第91話 「NGワード」
飛びまわるロボット。
煙幕に包まれる周囲。
大混乱の港。
さらさらと、粉になって消えたニニコの手錠。
それを、ぽかんと口を開けて眺めていたレインショットが―――
「お、おい! キミッ!」
シーカに駆け寄った。
「そ、そうか、助けに来てくれたのか!!」
「ななな、ななな……」
必死で、シーカに掴みかかる。ものすごい表情……ニニコとシーカのあいだに、強引に割って入った。
「アッ!」
体当たりされるニニコ。
「ちょちょ、ちょ。だ、誰……!?」
ドン引きのシーカ。
目を輝かせながら、レインショットが叫ぶ。
「キミは “ 魔王軍 ” のエージェントか! そうだろう!?」
魔王軍……?
レインショットは、なにを言っているのか。
シーカが首をかしげる。
「ニ、ニ、ニコ。こ、この、お、オッサン、なにを……」
「知らないわ! 魔王はその男よ!」
困るシーカ。
怒るニニコ。
「わ、私を逃がしに来てくれたんだろう? は、ははは。そうだろう、そうだろう……は、はは。あ、あれだけの上納をしているんだ。わ、私を、見捨てるはずがないよな。は、はは……」
レインショットはもう、正気を失っているのか?
手錠をされた手で、シーカの服を伸びるほど引っぱる。助けに来てくれた、と完全に誤解しているらしい。
「ち、ち、ち、ちがう」
迷惑そうなシーカ。
シッシッと手で追い払おうとするが……離れてくれない。
赤煙幕はどんどん広がり、2メートル後ろに倒れているはずのトラ、フォックスの姿も見えない。
騒乱が大きくなっていく。
「き、きみ……ほ、ほら、手錠を外してくれ。は、はは。す、すごい籠手じゃあないか。き、君の呪いかね。この煙幕も……はは、す、すばらしい。は、はやく、て、手錠を……」
両手をシーカにぐいと突きつけるレインショット。
しつこい。
あわててニニコは叫ぶ。
「だ、だめよシーカ! レインショットを助けないで! やめて!」
「やかましい、すっこんでいろ!」
怒るレインショット。
「ん……ん? レ、レ、レイン……」
シーカが眉をしかめた。
教会で、神父と交わした話を思い出す。
(はて、どこかで聞いたような……ああ!)
(こいつが、レインショットか)
シーカがひとりで納得しているあいだも、ニニコとレインショットの口論は続く。
「あんたなんか死ね! ワーワー!」
「は、はははは! き、聞いたかね? わ、私に死ねだとさ。ははは……」
死ねとか言うニニコ。
笑うレインショット―――続けて、言ってはいけないことを言ってしまった。禁断のひとことを。
「この厄病神が!」
鬼のごとき形相でニニコに言い放つ。
直後、
ズバン。
いやな、音がした。
厄病神。
その言葉を聞いた瞬間、シーカが朽ち灯をヒュンと振るった。レインショットの手錠が、粉と消える。
「はい。は、は、外した、ぞ」
小さく答えるシーカ。
とても冷たい目で、レインショットを見ている。
レインショットの両手首をつないでいた手錠が、消えた。
レインショットの手首ごと。
血の一滴さえ出ない。
朽ち灯によって、消失してしまった彼の腕。
「あ、お?」
1歩、2歩、レインショットが後ずさる。悲鳴すら上げない。無くなった自分の腕をじっと……いや、呆然と見つめている。
一方、ニニコは―――
「あふ」
変な声を漏らし、レインショットの反応をぽかんと眺めていた。一瞬おいて、彼女の口から出た言葉は……
「……ざまあみろ」
「…………」
レインショットは、まだ自分の腕を眺めている。平気なはずがないのだ。激烈な痛みを感じているはずなのだ。
それが……
人間とは不測の事態において、かくも異常な反応を示すものなのか?
異常な、と表現していいのかすらわからない。
なんの反応も見せない!
そこに、もうひとり。
もうひとり現れた。
「シーカ君」
もうひとり、煙幕の向こうから現れた。
「困るじゃないか、シーカ君」
「その男は私が殺すんだ」




