第73話 「キル ユゥ」
「マリィはどこだ?」
『上……』
天井……いや、上階を指さす籠手。
かつんかつんと床を鳴らし、無言で彼女はその場をあとにした。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
いま、マリィはどこにいるのだろうか?
マリィは、上部デッキの司令室にいた。軍人たちとともに。
「―――と、いうわけです。乗組員全員、皆殺しにしてください」
「はい! お母さま!」
マリィの言葉に、艦長以下、14名の将校の声が反響する。ズラリと並んだ彼らは、マリィをお母さまと呼んだ。
低い天井と壁。
ずらりと横一列に続く窓、計器、大型のディスプレイの壁……用途不明の機械類が、所狭しと並んでいる。
その真ん中で、マリィは立ち並ぶ軍人たちと対峙していた。
いや、対峙というのはおかしい。
彼らは整列し、まるで上官に相対するように、気をつけの姿勢をとっている。
「艦長、これをあなたに預けます」
マリィが、艦長にハイドランジアのスプレーを手渡した。
「光栄です、お母さま! 肩のお怪我は大丈夫でありますか? ゲヘヘヘヘ!」
「大丈夫です。あなた、ホントにうるさいですね」
けたたましく笑いながら、受け取る艦長。
マリィの左肩からは、どくどくと血が流れている。
塩酸によるヤケドが、皮膚を破り裂いたらしい。大量の血―――だが彼女は、気に留める様子もない。兵隊たちに命令をつづける。
「私があなたたちに使ったように、顔にひと吹きすればよろしい。いざとなったら、通気ダクトとかから、艦内すべてに行き渡らせてください。まあ、なるべくなら節約してくださいね」
「はい、お母さま!」
「それから……レインショットを知りませんか? あ、ちがう。ジョンソン少佐を知りませんか?」
「いえ! セクシーファイブ少佐の居所を、我々は存じません。お母さま!」
「ジョンソンです、全然違う。うーん、どこ行ったんでしょう? いえ、よろしい。お行きなさい」
「はい! お母さま」
お行きなさいの言葉に、彼らはぞろぞろと部屋をあとにした。
※ ※
はあ、やれやれです。
窓の外に目をやるマリィ。
―――高い。
真っ暗な海が、果てまで見える。
そして黒煙。
甲板から、もうもうと大量の黒煙が天まで立ちのぼってる。
上から見下ろすと、甲板がわずかに赤くなっているのがわかる。まるでフライパン……火災の炎とは、鋼鉄をも通過するものなのか。
おそろしい光景に、さすがのマリィも背筋が冷たくなる。
「ふーむ。下手にミサイルなんか使わなくても、沈むのは時間の問題かもしれませんね。ところで、ニニコちゃん」
窓から目を離し、ニニコに目をやるマリィ。
「それは、なに? それは……その青とピンクの……なんですか、それ?」
「あなたには関係ないわ。関係ない」
マリィの右肩から伸びた " 水な義肢 " に胴をつかまれ、宙に浮くニニコ。
涙をいっぱい浮かべながら、マリィをにらみつける。
スカートから這い出た12本の触手が、ひゅるひゅるひゅると波打っている。
6本は青。
6本はピンク。
色鮮やかな触手。
ハイドランジアによって、いや、体内のハイドランジアを “ 触手 ” に排泄した。
美しく2色に染まる。
……ニニコが、トリップ状態から脱している。
" 真っ白闇 " の、悪魔の力―――
「あなた、殺してやりたいわ。殺してやりたい」
殺してやりたい。
かつてニニコが、口にしたことも言葉。
しかし、マリィの表情は変わらない。
「放して! 放してちょうだい!」
体をゆすって、なんとか逃れようともがく。だが、両腕ぐるみ胴体に巻きついたアームは、びくともしない。
「ふむ。もうひと吹きしたいところなんですが……ニニコちゃんには効かないかもですね」
3本のスプレーを入れて、ぱんぱんになったポシェットをさするマリィ。
「はぁ、はぁ。あ、あなたは結局なにがしたいの? 船を沈める気なの? 沈めない気なの?」
息を荒げ、ニニコが敵意をむきだしにする。
たんたんと答えるマリィ。
「フゥ次第です。私を燃やそうとしたことを、謝ってくれるのならよし。謝ってくれないのなら、そうですね……沈めてから考えましょう」
「な……なに言ってるのかわからないわ。アンタ、狂ってるんじゃないの?」
「狂ってませんよ。私は、差し出がましいことを言われるのが、一番嫌いなんです。言われた瞬間、もうダメなんです。いっぺんに頭に血がのぼる。大きなお世話ってやつですよ。そう思いませんか? ぶっ殺してやりたくなるでしょう?」
「わかんないわ。やっぱり、あなたがおかしいだけよ」
「なんでわからないんですかね? ごく自然な感情でしょう」
「わかるけど、あえてわかんないと言ってやるわ! 大大大キライよ、あなた! ワーワー!」
「反抗的ですねぇ。これから家族みんなで、仲よく暮らしていけるかどうかの……」
「死にやがれ! ワーワーワー!」
とんでもない地雷をふむニニコ。
マリィの目が一変した。
「いい加減にしないと、握りつぶしますよ。いや、いいこと考えました。私の血でも飲みますか?」
「……は!?」
恐ろしい提案。
だが、ニニコには意味が分からない。
血……?
飲む!?
ガシャ……
左肩の水な義肢がぐるりと伸び、マリィの傷口を撫でる。
ヌルリ……
先端にたっぷりと血を纏わせると、ギュンとニニコの顔へ伸ばす。
小さな口を、強引にこじ開け―――血まみれの爪を突っこんだ。
「う! い、イヤ……あ、あぶ、う。ぷはッ! ぷぺッ、ぺ……」
口内に広がる鉄のにおい……
HPVSに、感染させられた。




