのに」
バスの側面に、胸甲のトゲを何本も突き刺すルディ。
信じられない飛び乗りかただ。
その後ろから―――
『待たんか、ルディ』
キ――――――ン!
あとを追う煙羅煙羅。
呪われた5人は、かくして港から逃げた。
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護送車が去り、海風によって赤煙が晴れた。
100名を超える警官隊、保安隊員らが重なり、倒れている。
6畳ほどの範囲に飛び散る、レインショットの肉片と血―――まるで挽き肉。
ギャアギャアギャア……
断末魔のような、喜びの声のような、鳥の叫び声が聞こえてきた。
15羽、いや86羽、いや大群―――
おびただしい数のカモメが港に舞い降りてくる。
「ギャア! ギャア! ギャア! ギャア!」
「ギャア! ギャア! ギャア! ギャア!」
「ギャア! ギャア! ギャア! ギャア!」
「ギャア! ギャア! ギャア! ギャア!」
「ギャア! ギャア! ギャア! ギャア!」
「ギャア! ギャア! ギャア! ギャア!」
「ギャア! ギャア! ギャア! ギャア!」
「ギャア! ギャア! ギャア! ギャア!」
八つ裂きになったレインショットを啄み始めた。
ぐちゃ、ぐちゃ。
ばさばさばさばさ。
ギャアギャアギャア。
美味そうに鳴き声をあげるカモメたち。
レインショットの体積が減っていく。
軍団の腹に、少しずつ飲みこまれていく。
少しずつ、少しづつ、少しずつ。
ギャアギャアギャア……




