第84話 「レインショット」
「ぎょえ!」
飛び上がるトラ。
空気を引き裂くような高音を奏でながら、3発のミサイルがこちらに飛んでくる。
「ははははは……なんじゃ、そら」
べたんと尻もちをついた。
もう動く気力もない。
いや、動けたとしてもどうしろってんだ。
「だめだ、こりゃ……」
迫るミサイル。
瞬間!
ドオオオオオオオオオオオオオオン!
ドオオオオオオオオオオオオオオン!
ドオオオオオオオオオオオオオオン!!
艦に衝突する数十メートル手前で、ミサイルは自爆した。
いや自爆ではない。
爆風――――――
海上が、昼のような明るさに照らされる。
ミサイルの破片が、何百何千と降りそそぐ。幾億の火の粉……
トラがデッキを見上げる。
司令室から3発の炎の矢が撃ちだされ、ミサイルを爆破した。
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司令室内部―――
水兵たちが押し黙っている。
言葉が、出てこない。
全員が、窓の外―――ミサイルの大爆発の様子をながめている。呆然……
いやひとりだけ。
コンピューターの画面を忌々しく睨む、背の高い水兵がいる。とつぜん彼は、キーボードを床に投げつけた。
バアン!
バラバラに砕ける鍵盤。
「ふー、ふー……大尉、やはり動きません。速射砲も近接防御砲も、対空ミサイルもです……!」
怒りをこらえようともせず、水兵は吐き捨てる。
「ウィルスです。なんらかのコンピューターウィルスに感染しています。迎撃システムがダウンしています……くそったれ!」
ガシャア!
足元の機材を蹴りとばした。
大尉と呼ばれた中年の将校は、彼の行動をいさめることもせずに、ため息をもらす。
「ふぅ……なんにせよ助かりました、博士。あなたがいなければ、我々は木っ端みじんでした」
おそろしい声。
そして大尉は、フォックスの右腕を指さした。
「ところで……それは何ですか? 博士」
ヒョオオオオオオオ……
割れた窓から風が吹きこみ、際に立つフォックスの体を濡らした。
まっすぐに水平線に向けて籠手を伸ばしたまま、彼女は動かない。
雨が弱まってきた。
西の空から雨雲が晴れ、月がのぞく。
東の空から、日がのぼり始めた。
雨が、止んだ。
大尉が、今度は強い口調でたずねる。
「博士。さっきの炎は何ですか?」
「フォ……お姉さま……」
おそるおそる、ニニコが声をかける。お姉さま、と。
反応がない。
周囲を取り囲む水兵たちも、目の前で起こった事態に言葉を失っていた。
博士が右手から炎を放ち……ミサイルを撃ち落とした。
なんだ、そりゃ……?
数秒、数十秒の沈黙。
「いまのはですね……レインショットです」
そこにいる全員に背を向けたまま、フォックスは答える。
「さっきの炎の名前はですね、レインショットです。雨を打ち消すんです、シャレてるでしょう?」
ガシャンと籠手を下ろし、振り返る。
「なんちゃって……」
炎に包まれるフォックス。
いや燃えたのは、彼女の服。
右腕から拡散した炎によって、彼女の服が焼けて……焼けてしまった。
「大尉。お願いがあるんです」
振り返ったその顔は……泣いているのか? いや、雨に濡れているだけなのか……やさしく微笑んでいる。笑みを大尉に向ける。
「ジョンソン少佐を殺させて」
微笑んだその顔を、ニニコに向けた。
「……なあんちゃって」
なにも答えないニニコ。
なにも答えない海兵たち。
朝が、完全に明けた―――




