第79話 「ロックオン」
司令室に、いまごろやってきたレインショット。
いままで、どこにいやがったのか?
ふらふらと憔悴した様子で歩み寄ってくる。
「ふ、ふふふ、ふふ……そうら!」
ポリタンクのキャップを外し、2人に投げつけた。
バシャアアアアアアアアア!
「きゃあ!」
「ぶ……! て、てめえ……!」
放り投げられたポリタンクは、中の液体を撒き散らして、彼女たちの手前でバウンドした。
ずぶぬれになる2人。
その鼻をつくにおいに、ニニコがおののく。
こ、このにおいは……フォックスが、体中を浸す液体の正体に気づいた。最悪の予想が的中―――
「ガ、ソリン……やっぱな……くそったれ」
ガコン!
空になったポリタンクが、ごろごろと転がって倒れた。
レインショットは2人に目もむけず、床になにかを置いてしゃがみこんだ。薄い板のようなもの……タッチパネルのタブレットだ。
震える手でケーブルをつなぎ、反対側を巨大な機材のひとつに差している。
手前のモニターが、パッと別の画面に切り替わった。
ガソリンまみれのニニコが叫ぶ。
悲痛な声で!
「な、なにをしてるの……ねぇ!」
「うごくな!」
ジャッ!
拳銃を取り出したレインショット。
飛びかかろうとしたニニコだったが、銃口を向けられ硬直する。
「ひ……」
こ、この人、正気なの……?
ガソリンまみれのフォックス。
「レ……レインショット……」
「ジョンソン少佐だ! 何度言わせる!」
フォックスの呼びかけに(ここでの記載は、以降もレインショットで統一する)、レインショットは怒鳴り返した。
「ふ、ふ……君のことだ。自分の命と引きかえにしてでも、わ、私を焼き殺しかねんからな……だ、だがニニコちゃんを巻き添えには出来んだろう? ふ、ふ」
「さあ、どうかな……ニニコ、動くなよ。あいつはマジで撃つぞ」
「う、う……」
マジで撃つぞの言葉に、ニニコは行くことも引くこともできずにいる。ただ、自分に向けられた銃口におびえている。
銃をニニコに向けたままタブレットを操作する、器用なレインショット。すいすいと動かす指に合わせ、司令室のモニターすべてが、おなじスクロールをする。
「ふ、ふふ、ふふ……ま、まさかサルガッソを殺すとはね。な、なんの役にも立たん女だった……くそったれが!」
画面が切り替わる。
「お、おかげで、自分の手でこの船を沈めなくてはならなくなった……ハイドランジアも失った。組織の連中になんと言えばいい……? 今まで貯めた金をすべて吐き出さねば、私は殺される! 最悪だ!」
レインショットにはもう、まったく余裕がないらしい。
顔中汗だくになり、まるで10才も老けたように見える。
いや……
自分の手で沈める―――?
「どういう意味、だ……沈める、だと……」
ばしゃ、とガソリンまみれの床を叩き、籠手を持ち上げるフォックス。
「おっと! バカなことはよせ。ふ、ふ、ヘ、ヘ……で、できたぞ……!」
できた、とレインショットが呟いた数秒後。スピーカーから機械の音声が流れる。
ノイズ混じりの、恐ろしい音声。
《ザザザ……インストールブロックを解除します。よろしいですか?》
「ふ、っふふふ」
《ウィルスを検知しました。インストールを続行しますか?》
「ふ、ふふふ」
《ザザ……プログラムを実行しますか?》
「やかましい! さっさと実行しろ!」
《コードFC21承認。M3垂直発射システム、良》
ザザ。
《第1VLS、1号、2号、3号発射準備、良》
ザザッ、ザザ。
《艦対艦ミサイルDD、高空巡航射撃、良。誘導射撃、良》
ザザザ。
《 目標 “ かしはら ” 、良 》
ザザ。
「は、はははは、ははは」
「てめ……アホか!」
狂ったように笑うレインショット。
怒号を上げるフォックス。
「は、ははは……さようなら。ふたりとも」
ひゅうひゅうと息を荒げるレインショット。強引にケーブルを引き抜き、タブレットをつかんで出口へ後ずさる。
そのまま、彼は走り去った。
司令室に残されるフォックスとニニコ。
「え……? え……? フォックス……」
きょろきょろするニニコ。
意味が分からない、なにが起こっているのか―――
「ぐ……マ、マジかよ……」
苦痛に顔をゆがめ、フォックスがなんとか立とうと身をよじる。立てない。
「ニニコ……ミサイルだ……」
「え……?」
「SSMかSLCMか知らねえが、レインショットの野郎、対艦ミサイルの発射スイッチを押しやがった……そいつが、ブーメランみたく戻ってきやがる」
「え……」
「この艦を、ぶっ飛ばす気だ……」
ゾッ……
ニニコの表情が凍りつく。
「ニニコ……廊下に、ここの将官が倒れてるはずだ。起こして来い……いますぐミサイルの発射を止めねえと……」
「で、でもフォックス……入口が……」
「あ? ……!!! マジかよ……」
炎。
通路に、めらめらと炎がきらめいている。
ごうごうと猛る炎が、司令室の真ん中からも見える。
ガソリンまみれの体で、もう廊下に出ることはかなわない。いや、この吐き気を催すようなにおい。猛烈な肉の焦げ臭さ。
なにが燃えているのか。
艦長ら、海兵たちが燃えている……はずだ。
「あ、あ、あ……」
「信じらんねえぜ……」
気を失いそうになるニニコ。
だが、すぐさま炎に向かって駆け出した。
「ああああああああああ!」
「行くな!」
制止するフォックス。
どこにそんな力が……




