第74話 「クラッシュ」
「う! い、イヤ……あ、あぶ、う、ぷはッ! ぷぺッ、ぺ……」
小さな口に、水な義肢の爪のひとつを突っこまれた。
口内に広がる鉄のにおい。
にちゃにちゃと歯にまとわりつく血を、何度も吐きだそうと咳きこむ。だが爪はがっしりと固定され、口から離れない。
懸命に首を振る。
痛い、痛い……!
「ケヘン! ゲふぇ……は、はにを……!」
目に涙をため、爪から逃れようとニニコは暴れる……でも逃げられない。猛烈な吐き気。
胃液が逆流する。
「ごろじてやる……」
「あはははは。せっかく拭いてあげたのに、また血だらけになりましたねえ」
「じ……じで! 死で……!」
「ママに逆らうからよ。ムカつく……!!」
と――――――
※ ※
「博士!」
「動かないで下さい!」
「博士、止まりなさい!」
出口の向こう。
水兵が大声で叫んでいる。
博士、と。
「博士! どこかへ行きなさい、殺しますよ!」
「クソッ! お母さまの抹殺命令は乗員にだけだ。撃てねえぞ」
「構うか、構うかよ! オレは誰!?」
司令室のそとで、男たちが叫んでいる。
※ ※
「? な、なんです。一体……?」
ニニコをいじめて薄ら笑っていたマリィが、声のするほうへ首を向けた。
通路の向こうから……なにが起こっているのか?
騒ぎまくる男たちの声がする。
「なに……?」
騒がしいですねえ。
何事でしょう。
さっきの彼ら、なにをモタモタしているんでしょうか?
待って。
……博士?
フゥじゃないでしょうね。
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「博士! ここは通しませんぞ!」
「どうしてもってんなら、俺を倒せ!」
司令室に面するせまい通路で、フォックスは水兵らに行く手を阻まれていた。
「どいていただけますこと? 急ぎますの」
フォックスは白衣を左手にぶら下げ……いや、なにかを包んでいるらしい。白衣を風呂敷のように使い、なにかを包んで持ってきた。
ゴミ箱くらいの大きさの、重そうななにか……
「博士! それはなんです、こちらによこしなさい! ギャハハ!」
「早くしろ、中身はなんだ! 見せたら撃つぞ。あ、ちがう。見せなかったら撃たないぞ、いや」
屈強な大男たちが、殺すの殺さないのと異常な目つきで近づいてくる。明らかに、ハイドランジアのトリップ状態だ。
フォックスは怯むこともなく一歩踏み出し、つぶやいた。
「ここにいる野郎どもの、アゴはどこだ?」
『あっち』
『ここ……』
『そこ……』
バキバキバキバキバキバキバキバキバキ!
「ぐぎゃ!」
「ゴァ!」
「ギャ……!」
バキバキバキバキバキバキバキバキバキ!
目にもとまらぬ速さ!
" 焼き籠手 " が水兵たちのアゴに、右ストレートを見舞う。完全にオートの動作……まるでヘビー級のボクサーのパンチだ。それが30連撃!
ブっ飛ばされた海兵たちが、バンバンと壁にたたきつけられた。みな一撃で倒され、床に折り重なる。
10秒もしないうちに、全員をノックアウトしてしまった。
もう立ちはだかる敵はいない。
いざ―――司令室のなかへと踏みこむフォックス。
その目に、マリィの姿をとらえた。
その目に、水な義肢に拷問されるニニコの姿をとらえた。
「よう、サルガッソ」
圧し殺すような声で、フォックスがつぶやく。
悪魔のように冷たい声。
右手の籠手が、ガシャリと震える。
左手の白衣の包みが、ガシャリと震えた。




