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チャッカマン・オフロード  作者: 古川アモロ
第12章「なす術もないパニックを焼き捨てる神の使いへ」
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第88話 「マイ ファイナル スマイル」



 哨戒船(しょうかいせん)が速度をゆるめた。 

 ドドドドドド……

 エンジン音が弱まる。


「支部を視認!」

「打電、打電!」


 あわただしく海保隊員らが動きまわる。

 港が近づいて来たのが、檻の中にいる4人にもわかった。

 

 檻の中―――



挿絵(By みてみん)


 

「も、燃やさないでくれ。こ、殺さないで……」


 レインショットの悲痛な声が、延々(えんえん)と続いていた。もはや錯乱(さくらん)状態……本当に焼き殺されてもおかしくない。


 なのにフォックスは炎を出さない。

 ただ、じっと彼の真後ろに立ち続けている。爬虫類(はちゅうるい)のような、うつろな目で立ち続けていた。


 4人が逮捕されてから、すでに2時間半が経過している。2時間半、ひとことの殺意すら口にせず、ただ立っているだけのフォックス。


 死にそうなほどおびえ、鉄格子(てつごうし)に寄りかかるレインショット。ひざから崩れ落ち、やがて命乞(いのちご)いを始めた。

「や、やめてくれ……やめてくれ……」

 

 フォックスは許さない。

 地べたに(しり)をつけ、がたがたと震えるレインショットを、じっと見下ろしている。

 


 ニニコは全身のふるえが止まらないでいた。

 小さく、小さくすすり泣く。

「くすん、くすん……」


 黄緑(きみどり)の触手……塩酸を使えば、手錠を()かすのはたやすい。でも、ほとんど軍艦のなかで使ってしまった。自分の手錠を溶かすくらいの量しか残っていない。


 そのあとどうすればいい?

 2人を置いて、ひとりで逃げようか。


 無理。

 そんな勇気は彼女にはない。

 

 と―――

 トラが目を()ました。

「う……む」


「ト……トラ! 起きたの?」

 もそもそと動き出したトラに、ニニコが顔を近づける。



「あ、ああ。胃がひっくり返ったみてえに気持ち(わり)いぜ……これが船酔(ふなよ)いってやつか?」

 腹をさする手にかけられた手錠が、ジャラと音を立てる。鉄の感触が、彼にいまの状況を思い出させた。

 (ゆか)に転がったまま、首だけを少し浮かせる。

「ニニコ……まだ港につかねえのか?」

 

「もうすぐみたい。ぐすん」

 涙ぐんだ声をもらすニニコ。


「そうか……オーナーは?」

「ずっと、あのままよ」

 

「あれからずっとか。俺たちが捕まってから、何時間たったんだ?」

「……2時間くらいよ。怖いわ。声をかけられないの、怖くて」


「ああ、怖いな……」

 わずか2メートルさきの光景を、恐ろしげに語る2人。

 


「やめてくれ。や、やめてくれ!」

 レインショットの声だけが、反響する。 

「やめてくれ、助けてくれ……」



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「着いたぞ、降りろ」


 ガシャンと派手な音を立て、檻が開かれた。海保隊員のひとりが「出ろ」と(うなが)す。


 誰も出ない。


 顔面蒼白(がんめんそうはく)のレインショットは、立つこともできないらしい。

 (あき)れ顔の隊員2人に(かか)えられ、ずるずると引きずられていった。いまだに何事かをつぶやいているが、どうせ命乞(いのちご)いだろう。


 運ばれていくレインショットを見届けてから、ゆっくりと目を閉じるフォックス。10秒、11秒……目を開く。



挿絵(By みてみん)



 フンと鼻を鳴らして、ようやくトラとニニコに声をかけた。 

「着いたとよ、起きろ」


 いつもと変わらない口調で「起きろ」と言われ、2人はのろのろと立ち上がった。表情は暗い……ニニコは完全に(おび)えている。

 これからどうなってしまうのか。

 処刑されるのだろうか。


「フォックス……」

 沈痛(ちんつう)な表情のニニコ。


「……オーナー、おはようございます」

 トラがズシンと立ち上がると、船全体が左にゆれた。



「ニニコ、トラ。(つか)れたなあ」

 にっこり。

 にっこり笑うフォックス。

「行くよ」

 2人に先立って歩き出した。



「あ、待ってオーナー。待ってください」


 と、なぜか引きとめるトラ。

 なにを思ったのか、トラは自分のTシャツを左右に引っぱりはじめた。

「……ん、えい!」


 ビリビリ、ビリ。

 シャツの前身頃(まえみごろ)を縦に裂く……ダメだ。手錠の鎖が短いので、思いきり引っぱれない。ちょっとずつ引っぱる。

 ビリ。

 ビリリ。

 縦一直線、ブラウス状に前がひらく。


「あれっ? しまった、これじゃ脱げない。もうちょっと待って」

 

 脱ごうとしたらしい。

 もちろん、手錠があるから脱げない。(そで)も破く。

 ビリビリビリ。

 やがて彼の上半身が(あら)わになる。包帯だらけ……Tシャツはボロ布のようになってしまった。



「……なにしてんの?」

「……なにしてるの?」

 ぽかんとするフォックス、ニニコ。



「ま、待って……ちょっと、ここで待ってて」


 2人を残して、トラは檻の外にいる保安隊員にずしずしと駆け寄った。なにやらお願いをしているらしい。

 めちゃくちゃに頭を下げている。


「スイマセン。あ、マジですぐに船下りますんで」

「え? まだいいんですか?」

「なるほど。レインショットが泣きながら抵抗しまくってる」

「もうちょっと待ってりゃいいんすね? あ、そうすか」

「あ、どうも。あ、これでいいです。どうもスイマセン。ありがとうございます」


 ズシズシ、ズシ……戻ってくるトラ。


 その手には、タオルケット。

 タオルケットを借りてきてくれた。


「時間が出来て助かったぜ。はいオーナー、せめてこれだけでも……」


 息を切らせながら、両端(りょうはし)を持ってタオルケットを広げ……られない。手錠が邪魔をする。

「ちょ、ちょっとニニコ手伝って!」


 反対側の端っこをニニコに(まか)せ、2人でフォックスの肩にかける。


 ふぁさ。

 フォックスの体が隠れるよう、ショールのように羽織(はお)わせた。



 目を丸くするフォックス。


「これを……借りてきてくれたのか? アタシのために?」


 ひどく薄いタオルケットだが、さすが国のモノ。

 とても肌触(はだざわ)りがいい。

「もしかしてさっきTシャツ破いてたのは、アタシに羽織(はお)わせようとしてくれたのか?」



「いや、だって。おもて、警官だらけでしょ? その……隠したほうがいいっしょ?」

 鼻をポリポリかくトラ。

「逆に、俺が半裸。やぶく必要なかった。失敗した」

 


「なんでカタコトなんだ。ふふ……そっか」

 にっこり。

 にっこり笑うフォックス。

「ありがとな。ふふ……どうだニニコ。これ、似合ってる?」

 

「……お風呂あがりみたい。でも、エンジ色も似合(にあ)うわ」

 こんなときでも素直なニニコ。


「これ、亜麻(あま)色だけどな。臙脂(エンジ)赤紫(あかむらさき)だ」

 ふんわり。

 ふんわりと笑うフォックス。

 (ひざ)を曲げて、ニニコに顔を近づける。ふんわり。



「なあニニコ。もういっぺん、呼んでくんねえか?」

「エンジ」


「ちがうっての」

「……いいの?」


 ニニコがもじもじするたび、彼女の手錠もジャラジャラと音を立てる。 

 数秒、沈黙が続く。

 ニニコは……言ってもいいのかな、と何度もフォックスの目をうかがいながら、言った。



「お姉さま」

「うん」

 とまどうニニコ。

 うなずくフォックス。

 

「お姉さま」

「うんうん……いいな、やっぱりいいな。お姉さまか」

 泣きそうなニニコ。

 笑うフォックス。


「……私、怖いわ。怖い」

「大丈夫だ、ニニコ。トラも心配いらねえぞ。なんとかして、お前らだけは放免(ほうめん)されるように取り引きしてやるからよ」


「本当!? ……フォックスは?」

「お姉ちゃんに任せなさい。あれ、このセリフどっかで……あ、マリィが言ったことそのまんまだな。あっはっは」


 質問をはぐらかすフォックス。

 かつ、かつ、とパンプスを鳴らし、檻の外へ―――

「よっしゃ。さァ……行くか!」



 なにも言わず、彼女のあとを2人は追う。

 とぼとぼとぼ。

 ズシズシズシ……

 


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 船の甲板に出た―――晴天。


 そとは波の影響を受けやすいのか、上下の揺れがきつくなったような気がする。

 ギィ、ギィ、ギィ……海風がすごい。


 あちこちで、カモメの叫び声が聞こえる。

 ミャアミャア!

 ギャアギャアギャア!



挿絵(By みてみん)



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終身刑の魔女より

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いま書いてるやつよ。





イタいぜ!



チャッカマン




マンガ版 チャッカマン・オフロード
 

 
i274608/

アニメーション制作:ちはや れいめい様



ぜひ、応援よろしくお願いします。
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